流浪の民










「やだ……やだぁ……」



「あたし達…どうなっちゃうの…?」



「……………」



「ぐッ……くそぉぉ…」




奴隷達の集められていた廃村から奴隷達を荷馬車に乗せ、帝都までの道のりを馬に引かせていると、荷馬車に鎖を結ばれ、逃げられない奴隷達が各々絶望に満ちた顔で、泣き喚く。




「あらぁ……やっぱり、誰でも奴隷にはなりたくはないよね……おぉよしよし」



「アンタも同じ奴隷にされる立場のはずなんだけどなぁ……」




そんな絶望に染められた空間の中で、全く堪えた様子の無いエルフの女性に呆れた感情を向けるインク。



「……そう言えばまだ自己紹介をしてなかったか……いつまでも“あんた”呼ばわりはイヤだし、先に名乗っておこうかな?私は【流浪の民】のエルフ族……名をピラビット。一族からは精霊の友と呼ばれる事もあるが、親しい友人や家族からは“ラビ”と呼ばれているから是非ラビと呼んでくれたまえ」



「俺はインク……ただのしがない一般人だ。ちなみに君らを運ぶ仕事も今日初めて依頼されたばかりのド新人だよ」




エルフ……ラビの自己紹介は妙に堂に入っていて、先程までの変人的一面を見ていなければ、どこか別の国のお偉い方と勘違いしても可笑しくない程。



名を明かす際の目線や所作の綺麗さから、恐らくスキルの≪礼儀作法≫を持っている事は確実だろう。



「それで…ラビ?はこの人達と面識はあるのか?」



「面識と言えるかわからないが、一応奴隷として捕まってからはずっと同じ建物に閉じ込められていたから、少しは話した事があるよ」



「なら、この人達がどこから連れて来られたかとか、何処の道を通ってあの廃村まで来たのかとかって聞いていたりする?」



「残念ながら、そこまでは話した事は無かったね……皆の気を紛らわそうと私の趣味趣向などは大っぴらに語ったりはしたのだけど、皆の心の絶望は深いようで、全然仲良くなれなかったよ」



「……それは、ただ単純にラビの趣味趣向にドン引きしていただけじゃないか?」



これから殴る蹴るは当たり前、寧ろまともに生きていければ御の字の生活が待っているというのに、そんな絶望の生活を楽しみにしていると目の前でのたまえば、良い気をする人間はまずいないだろう。




ライアとしては、奴隷の販路や人攫いの情報、その他色々の情報を集める為に、出来れば捕まえられた奴隷達の言葉も聞きたかった所だが、荷馬車で泣き崩れる彼らにそんな事を聞き出そうとは思えない。



此処で奴隷達を逃がすという選択肢もあるが、その代わりにスパイ行動がバレる危険性やこれ以上奴隷商から奴隷の入手経路などを探る事は出来なくなるデメリットも存在する。



目の前で泣き崩れる彼らをこのまま奴隷商に連れて行けば、まず間違いなく彼らは不幸な目に合うのは目に見えている。



(どうしたもんかなぁ……)




「………何か悩んでいるね?もしかして奴隷達の事かな?」



「ん?いや……」



「そこで黙り込めば肯定していると言っているようなものだね……ふむ」




インクの顎に手を当てて物を考える表情を見て、ライアの思考を読んだラビは、何かに納得するように頷いて、口を開く。




「……君、この国の人間じゃないのかな?」




















「………な、何のことカナー?」



「動揺し過ぎで全く隠せてないよ?というか沈黙が長すぎて普通にわかるからね?」




ライアの心は騒ぎ立て、どうしようかと脳内をフルに回す。



(バレた!?でもなんでってそんな事より誤魔化す方法を……どうやって!?口封じ…?どうやって!?暗殺?いや無理無理)



