色香と怨嗟









『んっく……となれば、その主力の軍が帝国を出立するタイミングを考えれば、開戦の時期は約1ヵ月後丁度という訳か……ん……短期決戦はこちらの望む事だけれど、予想よりもかなり早い動き出しだね』



『へベルベール達と一緒に行動させている分身体や志願兵として潜らせている分身体からの情報をまとめると、ほぼ間違いないと思います』




【軍部】での招集が終わり、解散を言い渡されたタイミングで、ライアは急遽王城でプライベート中のアーノルドに報告をするべく、王子の私室に訪問していた。



『んッ……騎士や一般兵士の数は軽く見積もって5000人……そこに志願兵の300人以上が加わる……あ、痛』



『あ、すみません………詳しい話はされませんでしたけど、ヒンメルの町方面はかなり警戒はされている様子では無かったので、志願兵達以外の騎士達正規兵は殆ど来ないかもですね……恐らく志願兵達を誘導する人員と食料や帝国本土への連絡要員として少数の正規兵が来るぐらいかと………力加減大丈夫ですか?』



ライアは現在アーノルドの私室にて、半裸状態でうつ伏せになっているアーノルドへオイルマッサージを施しながら、ここ数週間で集めた情報の報告を同時に行っている。



『あぁすごく丁度いい……しかし、このマッサージは良いモノだけれど、ライア殿以外には誰も施術出来ないというのはもったいない物だね…』



『普通こういうのはメイドの者がやってくれるのでは?』



『今は少し時期が悪くてね……私の婚約者がまだ正式に決まっていない状況で全裸の私と一女性が密室に2人きりは危ないんだよ』



『危ない?』



『もし私に睡眠剤でも盛られでもすれば、私の自覚が無い子供が生まれるかも知れないからね……仮に他のメイドに見張らせてもいいが、あまり私室にメイドを侍らせてある事無い事吹聴されるのも色々と少し面倒でね』



ライアがこの王宮に来てからはあまり政治の裏側というか、よくある腹黒い権力争いやら王妃問題と言った物がこの王宮内に存在している様子は見受けられなかった。



メイドや使用人達は礼儀を持ちながらも、どこかアーノルドの事を信頼している雰囲気があったし、アーノルドの言う犯罪紛いの事を犯す使用人がこの王宮内に居るとは思わなかった。



もちろんライアは使用人全ての人間との面識はないし、アーノルドの客としてここに居る以上アーノルドの事を敵視している貴族達が居るのであれば、余計にライアがその貴族達を見かける事は少ないだろう。




『だから男性の使用人に頼もうともしたのだけれど、何故だか全員に断られてしまってね』



『それは……当然でしょうね』



今のアーノルドは何処からどう見ても、綺麗よりの美人であり、最近では≪変装≫のスキルレベルが上がって来たおかげか、僅かにだが胸が膨らみ、腰はくびれ、太ももから臀部にかけてのもっちりとした肉付きになっている。



その状態で『私の身体をマッサージしてくれないか?(半裸)』はある意味誘っているような物だろう。



『数人は何やら鼻息を荒くして承諾してくれたのだけれど、何故だか近くにいた騎士達に押さえつけられたりして、結局やってもらえなかったよ』



『私はアーノルド様が無事で安心しました』




どうやら、お付きの騎士達の中には鋼の精神を持った者がいるらしく、アーノルドの貞操は無事のようで、ホッと胸を撫でおろすライア。




『……ひとまず、分身体達には情報収集を続けさせますね』



『頼むよ……それと帝国への精鋭部隊突入の際に…』



『帝国の地理関係の把握……ですね?』



『んっ……お願いするよ……』



ライアは話を締めくくると、休めていた手をアーノルドの背中に滑らせ、細くやわらかな身体を揉み解して行くのだった。





ちなみに、私室の中にはライアとアーノルドの2人しかいないが、部屋の外には護衛の騎士が待機しているので、妙に艶めかしい声が部屋の中から聞こえて来る状況に騎士達は分かっては居ても、アーノルドとライアが蜜月に過ごしているのではないかと妄想を馳せているのだが、そこはライアも知り得ない事であった。








