招集
それからは、奴隷商の仕事を通じて奴隷達の販路の流れを探ったり、ラビから『○○はご主人様にむかない』『○○は結構金遣いが荒いらしい』と言った全くためにならない情報や奴隷を集めている富豪が居るなどという奴隷解放の際に役に立ちそうな情報を集める事1ヵ月。
帝国上層部でへベルベール達と動いている分身体達の情報によれば、王国への進軍が1か月後に正式に決定したらしく、急遽志願兵達に呼び出しがかかった。
「志願兵の締め切りはまだ1か月も先だぜ?一体なんだってんだ?」
「呼び出すって事は、戦争に関して何か決まった事でもあるんだろ?その通達とかじゃないか?」
【軍部】に呼び出された志願兵達の中には、もちろんインクとドルンの姿も存在し、いきなりの呼び出しに世間話を繰り広げる。
もちろんインクは事前に、上層部で何が決まったのか把握しているので、この呼び出しの理由も大体察する事は出来ていたが、ドルンや他の者達は志願兵の募集要項にあった『2か月後の今日』という募集期間が設定されていた為に、戦争は2か月……いや、既に1ヵ月経っているから、もう1ヵ月以降だと思っているので、困惑の色が顕著である。
本来であれば、志願兵を呼び出す理由と言えば、戦争の始まる直前に『どこどこを攻めるから君達は南の部隊について行ってね』と言った戦争中の動きに関する指示がある場合のみ。
(いや……本当なら正規兵では無いにしろ、契約やら作戦の説明なんかで呼び出される事もあってもいいかもだけど……帝国だしね…)
もし他の要因があるのだとすれば、志願兵の中に敵国のスパイが紛れ込んでいる。などと言った緊急事態に招集をかけられる可能性はあるが……分身体はバレていないはずなので、一旦考えないでおこう。
「インクは落ち着いてるな…何か知ってる事でもあるのか?」
「まさか…でもそれ以外の可能性を考えた所で俺には何もできないし、慌てるだけ無駄だからな」
「ヒュー……さっすが奴隷達人気ナンバーワンの男の言う事は違うねぇ」
「人気も何も、無駄に暴力を振うのが嫌いなだけだ」
流石に人の見る目があると称されるドルン。
周りの人間とは違い、事前情報を持っているインクの落ち着きを見るや否や、何か情報を持っているのではと勘繰られてしまう。
それでも、情報を持っていると素直に言ってしまえば『何故知っている?』と聞かれるのも困るので、在り来たりな言い訳を口に出しながら知らんぷりをする。
ドルンも流石にそれ以上は確信が無かったのか、もしくは話す気のないインクを見て諦めたのか、素直に『それもそうか』と話を終わらせてくれる。
そして、ドルンの言っている奴隷達の人気ナンバーワンという称号の事だが、これはこの1ヵ月の間でついたインクの称号の様な物である。
インクの知らない仕事が振られれば奴隷達が率先して教えに来るし、近くを通れば『構って構って』と近寄られ、調教で傷付いた奴隷達は心の安寧を求めてインクを縋ってくる。
そんな様子をミルクや他の職員達に見られたり噂される事によって、いつの間にかそう呼ばれるようになっていたのだ。
本来奴隷達に心の安寧を与えるのは、反逆心を持たれない為に必要の無い物らしいのだが、なんでもミルクが言うには『寧ろインクが居なくなると不安を煽れば、より一層従順になるから楽だね』と面白がっている様子だ。
ちなみに、牢屋掃除の手伝いなどはきちんとミルク達にはバレないように行っているので、未だに奴隷達がインクの仕事を手伝っているという情報はバレていない。
―――カッカッカッ
「……静粛にッ!」
……と、そんな話をしていると、帝国軍の正規兵らしき男がグラウンドに入ってくる。
説明はしてなかったが、今インク達志願兵が集められたのは【軍部】の中でも軍事演習や戦闘訓練に使えるかなり大き目のグラウンドで、そこに今回集められた約300人ほどの志願兵が所狭しと待機していた。
「本日、君達志願兵を呼んだのは、開戦時期の説明の為に招集させてもらった。詳しくは省くが、元々半年を目途に王国への侵攻を開始する予定だったが、軍上層部での方針が変わり王国との開戦時期を早める事となった」
インクは元々話を知ってはいたので特に驚きはしなかったが、此処に集められた他の者達は『結構急だな』やら『まだ装備の新調がおわってねぇぜ』などと動揺の声が上がる。
「そこで君達には開戦の先駆けとして王国の最南端……“ヒンメルの町”と言う場所に向かいつつ、その周辺に点在する町村から食料物資の回収に向かってもらう……もちろんそこで奴隷の回収も行ってくれて構わない」
正規兵の上官の男はそう言い放つと、含みのある笑みを浮かべる。
(……志願兵達はヒンメルの町に向かう方に組み込まれるのか……となると主力はやっぱり王都アンファングを墜とす為に力を入れるって事だね……まぁ一応帝国にはヒンメルの町が墜ちてる設定だからおかしくは無いか……)
最悪、王国の北側の戦況をリアルタイムで知る事の出来ない状況にはなってしまうが、既に戦乱を予想してアーノルドが【バグラス砦】に周辺の町村から人を避難させているので、【バグラス砦】に分身体を送ればいいだけだ。
「ヒュゥ!腕が鳴るぜ!」
「見てろよ!たんまり稼いで、王国の奴らを奴隷に落としてやる!」
「へへ!王国の奴らを嬲るのが今から楽しみだぜッ!」
上官の最後の言葉で邪悪な妄想を掻き立てる者達に冷めた視線を向けてしまうが、あまり顔に出せばドルンに気が付かれてしまうかもと視線を上官に戻す。
「出発は2週間後!その時にもう一度招集をかけるが、装備や各自必要な物を持って集合せよ」
上官はそう締めくくると、そそくさとグラウンドを後にし、集まった志願兵達は解散の運びとなった。
「2週間後ねぇ……随分急な話だが、それだけ王国をさっさと潰そうって考えなのかね」
「かもな……ドルンは色々と準備は出来てるのか?武器の整備一つとっても2週間じゃ間に合うか微妙―――」
(さて……まずはアーノルド様に一旦報告しておいた方が良いかなぁ?)
インクはドルンと世間話をしながら、今回得た情報を元に、どう動くのが正解なのか思考を巡らせるのであった。
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