奴隷商からの仕事









「荷物運び…ねぇ……奴隷を荷物って表現する辺り、やっぱり帝国民って事か…」



奴隷商館での話し合いが終わり、早速仕事をして欲しいと頼まれて来たのが、帝都から少し離れた場所に在る寂れた廃村。



どうやらそこに、帝国周辺で捕まえた奴隷達をひとまとめにして集めているらしく、その奴隷達の搬送を任された。



ちなみに、ドルンは他の仕事があるのかこの場におらず、この廃村に集められた奴隷を管理兼逃がさないように監視の男が2人程存在していた。



「あんたが新しい御者か?」



「そうらしいね……えっと『ミルクの姐さんは世界一』……でいいのか?」



「おぉそれでいいぞ。合言葉はきちんと合っているし、ミルクの姐さんからも連絡が来てたしな」




廃村の管理をしている2人に、奴隷商館で教えられた【合言葉】を伝え、自分が正式にこの仕事を依頼されている者だと証明する。



ちなみに【ミルクの姐さん】とは、奴隷商館で出会ったあの強面勝気な女性の事らしく、本名がそのままミルクという名前らしい。



どう考えても似合っていない可愛らしい名前に一瞬思考が止まってしまったが、ミルク本人はそのインクの様子を見て『ギャップがいい塩梅だろう?アハハ!』とケラケラと笑い飛ばしていたのを見て、そう言った細かい事などは気にしないらしい。












無事、仕事仲間だと信用されたインクは、2人の内片方の男性に連れられ、奴隷が集められているという廃村の中心部に案内される。



「ここだ。今回はそれ程人数は多くは無いが、女が3人と男が2人、それに珍しい商品でエルフの女が1人……計6人をミルクの姐さんの商館まで運ぶのがあんたの仕事だよ」




(エルフ…?神樹の森の住人か?)



廃村の中心部には、恐らくこの村が寂れた後に建てられたであろう頑丈そうな建物が立っており、その建物が奴隷達を閉じ込めている牢屋なのだと説明を受ける。



しかも、今回インクが運ぶ奴隷達の中には、ライアと親交の深いエルフの女性がいるとの事らしく、思考に驚きの感情が沸きあがる。




「まぁエルフっつっても、見てくれはいいが、今回捕まえた奴は特殊っぽくてな……。念の為に心の準備はしといてくれ」



「特殊…?」



そう言って男は建物の扉を開け、インクを先導するように中に入って行き、インクもその後ろを付いて行く。




『―――』



(……?今、何か声が…)




扉を開けた先は、妙に薄暗い空間で、奴隷達の逃亡を無くす為なのか、建物の中は扉がいくつも存在しており、そのどの扉にも鍵が厳重にかけられている。



そして、インクの耳に僅かにだが、扉の先から聞こえる小さな叫び?声が聞こえ、そちらに目を向ける。



案内の男はこの叫び声に慣れているのか、特に気にした様子は無く、そそくさとその叫び声の発生源らしき場所の扉の鍵を開けて行く。




『――せッ!私は………お前に何がわか……』



扉の前までくれば、より声が鮮明に聞こえて来て、先程から聞こえていた叫び声が女性の怒鳴り声なのだと理解する。



「……ハァぁぁ……」



「…?」




この中では恐らく、先程出会った男性2人以外の人間が、この部屋の中の女性になにかひどい事をしているのかとすぐに助けに向かいたい気持ちを抑えるように両手の拳を力強く握る。



だが、何故だか先程から案内の男性の表情が暗く、部屋の鍵を開けるたびにため息を漏らしている。




―――ガチャン…




「開いたか……先に言っておくぞ?この部屋の中にいる奴の言葉をまともに聞かない方が身のためだ」



「……はぁ…」




それは助けを乞う女性の声を無視しろ。そう言う事?と口から出そうになるセリフを押し留め、無難に口を閉じる。




「……よし、入るぞ」




男性はインク……というよりも、自分に気合を入れているかのような掛け声を上げ、目の前の重そうな扉を一気に押し開く。




「……?」



押し開かれた扉の向こうには、厳重そうな鉄格子で部屋の半分が区切られた牢獄になっており、インクの目には、1人の黄緑色の長髪……エルフの女性が鉄格子の向こう側で両手両足を縛られた状態で座らされていた。



それ以外には特に人影はおらず、他の奴隷や看守などはこの部屋には居ないらしく、この牢屋は彼女専用として使われているらしい。




……だが、そうなるとどうも気になる事が一つある。




この部屋には彼女しか、居ないのは目の前に見える情報で理解は出来る。



なら、先程から聞こえていた女性の怒鳴り声…それは恐らくこのエルフの女性から発せられた物だというのも理解できる。



では、彼女は一体、怒鳴り声をあげていたのだろう?




もちろん、捕まって1人こんな牢屋に入れられれば、自分のこれからの未来を憂い、絶望感から大声で叫ぶ事もあるかも知れないが、先程扉の向こうから聞こえていた怒鳴り声はどう考えても誰かに話しかけている感じであった。




そして、恐らくその考えは間違いではないらしく、エルフの女性は扉を開けて入って来たインク達を他所に、また怒鳴り声をあげる。




「だぁぁかぁぁらぁぁぁぁ!!私が求めているのはこんな放置プレイではないといくら言えば理解するッッ!!お前の思考力はにどこか遠くに捨てて来たのか!?さてはお前、ゾンビ上がりか!?脳が腐ってる系の奴か!?私はそんな性欲の感じない目で見られても興奮出来ないではないか!!」




インクでも案内の男性でもない、誰に話しかけているのかも不明なセリフを、壁に向かって叫び出すエルフ。



(……うぅぅぅんんんん………ん”ん”ん”ん”……変態のヤバい系かぁ……確かにこれは、話を聞かないようにした方が良いかも……)




ちらりと隣の男性へ目を向ければ、口元は歪み、目尻は下がって悲し気で、目には生気が消え去り、とても奴隷を甚振る帝国民とは思えない顔を晒していた。












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