バグラス砦
バグラス砦は広大な面積を誇り、その殆どのエリアが300年前に勃発していた帝国との戦争に備えた施設ばかりで、武器や防具を保管する倉庫、食料貯蔵庫なんかがひしめき合っている。
だが、300年前に起きていた戦争も、今から200年前ほどに休戦して久しいので、砦の半分ほどは街として運営されているらしく、帝国方面とは逆の砦の南西方向には、バグラス砦に在中する騎士達の家族や本人達、そしてこの200年の間に別の場所から移り住んできた領民達が住む住宅街や商店街が立ち並んでいる。
もちろん、バグラス砦の存在意義としては、帝国との戦争に備えての軍事施設ではあるので万が一の際には戦火の真っ只中におかれる可能性もあるので、それほど住民は多くは無いらしいが。
なので住宅街とはいえど、それほど人口が多い訳では無いらしく、結構空き地や更地の部分が多いらしい。
そのおかげで、砦の中にライア達が乗って来た飛行船を降ろす場所も確保出来ているので、ライア達にとってはありがたいが。
「……まぁそのような訳でして、空き家や臨時の避難所なんかは余る程あるので、周辺地域の住民達を受け入れても問題は無かったという感じですね」
と、これらの情報を話してくれているのは、このバグラス砦においてライア達の案内役をしてくれている【バグラス騎士団】所属のエデル・チノルーという男性である。
「なるほど……ちなみにエデルさん、今このバグラス砦にどれだけの人が集まっているんですか?」
「そうですね……ざっと2000人程でしょうか?騎士達を含めれば2500人程がこのバグラス砦に集まっていますが、はっきりと言ってしまえば、食料問題さえ解決出来れば、後5万人以上は収容可能ですよ」
「「5ッ!?」」
エデルの話にプエリとリンが驚愕の表情を浮かべるが、前世で人口が飽和状態の日本の記憶を持つライアにしてみれば、寧ろ5万人でも少ないのでは?と感じてしまう気持ちもあった為、特に驚く事も無く「なるほどぉー」と納得してしまう。
「インクリース子爵様は…」
「インクリースでいいですよ?もしくはライアでも」
「ではインクリース殿で……それでインクリース殿は今回の帝国との戦争の増援との事ですが、何かこちらで用意した方が良いモノなどありますか?事前に王室からの勅命で、部屋…というか宿は手配させましたが、それ以外の物については何も聞いていませんでしたので……」
エデルの質問にライアは少しだけ疑問を浮かべるが、単純に『兵力や戦闘に必要な武具なんかは用意した方がいいか?』と言われているのだと、少し遅れて理解する。
今エデルに案内されているのはライアの分身体6人とプエリ、リン、パテルの計9人。
その中で武器らしい武器を持っているのはプエリの剣一つなので、準備不足に見えるのだろう。
ただ、リンはキメラ化の影響で指先が魔物の鋭い爪が生えてるために、剣や槍よりも素手で戦う方が強いらしいし、パテルは魔法がメインなので武器がそもそも必要が無い。
ライアの分身体に≪剣術≫用の剣を持たせてもいいが、ぶっちゃけ【鬼人】と【魔女】の力を考えれば必要は無さそうなのである。
一応剣が必須な場面などがあったとしたら、プエリも居るので問題は無いだろう。
「私達はこの装備で大丈夫ですよ。もしも何か必要になりましたら頼らせてもらいますね」
「了解しました」
恐らく、武器や防具の貸出を願い出る事は無いだろうが、社交辞令的な言葉で話を締めくくると、エデルが丁度「っと、ここがインクリース殿方が利用する宿になります」と目的地に到着する。
「長旅でお疲れでしょうから、今日一日はこのままごゆっくりとおやすみください……明日には私達の団長がお会い出来るように話を通しておきますので」
「ありがとうございました」
それだけ伝えると、エデルはまだ他の仕事があるのかそそくさとライア達と歩いてきた道を引き返して行く。
「さて、宿とは言っても臨時の宿舎みたいな物らしいけど……って2人ともどうしたの?」
