高慢な理想











―――――ライアside




危うく、アインに惚れそうになりながらも、まだこの戦いは終わっていないのだと冷静になったライアは、シグレに捕虜(敵騎士団長)の捕縛を任せ、アインを連れてまだ戦闘の続いている場所に足を走らせる。



他の分身体の情報から特に苦戦らしき苦戦をしている者はいないようだし、いっその事敵本陣を叩く為にさらに前進しても良かったのだが、一応本来の作戦としては子供奴隷達の保護を行う為の時間稼ぎが主な目的だったので、大将である自分が作戦を無視して特攻するのはダメだろうと思った故に、一度体制を整える意味でも後方に下がる事にした。




「敵のまともな戦力は多く見積もって大体300~400ほどで、我々騎士団が制圧、捕虜として捕獲した者が200人……残った敵兵士達も半数は敵本陣と思わしき方向へ撤退していき、残りの半数も時期制圧されるでしょう」



「……そんなに捕まえてるんだ……皆の方がレベルは高くなってると思ってたけど、たった30人で少なくとも10倍の300人以上を圧倒するなんてすごいね」




「……我々はインクリース様のおかげで強くなれましたから……この結果はインクリース様の努力の結果です」



「レベルは上げたかもしれないけど、技量に関しては皆の頑張りのおかげだよ?だから謙遜はしなくていいよ」




戦場にて、他の騎士達から状況を確認したアインが、情報をまとめてくれて、どうやら敵のそう戦力の大半がすでに捕らえられているという事実が判明する。



元々、敵の注意を引き寄せるだけでいいと言っていたにもかかわらず、ここまでの大戦果を挙げた騎士団の騎士達には素直な賛美の言葉しか出ない。



アインはライアのおかげだと言うが、単にレベルが高ければ勝てるという話でもないはずだし、皆が訓練を頑張ったおかげだと無理矢理納得させる。




「……この後はどうされますか?当初の予定通り、敵軍の食料が尽きるのを待つ為に籠城いたしますか?それとも敵本陣に進軍いたしますか?」



「そうだね……一応巨人化の薬はまだ相手側の手に1個残っている状態だし、籠城して巨人の襲撃に備えてもいいんだけど……予想以上にこっちの戦力が高すぎたから攻めてもいい様な気がして来た」




本来であれば、籠城すれば無血勝利で終わらせれる戦いなのだが、まさかこれほどまでに敵戦力を削れてしまうとは予想できなかった。



敵本陣に居る人数が少なくなればなるほど、食料の消費が抑えられ、籠城戦の期間が延びてしまう。



別に、期間が延びようとこちらの備蓄はまだまだあるので問題は無いのだが、期間が延びれば延びるほど、王都から助っ人で来てくれたエマリア達をこの場に拘束する事になる。



今でさえヒンメルの町の防衛にてっして貰い、ずっと待機をさせている状況なのに、これ以上手持ち無沙汰にさせてしまったらはっきり言って申し訳ない気持ちになってしまう。



(いや、まぁ実際に敵が来てる事は事実だし、苦戦をしないならしない方が良いのはわかってるんだけど……何となく心がぁ……)



こんなしょうもない事で頭を悩ませているのは自分が小市民の心を捨て切れていない証明なのだろう。




「……よしッ!攻めよう!どれだけこっちが圧倒していたとしても、ヒンメルの町の人達にとっては“戦争”である事には変わらない……早く戦いが終わったって安心させてあげたいしね」




「かしこまりました……では皆を集めておきます」




「お願い……あ、それとヒンメルの町で待機させてるプエリちゃんには、引き続きヒンメルの町で周辺警戒をしてもらうように伝えてくれる?無いとは思うけど、分身体の殆どを敵本陣に向かわせる予定だから、万が一の時はプエリちゃんに足止めしてもらわないとだから」




