小悪党の誘い
「ふむ……力は上々…身体の締まりも悪くないな。採用」
「ありがとうございます」
「基本的にこの軍施設の中にある訓練場などは自由に使ってくれて構わないが、この建物の2階以上は正式な兵士や騎士達しか入る事は許されていないから、そこは留意してくれたまえ」
「はッ!」
……そんな訳で、急遽へベルベールの屋敷にて情報収集&兵士達の魅了要員である分身体2人の内1人を志願兵の身分で潜入させるべく、男装させた分身体を中央軍司令部へ面接に赴かせれば、いともあっさりと合格が言い渡される。
(身分の証明書はへベルベールの方で手配してもらったけど、それ以外に特別な取り調べは無し……面接って言っても確かめたのは少し重めの剣と盾を構えられるかどうかのテストのみ)
面接と称されるにはあまりに簡素な受け答えしかしていないにもかかわらず、どう考えても剣を振る程度の力さえあればいいと言わんばかりのテスト。
恐らく、質よりも量が必要と考えているからこそだろうが、些かこの国の適当さに呆れてしまう。
(いやまぁ…兵力量が必要と考えている状態で、強制招集をかけていないだけ、まだマシとも言える……のかな?)
ともあれ、志願兵としての立場を手に入れたライアは、面接官の兵士に志願兵の身分を表すバッジを受け取り、そそくさと部屋を出る。
中央軍司令部……一応正式な名称なのだが、そのままでは長い名称だし、兵士達も皆が略称として【軍部】と称されているので今後は軍部と呼ぼう。
で、その軍部なのだが、一般的な考えから来る“司令部”とは少しだけイメージが異なっていて、この建物の中で戦略に関しての会議が行われたり、軍法会議が行われるお堅い施設……という訳では無いらしい。
何でも、帝国軍で扱っている武器や装備、それに今までの戦争の記録などは紙として軍部の資料室に保管されているらしいが、それ以外は基本的に帝国周辺の国の情報をまとめた国家機密を保管する金庫室として使われているらしい。
だから先程の面接官に『2階より上には上がるな』と釘を刺された訳だ。
(資料や装備の保管庫として使ってるなら【司令部】って名前はズレてる気がするし……もしかしたら昔はきちんとこの建物でお偉いさん達が集まって会議なんかをしていたのかも?)
建物は広く、外には広い訓練場などが備え付けられているが、建物自体は築数十年以上は立っていそうな出で立ちであるし、何度か改築された形跡が見られるので、可能性の話であればあり得そうな話だ。
「おい、そこのあんた」
「ん?」
そんな考察をしながら、建物の観察を続けていると後ろから声を掛けられる。
「なぁあんた、もしかしなくても志願兵になりに来た口だろ?」
「え?えぇそうですけど…」
「おっとわりぃわりぃ…俺はドルン!あんたと同じ志願兵に応募したただのチンピラだ」
後ろから声を掛けてきたのは、頭を剃っているのか生えなくなった故なのかわからないスキンヘッドに刺青を入れ、如何にも“悪い事大好き”と言いたげな目つきの悪い男。
志願兵志望だとすれば、この男も今日面接を受け、ライアと同じく見物がてらこの建物の見学をしていたのだろう。
「俺はインク……さっき志願兵になった」
「インクね、よろしく」
今回、志願兵として軍に潜入するとなって決めた分身体の名前は“インク”。
単純に家名のインクリースから取っただけの名前だが、最悪この分身体は捨て駒にする可能性も高い為、単純に覚えやすい名前にした。
……別に、男の名前を考えるのに気が乗らなかったとかではないし、どうせ戦争が終わったら必要無くなる分身体の名前だからと適当にした訳では無い。
「……それで?声を掛けてきたって事は何か用事でもあったのか?志願兵同士仲良くなろうって挨拶回りをするような感じでもなさそうだし」
「はっはっは!そりゃこんなチンピラがそんな殊勝な事するようには見えねぇだろうな!……ちょいといい話があんだが、よかったら付いてこねぇか?」
「怪しさ満タン過ぎて逆にすごいな……」
ドルンの見た目的に、もしやヤバい薬のお誘いかとも思ったが、ドルンは手をひらひらさせながら「やべぇ誘いの類じゃねぇよ!商売だ商売!」とおちゃらけた雰囲気でそう話す。
「志願兵に応募するって事は奴隷が欲しいか金が欲しいかのどっちかだろ?……偶に人を斬りてぇって頭のねじが飛んじまってる奴もいるが」
「いるのか……まぁ募集要項を見ても、大体の人間はその二つのどちらかだろうね」
「そんであんたは別に奴隷なんて欲しがる玉じゃねぇ……って事はどうせ金だろ?」
「なんで俺が奴隷を欲しがってないと思うんだ?」
実際には奴隷が欲しいとか金が欲しいとか以前の問題だが、ドルンの見立てではライア(一般男性っぽい男装中)は奴隷が欲しそうに見えない人物らしい。
「んなもん雰囲気を見りゃわかる……顔は平凡なのに妙に整った印象を受けるし、何より女の奴隷を欲しがる性欲にまみれた獣らしさが一切ねぇ。多分だがあんた既婚者だろ?」
(雰囲気……それで既婚者かどうかがわかんのかい……何かスキル持ちか…?)
≪変装≫で姿形は変えられていても、魔力の質や性格自体が変わっている訳では無い。
恐らくドルンが言う雰囲気というのは、ライアがスキルで変えられない部分の何かの事を言っているのだろうが、あまりこちらの情報をばらすのは得策ではないだろうと表情に出さずに答えを濁す。
「……人の外見やら何かで人の情報を探るのが趣味なのかな?獣らしさと言われても俺にはよくわからないな」
「はは!まぁいいよ、どの道金が目的そうな奴にしか声をかけてねぇから嫌なら断ればいい話さ」
ドルンもそれほどインクの情報が欲しい訳ではないらしく、ただの雑談程度で本題に移って行く。
「ここじゃあまり大きい声で言えないが……奴隷商に伝手があってな。良かったら奴隷の売買で一儲けしねぇか?」
「奴隷商……」
ドルンの儲け話というのは、ライアがこの数年間ライが調べる事の出来なかった奴隷の調達経路の大元。
その大元に近づける提案なのであった。
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