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「…という事で、俺達志願兵は予定よりも早いけど、2週間後に帝都を出発する事になったよ」



―――カッカッカッ…



「えーと…『わかりました。ラビには私からお伝えしておきます。……大丈夫なのですか?』ね」




宿屋に戻って来たインクが暫くスキルの訓練に勤しんでいると、いつもの如く背筋に冷や汗のかくような気配を感じ、メリーが来たのだとすぐに察知する。



インクは早速今日決まった情報をメリーに伝えれば、了解の文字が紙に浮かぶが、それと同時に何か不安に思う事があるのか、心配の言葉が記される。



「多分、俺の事……というよりは、俺の動いている作戦が大丈夫なのかって意味だとは思うけど、今の所は問題ないよ」



―――カッカッ…



「『そうなのですか?』…あぁ、情報自体はラビとメリーのおかげで奴隷達の居る場所は大体把握出来たし、戦争が始まって正規兵達が帝都を早く出て行ってくれるのはこちらとしても助かるからな」




―――カッカッカッ…



「『つまり、帝国の兵力が王国に集まる隙を突いて、帝都を襲撃』って、やめろやめろ!文字として書くな……というか俺の言葉からそこまで考察してこないでくれ…俺も色々と喋り過ぎたが…」



別に協力関係を築いているラビ達とは作戦の内容を話した所で、【契約】の魔術のおかげで情報がバレる事は無いのだが、元々ラビとメリーには情報収集がメインだと伝えているので、出来ればそれ以外の情報は伏せておきたかった。



ただ、メリーのようにインクの物言いである程度バレたとしても、他の第3者にバレなければ問題はないのだが、情報が文字としてそのまま残ってしまうメリーの筆談に関してはまずいと、インクは筆談途中のメリーから紙を奪い、さっさと適正が僅かしかない火の魔法で燃やし尽くす。



―――カッカ…



「えと、なになに?『申し訳ありません…少しばかり好奇心が揺さぶられたもので、勢いのままに考えた事をそのまま書いてしまいました』…あぁいや、俺もいきなり紙を燃やしてすまなかったな……今度からは出来れば思いついても遠回しな隠語みたいな感じで書いてくれると助かる」



今まではラビの『今日の調教は二重丸をあげたいと思う!』やら『今日は南区の奴隷達が集まる区画にお邪魔してみたよ』と言った感じの何とも気の抜ける報告書で気にしていなかったが、よくよく考えれば、手紙の中に王国へとつながる情報が一つでも記載されていて、その手紙をメリーが落としでもすれば大変な事になる事間違いなし。



そう考えれば、ラビの交換日記的な文面は万が一手紙の事が露見した場合の事を考えれば最善の手段だと言っても過言では無いのかも知れない。



「……というか、もしかしてラビの奴…それを狙ってあんな手紙の出し方をしていたのか…?俺はてっきり、素であの感じなのかと……」




―――カッカッ…



「『ふふふ……あまりラビの事を舐めない方が身の為ですよ?ラビのあれは半分以上は素です』…お前、もしかしてラビの事嫌いだったりする?」




ラビが貶されている事は分かったが【半分以上】と書いている所から、恐らくラビがこちらの情報が帝国にバレないように気を使っていたのは確実だろうと理解し、はぁぁとため息を漏らす。




「これは少しばかりラビの事を見直すべきかな…?というか、ラビが当然として気を付けていた事をあっさりメリーが作戦の情報を書き出した所を見れば、メリーよりもラビの方が結構出来る子?……っとあ!?あっぶなッッ!?」



つい出来心でインクがそんな言葉を漏らせば、メリーの代名詞とも言える万年筆がインクの目に向かって殺意マシマシで突っ込んで来るので、慌てて回避する。



―――カッカッカッッ!!!



「………『次は無いですよ?』……ごめんなさい」





インクは最近やっと、幽霊の存在に慣れて来ていたのだが、何故か今度は別ベクトルの意味で幽霊の事が怖いと感じるようになってしまった。









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