そう、こちらの最大戦力の一人であるプエリは待機を命じられていた。



プエリ本人は『ライアねぇちゃんの為に戦うよ!!』とやる気満々で居たが、流石に子供であるプエリに人を斬らせる戦争に参加させるのは、義理の兄として許容出来なかった。



ワイバーンを1人で狩れると言っても、未だ8歳の幼子なのだ。



出来る事なら人を斬ると言った経験はあまりして欲しくはない。



なので妥協策として、巨人が発生した際にはプエリの手を借りるという案で落ち着いたという訳だ。



……まず間違いなく、巨人化の薬を持っているのはへベルベール伯爵に近しい人物だとは思っているので、こちら側には来ないとは思うが、注意はしておいた方が良い。




「……インクリース様が直接お声を掛けないので?」



「俺が伝えたら、また『わたしもそっちに行ってライアねぇちゃんのお手伝いしたい!!』って強請られそうで……」




「それは……ありそうですね」




義兄ライア義妹プエリお願い上目遣いには弱いのだ…。





「だから、俺が行ったらなんだかんだ許可を出しちゃいそうでね……そんな訳だからよろしくね?」



「はッ!」




そう言って各所に指示出しをしに行くアインを尻目に、敵本陣のある方向に目を向ける。




「さてさて……このまま、特に何も無く終わればいいんだけど………ん?」




ふと、敵の情報を探らせに1人敵本陣の真っただ中に忍び込ませていた分身体の目に、何か慌ただしい様子が映し出される。




(敵兵士達が、皆後方に逃げ……いや、集まって行ってる?……さっきまで、食料の確保やら先方隊の状況確認に動き回っていたのに……一体何が?)




ライアは急ぎ、分身体を兵士達の向かう先に移動させると一つの馬車の前に、大勢の人が集まっているのが確認出来た。





(一体何を……)




「インクリース様、捕虜の輸送並びに、残存兵の制圧が完了し、騎士団員全員を集めて参りました」




「ん?あぁ……ありがとうアイン……早速で悪いんだけど、敵に何か動きが――」














『ぐぁぁあ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”――――』




「ッッ!?」




瞬間、敵陣に行かせていた分身体の耳に、尋常じゃない声量の叫び声が響き、思わずこちらの方にまで声が響いて来たのかと錯覚してしまう。





「インクリース様?」



「……ごめんアイン、ちょっと予定変更」




ライアの表情に何か異変を感じ取ったのか、アインはすぐさま真剣な表情をして、何時でも動き出せるように姿勢を正す。




「……騎士団全員に通達する!巨人が敵本陣に出現し、恐らくそのまま此処、ヒンメルの町に向かって進んで来る」



「巨人……では我々は?」



「アインとコルドーさん、それと力に自信がある者は分身体と一緒に敵本陣へ向かう。シグレと残りの騎士達はヒンメルの町で万が一の為に待機」



「主君ッ!ワッチも戦えますぞッッ!」



ライアの言葉で、シグレが何か勘違いをしたのか戦いに連れて行ってくれと願い出る。




「あぁシグレ、違うんだ……敵本陣に行くのは巨人と戦う為んだ」




「はい…?」




では一体何をしに?とシグレの目が雄弁に語りかけて来る。




「どうやら相手は巨人を生み出した後、此処に巨人を誘導する為に、兵士達を犠牲にしてる」




「「「なっ……」」」




帝国はなんて無茶な方法をするもんだと呆れてしまう。



分身体が見える景色はひどいもので、巨人を誘導する為に犠牲になった騎士達がそこら中に倒れ込み、生きているのかもわからない程の出血や骨折をしているのが見える。




「折角死者が出ないように気を付けてあげてるのに、勝手に命を粗末に使われるのは、はっきり言って……心底腹が立つ」



気を付けてあげている……その言葉は高慢で、自分勝手の話ではあるのだが、戦争の中においてそんな事を言えるのは圧倒的強者のみだろう。




「心底腹が立つから……絶対に死なせてあげないから」




圧倒的強者なのだから、自分の理想を押し付けれるのだと、アーノルドとの会話で諭されたのだから、思う存分ライアは自分の理想誰も死なない世界を押し付けるのだと意気込むのだった。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る