奴隷商館2日目







―――――再びインクside





翌日、メリーの存在に震えながらなんとか夜を過ごしたインクは、奴隷商のミルクとの約束通り、今日も奴隷商館へと足を運んでいた。



「で、今日は何の仕事だ?また奴隷達の搬送の仕事でもあるのか?」



「いや、今日は商品達を飾るディスプレイ……まぁ客が見物する奴隷達を入れる牢屋の掃除をやってもらいたくてね……そっちが終われば奴隷用の首輪やら服の洗濯も頼むよ」



どうやら今日は奴隷商館の中のお仕事がメインらしく、ミルクに案内されるまま奴隷商館の中を歩いて行くと、奴隷達が閉じ込められた沢山の牢屋が見受けられる場所に連れて来られる。



ミルクは掃除道具らしき物が押し込まれているロッカーを指差した後は『じゃぁ終わったら知らせてくれるかい?今日はちょっと忙しくてね』とそそくさと今来た道を戻って行ってしまった。



「……いや、掃除の仕方とか牢屋の鍵は…?」



1人残されたインクは、説明不足により何から手に付けていいのか分からなかったが、しょうがない…と肩を落としながら、牢屋の鍵を探す所から始めるのであった。







――――――――

――――――

――――







「いやぁ助かったよ……皆のおかげでどんな風に掃除をすればいいか分かったし、仕事もすぐに終わったよ」



「い、いえ……インク様は……その…お優しいので……」



「殴ったり、蹴られたりしませんし……このまま私達の世話係になって欲しいですし……」




1時間が経ち、インクの任された牢屋の清掃は完全に終わっており、どこもかしこも綺麗に磨き上げられ、完璧に仕事を終わらせていた。



そして、インクの周りには、牢屋に閉じ込められていた奴隷達数十人が掃除道具を持ちながらインクの傍に寄り添い、おどおどとしつつも、暴力の振るわないインクに懐いた様子で話しかけて来る。







…実は1時間前、牢屋の鍵を見つける事の出来なかったインクは、途方にくれながら『もしかしたら牢屋の中に閉じ込められている奴隷達なら何か知っているのでは?』と考え、一番近くの牢屋に居た女の子に鍵の場所を聞けば、あっさりと場所が判明したのだ。



それに対して、奴隷の女の子に『ありがと!めちゃくちゃ助かったよ』と笑顔を向ければ、何故だが女の子に大泣きされてしまい、女の子が泣き止んだ後はあれよあれよという間に掃除のやり方やその他の事を教えてもらいつつ、何故だか他の奴隷達も『お手伝いします』と言ってくるので、結局数十室もある牢屋の清掃を30分ちょっとで終わらせる事が出来たという訳だ。(ちなみに最初の30分は鍵を探したり、最初に大泣きされた女の子を宥める時間である)





「……インク様は、僕達の……ご、ご主人様にはなってもらえないのですか…?」



「え?俺が?」



「「「「………」」」」



奴隷の一人の男の子(男の娘)がインクに縋るような目で、そう口にすれば、どうやら他の奴隷の子達も同じ思いだったのか、インクの事をじぃっと見つめて来る。



流石のライアも、ほんの1時間一緒に掃除のお仕事をしただけでこれだけ好かれるというのは、余程他の掃除係の者が乱暴で暴力的な者達なのだろうと悲しくなってしまい、つい今すぐにでも助け出してあげたい気持ちになるが、今動く訳にもいかないし、奴隷として買ってあげて、王国に連れ帰るにしても元手の金がないので、それも出来ない。



「ごめんね……俺に今すぐ君達を助ける事は出来ない……でも、暫くは俺は此処でお世話になるつもりだから、その間は君達がひどい目に合わないように頑張るから……暫くは我慢してくれるか?」



「インク様…?」



この子達の中に、奴隷商の人間にインクの情報を流してしまう子が居ないと言い切れない現状、全てを話す事は出来ないが、敢えて『暫くは我慢』という制限時間があると認識される言い方をする事で、この子達に希望を持ってもらおうと語り掛ける。



イマイチ奴隷の子達はピンと来ていないようだったが、数人のまだ小さい子供の奴隷達は言葉通りに受け取ったのか『暫くは我慢する!』と無邪気にインクの言葉を聞き入れたようだ。



