新しい扉を








―――――ライアside




へベルベール伯爵の馬車での密談を通して手に入った情報は主に3つ。



・この戦いはへベルベール伯爵にとって、帝国貴族としての必ず成功させなければいけない物らしく、まず撤退は選ばれないという事。



・巨人化の薬は帝国ではすでに100程の在庫を生産しているらしく、この戦いにも3つ程薬を持って来ているという事。



・そしてこの戦いの戦略的目的は、ヒンメルの町を落とし、王国の情報と奴隷を手に入れ、王都アンファングに同時攻撃をする為の仮拠点を築く為だという事。




この3つである。




相手が徹底抗戦を選ぶのであれば、ライア達はヒンメルの町で籠城しつつ、相手の消耗を待てば万全に勝利を得ることが出来るし、巨人化の薬も精々3つであれば、分身体を総動員すれば何ら問題なく対処できるはずだ。



既に子供達の奴隷の首輪を解体する作業は終わらせ、ヒンメルの町の中まで移動させたので、仮に今戦場で巨人が3体出て来たとしても、騎士団の皆に退避させればいい。



はっきりと言ってしまえば、もうこの戦いで負ける事はほぼあり得ない。



何なら、初めての本番の対人戦闘の経験を積む為に、騎士団の皆に任せてもいいかもしれない。




そんな思いがライアの頭の中を過ぎる。






そして、ヒンメルの町を攻める目的……“王都アンファングを攻める為の布石”これに関してはすぐさまアーノルドに分身体経由で連絡はしておいた。



元々、帝国が王国に戦争を仕掛けてこようとしているのは分かってはいたが、何時何処から攻めて来るのかは依然わからないまま。



しかし、ヒンメルの町を王都襲撃の仮拠点にするつもりで動いているのならば、帝国がどのような作戦で王国に攻めようとしているのかは知っているはずなのだ。



【アウル亭】での会話内容から、フェンベルト子爵の件で信頼を失い、肩身の狭い思いをしてるみたいな話をしていたが、言い換えればへベルベール伯爵は王国で唯一の情報元であるフェンベルト子爵家の事を任されていた責任者であると解釈できる。






『つまり、そのへベルベール伯爵なる人物を捕虜に出来れば…』



『ふむ、帝国の今後の動きに関しての情報を聞き出せるかもしれないという事だね』




アーノルドは自室にて、ライアの対面に座りながら紅茶を優雅に飲み、ライアの提案に“うん”と頷く。



『そのへベルベールという者を捕える事によって、帝国は情報漏洩を危惧し、元々の作戦を変えるかもしれないが、相手の手札を把握できるのは大分有利になる』



『巨人化の薬が100以上も生産されているという情報も先に知れていればある程度は対策する事も出来ますしね』



まぁそんな情報を持った者が何故こんな決死の特攻隊の様な事をしているのかと疑問に思ってしまう部分もあるが。




『それに……成功するかはわからないですが、もしかしたら帝国に対して、ある意味先手を打てる可能性がある作戦を思いついていて』



『可能性がある作戦?』



『成功するかわからないですし、ひとまずへベルベール伯爵を捕える事を成功させないと話にならないので、まずはそちらに集中する事にします』




ライアの言葉に、ハテナを浮かべるアーノルドだったが、まずは捕えるのが先という話には同意なのかそれ以上突っ込まれる事は無かった。





「ま、どうせ撤退する気は無いみたいだから、そっちは問題無さそうだけど」




分身体を通じて、アーノルドとの連絡をしていたライアは、現在の戦況を確認する。




「子供達はすでに保護を完了させて、敵の注意を逸らせてもらってる皆の所に分身体を向かわせたし、上空のラー達ハルピュイア3姉妹も魔力切れになる前に町に避難してもらった。防壁近くの高台には王国騎士団の弓兵も待機してもらっているし、万が一の為にプエリちゃんも防壁近くで待機してもらってる」



戦場に居る分身体からの情報的に、遊撃に出た騎士団の騎士達も特に怪我をする事もなく、順調に敵兵力を無力化させて行っているようだ。



戦闘区域で、コルドーに≪拘束≫された敵兵士達が縛り上げられているし、奥の方でシグレやベルベット達が指揮官クラスの騎士と対峙しているので、そこ以外は問題は無さそうなので、分身体に捕縛されている敵兵士達を運ばせる。



もちろんシグレ達にもしもの事があると困るので、念の為に幻魔法の“カモフラージュ”で姿を消してシグレ達の居る方に分身体を2体程送る。




「……シグレのスピードに付いて行ける相手か……アインもフォローに回ったし、問題はなさそうだね。ベルベットは……何やってるんだ?」




何やら、シグレ達とは少し離れた場所で戦闘を行っていたはずのベルベットが何故か敵兵士を縛り上げ、何か話をしているように見える。




『さぁ復唱せよッ!!我らの使命はご主人様の役に立つ為であるッ!!』



『わ、我らの……使命は……ご主人様の役に……』



『声がちいさぁぁぁぁぁいッッ!!!』



―――ダスッ!!



『ひぃぃぃ』




姿を消したライアの前で行われていたのは、まさかのライアを崇める為か何かの洗脳行為。



(……なんだろ……最初に会った頃のベルベットは最低のクズだと思ってたけど……今の方が色々と危ない人になっている気がするのはなんでだろう……)



なんだかんだ言って、いきなり性格が変わったとはいえ、元の性格がアレな性格だったので、色々と思う部分があったのは確かなのだが、ここまで変わってしまうのであればある意味心配をしてしまう。



とはいえ、このまま見なかった事にすれば、この変態ベルベットの洗脳効果で新しい変態が生まれると困るので、このアホな行為をやめさせる事にする。




「こらっ!勝負がついているのに変な事をしてるんじゃない!」



「―――これはご主人様ッッ!!お見苦しい所をお見せしました……ですがもう少しで、ご主人様の忠実な下僕が生まれますので、もう少々お待ちください!」



「だからそれをやめなさいって言ってるんだよ!」



―――パコッ!



ライアの言葉に見当違いの反応を見せるベルベットに、ついツッコミの気持ちで頭に手刀を叩き込む。



「あああぁぁぁッッ!!!ご主人様のご寵愛ッッ!!……なんと甘美な刺激か……」




別に力はそれ程込めていないし、本当に頭を叩かれた程度の事で心底嬉しそうにするベルベットに若干引いた顔を出してしまうライア。




「………はぁぁ……もういいよ……ん?」



ふと、ベルベットの終わり加減にため息を漏らしたタイミングで、縛られている敵兵士がライアの事をまっすぐに見つめている事に気が付く。




「…………」



「…………えっと…?」





「…………踏んで……欲しいです………」







………どうやら、既に手遅れだったらしい。











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