奴隷商館









「ここだ」



「………」




ドルンに連れられてきたのは、ライが良く子供奴隷達と密会をしていたスラムのすぐ近くの裏路地。



如何にも治安が悪そうな細道を進んで行くとたどり着く、そこそこ大きい建物がドルンの行きつけの奴隷商なのだそうだ。




(見張りは……1人……基本的に国が主体で奴隷制度を許可しているからか、警備なんかはそれ程多くないな。見張りについている男も、奴隷が逃げ出さないよう見張っているか、横暴な客が暴れた際の抑え役としているだけっぽい)



奴隷商の中は意外と清潔な空間が保たれており、意外にも普通の商会の様な雰囲気が感じられる。



奴隷の姿は見当たらないが奴隷を閉じ込める用らしき牢屋が幾つか見えるし、フロントらしき場所には奴隷の首輪らしき商品が並んでいるので、些か普通の商会とは異なる部分もちらほらと見えるが…。




「ここが俺の行きつけの奴隷商で、いつも奴隷を卸してる場所さ。もちろん奴隷の買取だけじゃなく、俺達が奴隷を買う事も出来る」



「……俺は別に…」



「わぁーってるよ!あんたは女には困ってないだろうが、魔物退治やら畑仕事なんかを手伝わせる奴隷なんかもここで手に入るって言うだけさ」



ドルンはインク(分身体)の嫌そうな顔を見るなり、すぐに誤解を解こうと両手を目の前でひらひらと振りながらそう言い放つ。




「まぁそこらへんはあんたの自由さ……俺はあんたを此処の会長さんに紹介しに来ただけだしな……ちょっと待ってろー」



「え、ちょ」




そう言って、ドルンは慣れた足取りでフロント横の扉に入って行き、ロビーらしきフロアにインク1人置き去りにされる。




(……はぁぁ……色々と思う所はあるが……ドルンに誘われたのはラッキーだったな)




軍部での面接が終わり、建物の1階部分を見学していたインクに声をかけてきたのは、スキンヘッドでどう見ても堅気じゃなさそうな自称チンピラのドルン。



話の流れは省略するが、言ってしまえばドルンはインクの事を奴隷狩りのバイトとしてスカウトしに来たという訳らしい。



本来であれば奴隷狩りなどやりたくもないし、する意味も全くないのだが、ドルンの話の中で一つだけメリットと考えられる要素が存在した。



それはズバリ……奴隷の入手経路……つまり、帝国の奴隷がどのように集められているのかを調べる事が出来るかもしれないという点である。



(……周辺の小国や集落、それに王国の辺境にある町村から奴隷を調達しているのなら、何時奴隷狩りが行われているのかわかれば、事前に避難誘導も出来るし、別の分身体を使って奴隷の入手を邪魔できる)



戦争では恐らく、奴隷兵を肉壁にしての侵攻もしてくるだろうし、そう言った意味合いでは敵の戦力低下を狙った策とも言える。




もちろん、今既に奴隷として扱われている者達も救ってあげたいのは山々だが、流石に現状で全ての奴隷を解放など不可能だ。




(今俺が出来るのは、帝国との戦いに完全に……そして安全に勝利を得る為の情報集めが最優先)



出来る事なら、帝国の秘密兵器の一つや二つほど使用不能にしたいとは考えているが、それを成すにもまずは情報である。




「――待たせた。インク、付いて来な」




思考の海に潜りこんでいたインクを呼び起こしたのは、先程フロント横の扉から出て来たドルンの呼び声であった。




「商会長の姐さんが会ってくれるってよ」




(………アネ……さん?)





―――――――――――――

―――――――――――

―――――――――






「ほぉ~ん?あんたがドルン坊のお眼鏡にかなったって言う男かい…?」



「……はぁ…?」




ドルンに扉の奥へ案内された場所は、この奴隷商館の地下。



扉の奥には地下へと続く道が続いており、その先の応接室らしき場所で、そこでインク達の事を待っていたのは、赤みがかった茶髪長髪を男らしく無造作に縛り、奴隷商人というよりヤクザの元締めに居そうな強面のお姐さん。



部屋に入った瞬間から、こちらの事を睨みつけるように探る視線をインクに向けて来る。




「お眼鏡……とかはよくわからないが、俺はこのドルンに金儲けの誘いを受けた」



「声をかけられて、此処まで連れて来てるって事はお眼鏡に適ったって事だから気にしなさんな……ドルン坊の人を見る目は確かだからね」



「さっすが姐さん!俺の事よくわかってっすね」



姐さんと呼ばれた女がドルンの事を褒めれば、おどける様に自分のスキンヘッドに手を叩かせる。



これは推測だが、ドルンと最初に【軍部】の建物の中で会った時の会話で“志願兵に応募するのは女(奴隷)か金かのどちらか”という話があった。



その会話の中で、ドルンはインクに化けたライアの雰囲気を読み取ったのか、もしくは勘で言い当てたのか、ライアが女(奴隷)を求めている訳じゃないとわかっている風な態度で話していた。



多分、この奴隷商のトップらしき女はそのドルンの雰囲気を読み取る力がかなりの精度を誇っていると確信しているようだし、今までも同じような手口で人をスカウトして来ているのだろう。



ただ、ライアの目的は別にお金の為で応募した訳では無いので、心の中を読まれた訳じゃなく、単純に男の性欲かそこら辺の下心を見抜く感性かスキル?みたいなのを持っているだけだと推測する。



「それで?俺は奴隷の売買所を紹介されただけって事は無いんだろ?」



「別に奴隷に興味があんなら、後で商品を見てっても構わないよ……仕事の話の後ならねぇ」



ドルンには志願兵として王国に攻め入った際に奴隷を売る場所の紹介も兼ねているとは言っていたが、それだけであれば別にドルンがチマチマと人員を選別する事無く【奴隷の売買してます】とデカデカと看板を掲げればいいだけなので、それとは別の仕事をさせたくて、此処に連れて来られたのだと思う。



寧ろあんなあからさまに怪しいドルンがいきなり話しかけて来て「いい儲け話があんだけどよ?」と言われれば大半の人間はついて行かないだろうし、ライア以外がついて来たことがあるのかがすごい疑問に思う。



ライア自身『絶対に怪しい……何か裏があるのは確定だろうな』と考えた上で来ているので、潜入目的以外であれば、騎士団へ即通報モノである。




「……俺は犯罪に手を貸す気は無いぞ?」



「安心しな、あんたにやってもらいたいのはただの掃除や荷物運びさ」



「……それだけ?」




流石に人を殺す仕事や奴隷を捕まえる仕事は死んでもやりたくは無いので、犯罪はイヤだと予防線を張ったが……。


だとしてもドルンの様なチンピラを使ってスカウトする仕事が掃除と荷物運びというのは流石に予想外だ。



仕事内容がただの雑用という点で、インクは訝しむように女に目線を向ける。





「アハハハ!安心おし、言葉通りの雑用じゃなく、ちゃんと危険もある仕事だよ」



女はインクの驚く顔色を見て、笑みを浮かべながら口を開く。




「ウチの奴隷達が汚した部屋の掃除……それに、盗賊に襲われる可能性のある街道を馬車で奴隷を運ぶ仕事だよ」








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る