「「5万……」」
羽を伸ばして宿施設の感想を述べようとしたライアの目に映ったプエリとリンが、未だに5万人という数の多さに目を回していたらしく、パテルが2人の背中を支えていた。
「……2人は部屋に寝かせておこっか?」
「……そうしよう…」
その内勝手に目を覚ますだろうと判断したライアとパテルは、2人の背中を押しながら宿の中へと入って行くのだった。
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翌日、宿でたっぷりと休憩取ったライア達は、エデルがお昼前に『バグラス騎士団長がお会い出来るのですが、お時間いいですか?』と迎えに来てくれたので、分身体を5人は宿で待機させ、その他全員で騎士団長が待つという建物に向かう。
「……そう言えば、騎士団長の方はどんな人なんですか?」
「そうですね……基本的に気さくな方であり、何より正義の心を持った素晴らしい方ですよ」
建物に向かう道中、ふと気になった事をエデルに質問すれば、満面の笑みでバグラスの騎士団長の事をべた褒めする。
「貴族としての爵位は侯爵でありながら、領民達の声に耳を傾け、弱きを助ける素晴らしい人格者……何でも家の方々全員がそうらしいので、団長のご実家のある自領の領民達には大絶賛されているらしいですよ」
「…へぇ……そんなすごい方であるなら、ぜひともお話を伺いたいですね」
「はい!……あ、そう言えば、団長がインクリース殿のご来訪の知らせを貰った時に『…このような幸運があるとは…』とインクリース殿とお会いしたいみたいな話をされていたそうですよ?」
「?そうなんですか?」
何故だろう?ライアの頭の中には、特にバグラス砦に知り合いはいないし、あるとすれば飛行船業の事や火竜討伐の件で何か目にかけられる事があったのかも?と不思議そうに首を傾げる。
「昨日も『明日はインクリース子爵との会談の為に仕事はさっさと終わらせるとしよう』って張り切ってましたから」
「大変恐縮です……」
そんなに?と思うライアは、訝し気に頭を悩ませていると、もう建物に着いたのか、エデルが「こちらの中で団長がお待ちです」とレンガ調の大き目の倉庫の様な建物の前で立ち止まり、入り口の扉に手をかける。
―――ギィィィィィ……
「団長、インクリース殿をお連れしました」
「失礼いたします」
エデルが先に建物の中に先行し、その後ろをライア、プエリ、リン、パテルの順で続いて行く。
建物の中は、やはり元は倉庫だったのか、部屋の区切りなどは存在せず、広い空間のど真ん中にテーブルや黒板を設置させた会議室の様なエリアが目に映る。
そして、そのテーブルのすぐそばに立っていた体躯の大きい男性がこちらに振り替えり、ライアと目が合うと大げさに両手を広げて大声をあげる。
「――おぉぉ!待っていたよインクリース子爵!」
金髪金目で筋肉質な身体、顔は案外男らしい二枚目の顔立ちで、出で立ちや雰囲気から気さくなタイプの人間だというのは何となく感じることが出来る。
「君にどうしても会いたかったんだ!」
―――ダッダッダッダ!
「…えっと初めまして…私は…えッ?はむぐぅ!?」
―――ぎゅぅッ!
「おぉぉぉ!!ありがとうぅぅぅ!!!」
ライアの自己紹介を聞くよりも先に、この金髪金目の騎士団長?らしき男は、ライアの元までずんずんと歩み寄ってくるかと思えば、そのまま力いっぱいライアの事を抱きしめる。
「ふぅッ!!むぅぅぅぅ!!!」
まさかの出来事に混乱で頭が回らないライアは、男の鍛えられた厚い胸板に顔面を押し付けられて、言葉が紡げない。
「ライアねぇちゃんが男の人に襲われてるぅー!!」
「うわぁ……大人ってすごい……」
リンとプエリは慌てながらも少し勘違いした事を話すのであった。
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