リン、参戦











――――ヒンメルの町ライアside





「―――では、帝国との国境付近の山岳地帯での奇襲がメインという事ですね?」



「そうだね。一応相手側には騎士や正規の兵士達はそれ程居ないはずだけど、数が数だから慎重にね」




帝国でインクが入手した情報をヒンメルの町の騎士団と共有すべく騎士団長のアイン、副団長のシグレを会議室に呼び、話合いがなされていた。



基本的に帝国軍の動きは、大まかに言って3つ。



騎士や正規兵ばかりで固められた王都アンファング襲撃軍とヒンメルの町を拠点(と思っている)にした王国の南側からの侵攻軍。



そして、残り少ない帝都居残り組の3つが今ライア達が知り得ている帝国の動きである。



ヒンメルの町はその内1つの“志願兵を含む南側戦力”に対しての対策をしないといけないのだが、こちらはアイン率いる騎士団に任せる事になった。




「任せてくだされ主君ッ!!主君の御力を借りずとも立派に成果を上げてみましょうッ!!」



「帝国側に潜入しているインクって分身体がいるから、俺もちゃんと戦うけどね……でも基本的に奇襲がメインの動きになると思うから、そこは頼りにしてるよ」



「主君……ッ!!」



感動に打ちひしがれているシグレは放っておき、改めてアーノルドからの作戦を思い返す。



「俺は、分身体を王都、ヒンメルの町、リールトンの街、バグラス砦、帝都の5か所……まぁ実際にはそのいずれかの周辺町村の見回りなんかも合わせて分身体を派遣するから、ぶっちゃけあんまり余裕が無い」



「今インクリース様の分身体の出せる最大数は33人でしたか?」



「そうだね。すでに王都に3人、リールトンの街に2人、帝国に4人送ってるから24人しか割り振れないんだ」



「……主君の御強さで“しか”とおっしゃるのは些か疑問の気もしますが……」



「ん?シグレ、何か言った?」



「いえ!なんでもございませんッ!」



ライアにとって、前回のへベルベール達との戦闘はうまく行きすぎたとも言える戦果だが、流石に本格的な戦争が始まれば、数千という人の数という暴力に対し、33人の己だけの力でどうにかするのは少々現実的ではない。



とはいえ、人の命を気にせずに大魔法やらオーガ…【鬼人】や【魔女】をふんだんに使えば、こちらの損害を殆ど出す事無く勝利するのは容易いであろう。



ただ、ライアの目指す無血勝利を目指すとなれば、どうしても“たったの33人”では少なすぎるのである。




「どの道、この戦争を終わらせる方法は帝都に居るとされる皇帝を捕え、帝国軍に戦行為を停止させるように指示を出させる……その為にも俺が頑張んないとね!」



「流石は主君ですッ!!」



アーノルドからまだ人員に関して教えて貰ってはいないが、帝都へ向かう少数部隊は組まれたらしいので、近々王都から帝国に向けて遠征隊が出発する。



ライアはその遠征隊に分身体を何人か参加させるので、明日には重力属性の魔石を持たせた分身体達を王都に向かわせる予定だ。




「……リンには……言うべきなんだろうなぁ…」






――――――――――

――――――――

――――――








リンは、帝国で人体実験の被検体とされていた少女の事ではあるが、彼女との約束で彼女の“弟であるリクを取り戻す”と誓っていると同時に、リンには弟を取り返す際には帝都へ一緒に連れて行くと口約束をしてしまっている。



彼女は未だ成人を迎えていない子供であると同時に、苦痛と絶望の記憶が残る帝国へ向かわせるという事実に、ライアはどうにかリンを説得してヒンメルの町に留めておけないかと試行錯誤する。




「―――絶対にリクを…弟を助けに行きますッ!!」



「……うん…そうだよねぇ……」




ここ最近、力を付ける為に冒険者としてダンジョンに向かうのが習慣になっていたリンが、何故かライア達の研究所…というか実験室によく出入りしているので、たまたま近くにいた分身体のライアが戦争の事を伝えてみれば、案の定目をギラギラさせながらライアに詰め寄ってくる。



「いつですか?準備は何か必要ですか?武器や防具の新調とかも……」



「待って待って?慌てなくても出発はまだ先だから落ち着いて?」



「あ…す、すいません……やっと弟を救えるんだって思ったらつい…」



リンは己の痴態を恥じるかのように顔を赤く染めながら、弟を助けたい思いを吐露する。



この間のへベルベール達との戦闘から3カ月程しか経ってはいないが、それでも家族の安否が気になるリンにとってはこの3カ月はどうしようも無いほど長い日々だったに違いない。



(……言えない…な……。これだけ家族の事に必死になってるリンに、弟は俺達が助けるから君は大人しくこの町で待機しててくれ。だなんて…)



最初は、リンを説得しようと考えていたライアだったが、やっと弟を助けに行ける事に喜び、うっすらと目に涙を浮かばせるリンを見て、説得は無駄だろうと悟る。



(俺がリネットさんや家族……ラスリ達が敵に捕まってる、なんて事態に遭遇したと考えただけでじっとなんてしてられないからね)



なまじライアもリンも、戦力として考えれば王国随一の力を持っているだけに、人に任せるよりも自分で助けに行った方が良いと考えてしまう。



リンの実力は巨人化の影響やらで、巨人時に使用していたスキルは全て使用できるし、魔物特有の技……ブレス攻撃も出来てしまう。



お陰で、ヒンメルの町にはライアとプエリの2人だけだったワイバーンの単独撃破者の数が、リンも含めて3人になっている。



その実績がある分、足手まといだからという理由で町に待機してもらう事も出来ないのだが…。




「……リン、無茶は絶対にダメだからね?」



「はい!」




ライアは説得を諦め、これから起きる戦いで危険を冒さないように強く言い聞かせるのであった。









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