思考が16個に分かれようが、思考が加速する訳でもなく、慌てる時は普通に慌てるので、いくら頭を悩ませようと答えは導き出せない。



なんだったら、分割した思考の半数以上は他の分身体を動かす事に注視しているので、この状況を打破する為に脳を回している思考は1~3個くらいなので、寧ろ冷静になれていない思考のせいで余計にこんがらがって行く。




「……ど」



「ど?」







「どうして、わかったんですか…?」





結局、今更冷静になった所で隠し事がバレているのは明確なので、寧ろ思考をよりクリアにする為に情報を集める為、素直に何故インクがこの国の者ではないとわかったのかを聞き出す事にしたライア。



「どうしてかぁ……まぁ確信があった訳では無いけど、インクが根っからの帝国民とは違う反応だし、私達を見る目も結構違うかな?」



見る目?



「普通、帝国の人達は奴隷達を人間と認識してないし、例え奴隷を殺しちゃっても『おもちゃを壊しちゃった』程度の認識で、それ相応に中々冷たい視線で見て来るんだよ」



「まぁそれが中々いい心地なんだけど…」と小さく声を漏らすラビの言葉は無視して、無言の圧で続きを催促する。




「なのにインクってば、奴隷達の事を見てきちんと人間と認識している感じの目線だし、何より泣いてる彼らの事を見て凄い同情……というよりやるせなさ?みたいな感情が見て取れたからね」




そう言われたインクは、心の中でずっと奴隷達の事をどうにか出来ないかと頭を悩ませていたし、何もできない今の状況に苦心していた。



その感情が知らず知らずのうちに表情に出ていたかと、自分の失敗を嘆くライア。



「それから、さっき私が牢屋で帝国の事を“屑の中の屑達”と称した際に、見張りの男は憤怒の表情で掴みかかる勢いだったのに、インクは寧ろそう思って当然だろ?と言いたげな顔をしていたぞ?」



「それは……自覚があるかも…」




どうやら、色々と感情の抑制が出来ていなかったようだ。





「ふぅ……さて、これからどうするか…」



「どうするとは?」



「……俺がこの国の者じゃないとバレたんだ……出来ればラビには黙っていて欲しいけど、黙っていると言われた所で俺にそれを信じる根拠がない……口封じが出来れば国の為になるのかも知れないけど、俺は人は殺さないと決めてるから……」



「随分お優しい夢をお持ちだ」



ラビの表情に、如何にも【不可能だ】と書かれているが、今はそんな事は気にしない。



元々無理を押して……というより、無理を押し通す為に力を付けているのだから、今更である。



「一つ確認したいのだけれど、聞いていいかな?」



「何?」



ラビの問いかけに、ほんの少し身構える。



「インクの目的は奴隷達の……解放や制度の廃止、それに伴う情報収集?とかそんな感じかな?」



「……まぁそんな所だけど…」



本当は戦争の情報も集めるつもりだが、別にそこまで言う切りも無く、ただ肯定するだけに留める。



「なるほど……インク。私と【契約】しないか?」



「……契約?」



契約……大きな商談や国の決まり事を決めた際に、書面で残す契約の事を言っているのであれば、何に対しての契約を行うのかと疑問の目をラビに向ける。



「そう【契約】……私はインクの成す事の手伝いをしよう。その代わりインクには私の願い……【流浪の民】の全員の捜索、そして、その全員の命の安全を取り付ける事」



「ッ!?」




ラビの纏う空気が一瞬で変わり、まるで初めてアンファング王国の国王陛下と謁見した時の様な、威圧される感覚がインクの身に襲い掛かって来る。



目には先程までの、自分の性癖を嬉々として語っていた淀みは無く、まっすぐと政治を語る様にインクの目を見つめて契約内容を説明する。




「捜索……はわかるけど……命の安全って?」



どう見ても様子の違うラビに疑問をぶつけたかったが、まずは話をきちんと聞かなければ、何をされるかわからないと不安になり、契約内容の補足を求める。







「流浪の民とは、他所の国で邪魔者扱いされ【亜人狩り】で故郷を追われた亜人達の事なのです」










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