「さて、皆はもう牢屋の中に戻って。俺はさっきの奴隷商の人の所に連絡しに行かなきゃだから」



インクの言葉に渋々と言った感情が見えつつ、逆らうつもりのない奴隷達は自分の牢屋に戻って行き、インクはその牢屋の鍵を順次閉めて行き、ミルクの元に足を向ける。





――――コンコンコン




「失礼します……ん?ドルン?」



「よ、昨日ぶりだな」



ロビーで奴隷商の人間らしき男が居たので、ミルクがどこにいるか聞き出せば商会長の部屋に居るとの返答があったので、早速そこに行けば部屋の中に昨日知り合ったドルンがソファに座っていて、こちらに片手をあげて挨拶をしてくる。




「インクかい?どうしたんだ、何か問題でもあったかい?」



部屋の奥に目を向ければ、何やら書類らしき紙束と格闘しているミルクの姿もあったので、先程の忙しいと言っていた言葉に嘘はないのだなと理解する。



ミルクは手元の書類からちらりとこちらを一目見ると、すぐに書類に目線を落とし、すぐさま要件の確認をしてくる。




「問題…というかまず先に言っておくが、鍵の場所くらいは教えてから行ってくれ…結構探すのに時間が取られた」



「鍵……あぁッ!すまないねぇ…完全に忘れてたよ……なら今から鍵の場所を教えに行こうかね」



忘れていたッ!と失敗に憂いの感情が溢れるミルクは、すぐさま鍵の場所を教えに行こうと席を立とうとするが、それをインクが止める。




「いや、鍵は奴隷の子達に場所を聞いて、掃除も終わらせた。その報告で来たんだ」



「なに?そうなのかい?あのいつもビクビク怯えてばかりの奴隷達がよくもまぁ話したもんだね……ってもう掃除が終わったのかい?随分手際がいいんだね」



ミルクは感心するようにこちらを見て来るが、流石にここで奴隷の子達が手伝ってくれたと言えば『そんな事まで出来たのかい!?なら今度からは奴隷達自身で掃除をやらせようかね』とでも言われかねないので、敢えて何も言わない事にする。



そこまでミルクは下種じゃないだろう?と思われるかもしれないが、既にライアの心の中では、帝国民=奴隷を便利に使う下種の集団という認識なので、奴隷達の立場が悪くなる可能性があるのであれば、出来るだけ回避した方が良いだろうという考えだ。




「なら、さっきも伝えたように奴隷達の首輪と服の洗濯……はひとまずおいて置いて……インク、あんたちょいとドルン坊について行って、荷物持ちをしてくれないかい?」



「荷物……また奴隷か?」



「うんにゃ、今回は奴隷じゃなくて、別の奴隷商にお使いみたいなもんだよ」



ミルクの説明が入る前に、ドルンがソファに腰をかけながら話に割って入ってくる。



「お使い……他の奴隷商に?」



「あぁ…ここよりは規模が小さい所なんだが、新規の奴隷の仕入れ先を作る為に話し合いに行くんだよ」



「それをドルンが対応するのか?」



ドルンはあくまでこの奴隷商によく奴隷を売ったり、商売の手伝いをするだけの関係だと聞いていたが、そこまでするのか?と疑問が生まれる。




「本当であれば私が直接会いに行くんだけど、今は手が回らない状況でね……ドルンの人の見る目も信用しているし、偶にこうやって商談の場に来てもらってるんだよ。ドルン坊はもう半分ぐらいこの奴隷商館の職員みたいなもんだからね!アハハハ」



「って感じだな」



何ともそこら辺の契約やらは大雑把なのか、単純にドルンとミルクの信頼関係で成り立っているという事なのかは些か不明だが、そんなグレーな雇用状況でもまかり通ってしまっているのが帝国なのかと思えば、納得も出来てしまう。



(……いや、もしかして……この2人ってデキてたりする…?)



2人が恋仲であるのならば、正式にこの奴隷商の職員じゃないドルンがここまで仕事を任されるのは理解できるので、もしかすればそちらが正解かもと納得する。




「よし!それじゃ早速行くかインク。姐さんの為に商売繁盛しに行こう!」



「頼んだよドルン坊」




(……付き合って……る?…よくわからん……)



ライアはドルンに引きつれられながら、ミルクの奴隷商館を後にするのだった。









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