欲望の代償










ヒンメルの町に400人以上もの捕虜を収容できる施設は存在しない。



なので現在は、50名程の敵軍でも上官や指揮官に当たる重要参考人達はライアの屋敷の地下にある牢屋(ただの地下室を牢屋に改築)に収監し、それ以外の一般兵や位の低い騎士達を町の端の方に掘っ立て小屋を建築し、そこに両手を縛って収監している。



もちろん監視はいるし、捕虜だからと言って食事を抜くような事はせず、きちんと食事の配給もさせているので、護衛の騎士達も多めに配置させてもらっている。




そして、重要参考人であるもライアの屋敷の地下に収容されていたりする。



……実はこのへベルベール、リン……巨人が発生したと思われる敵本陣で大怪我をしていた所をライアがきちんと助けており、アイン達の働きによりここまで連行されていたのだ。



リンの記憶やら状況証拠的に、このへベルベールがリンの事を巨人に変えたのは間違いないので、感情的にはさっさとエマリア経由で王国に引き渡し、犯罪奴隷落ちにしてもらう方が良かったのだが、少し考えのあったライアはへベルベールを此処に収容したままにしてもらった。



ちなみに、既にエマリア達王国騎士団の尋問で、敵から『帝国民である事』『主犯はへベルベール伯爵である事』、そして『ここを攻めて来た理由』を聞き出している。



『ここを攻めて来た理由』が王都への侵攻の為の布石だという事が確定した今、エマリア達はすぐに王都に報告しに行った方が良いとすでに飛行船でリールトンの街へ送っているので、既にこの町にはヒンメルの町の住人達と帝国の捕虜達しかいない訳だが…。





「……貴様がこの街の代表か……ふっ…私達はこのような女子おなごに敗れたとはな……情報はすでに話したはずだ。何故今更になって此処に来た?」




「ちょっとやってもらいたい事がありまして」




リンが正式にヒンメルの町の住民になった翌日、ライアは屋敷の地下に収容されているへベルベールの元に足を運んでいた。



地下牢にやって来たライアの姿は、黒と青で染められた上着に、白のスカートをひらひらとなびかせた清楚チックな装いで、どう見てもこの地下牢の場に合っていない服装がへベルベールの感覚を惑わせる。



「やってもらいたい事?王国の下民の言う事を素直に聞くと思っているのか?……まぁお主がどうしてもというのであれば、私の機嫌をどうにか慰めてくれれば聞く耳を持つかもしれんが?」



まだ内容を何も言っていない内に『やって欲しければそれ相応の頼み方があるだろう?』と下品な目でライアの身体を見て来る。



(……下心が溢れすぎててキモい……って言うか、王国の下民とか言ってる割に尋問の時に色々と情報は喋ってる癖になんでそんな風に言えるんだろ…)



尋問がどのように行われたのかはわからないが、2日と掛からず尋問を終わらせた事を考えれば、このへベルベールはあっさりと口を割っているはずなので、プライドの割に忍耐の無い情けない男という悲しい生き物に見えてしまい思わずため息が漏れる。



「……まぁ、元々下心を持ってもらう為に来た部分もあるし、いいけどね」



「ん?貴様、今何と…」



「“魅了チャーム”」





ライアの呟きに、へベルベールが何か聞き出そうと口を開いていたが、それを無視したライアが右手に持っていた宝石の様な魔道具を起動させ、へベルベールに向けを振りかける。



「……はぅッ!?」



―――ダンッ!



煙を吸ったへベルベールは心臓部分に右手を当て、牢屋の固い地面に勢いよく膝と左手を打ち付ける。



(………第二ダンジョンの花の魔物【フォーストフラワー】から取れる魅了属性の魔石から造った魔道具……封印案件だったけど、敵国の帝国相手にだったら使っても支障は無い!色々とリネットさんにバレたら厄介だけど!)



帝国との戦いの前に、この魅了属性の魔石ををうまく使えば色々と役に立てるのでは?と考えたライアは、リネットには内緒でこの魅了属性の魔道具を作製していた。



効果は単純で、この宝石に魔力を込め、溢れた煙を対象に振りかければ、使用者に対して感じている愛情、情欲、征服欲などの“性欲”と呼ばれる物を増幅させる事が出来る。



……まぁ増幅させるだけなので、下手をすれば言う事を聞かせる事が出来ずに襲われるだけの可能性が高い代物なのだが…。



「……何を勝手に蹲っているのですか?まだ話は終わってませんよ」



「ふぐぅ……な、何をした…!?」



意外にも、まだ状況を判断出来るだけの思考力は残っているらしく、ライアの方を見ようとはせずにそう質問をしてくる。



「……意外でした…貴方の様な人であれば、檻の中からこちらに手を伸ばしてくるぐらいの暴れ方をするかと思いましたが」



「くっ!!そのような可愛らしい声で私を誘惑するなッッ!!檻から手を伸ばしてもギリギリ届かないのは分かっている!!私を舐めるな!!寧ろ舐めさせてくださいッッ!!」



「予想の斜め上!!」



理性が生きているのではなく、ただ単に今のままでは何も出来ないと瞬時に理解して、僅かなチャンスを得る為に大人しくしていただけらしい。(大人しく…?)



(効果は上々……でもこのままだと、ただのド変態のまま……よし)




「へベルベール」



「わんッッ!!」



「既に従順な犬に成りきっている…ッ!?」



ヤバい……変態に主導権を取られたままだと話が全く進まないと妙な焦りが生まれてしまう。




「こ、こほん……へベルベール…私の為に帝国を内側から瓦解させるのに手伝いなさい」



「貴方のおみ足を舐めさせていただけるのであれば喜んで」



「ひぃッ!?」



あまりにまっすぐな目でそう言われて、つい心の底からの嫌悪感から悲鳴が漏れてしまう。



だが、此処で逃げてしまえば、帝国の内部を引っ掻き回す重要な機会を失ってしまう。



ライアは自分の心に喝を入れながら、へベルベールに対して見下す様に言葉を発する。



「……貴方のような駄犬に足を舐めさせる?はッ!図々しいにも程があります……いいから私の言う事に従いなさい!」



「キャインッ!」




ライアの見下したような目線と語彙の強い言葉にへベルベールは心底嬉しそうに返事(犬の真似)をする。




(……かぁさん…とぉさん……俺は汚れちゃったよ…)




今までベルベットやコルドー、それに先日の戦いで生まれた新たな変態達(敵指揮官)の変態的要求を跳ねのけて来たというのに、このへベルベールを動かす為に“女王様ロール”をしてしまい、自己嫌悪に陥るライア。



「……いいか、お前は私の言う通りにしなさい?じゃなきゃもう構ってあげないからね!!」



「わんッッ!!」




ライアは若干死んだ目をしながら、へベルベールから帝国内部の情報を聞き出し始めるのであった。







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