後の無い戦い









―――ダンッッ!!



隣のシグレの居る場所から鳴り響く地面を蹴りぬいた音が聞こえると同時に、俺は敵のいる方向へ走り出す。




「――デリャァァ!!」



「ぐぅッ!?」



―――ガギギギギッ!!



俺はシグレの動きを追った訳では無いが、恐らく先ほどの踏み込み音が鳴った後、敵の背後まで回り込んで背中側を剣で切り付けた。



男は流石に先程まで相手取っていたシグレ相手だからか、きちんと反応をして見せると同時に、シグレの切りかかりを自身の持つ剣ので受け止める。




「ふっ!!」



「んがぁぁッ!!」



―――ガギィィン!



シグレを対処する為にこちらに背中を見せた男に素早く近づき、シグレと連携した挟み撃ち攻撃を行うが、右手に構えていた鞘とは別の剣その物を振りかぶり、シグレを止めたままこちらの攻撃も受け止められる。



「……よくあの一瞬で判断出来た物だな」



「スピード自慢の女がいちいち背後に回り込むなど、何かあると考えるのが普通だろう?」



「…それがわかっても一瞬で鞘で受けるとすぐに判断できるのは敵ながら称賛したいがな」



「……たかが王国民の言葉に嬉しさも感じないが、素直にその言葉を受け取っておこう」




男は、今現在自分達の方が劣勢である事は理解しているだろうし、ここで虚勢を張ってもただの恥になると考えたのか、俺の言葉を素直に受け取る。



帝国陣営は現状進行で、30人程しかいない我々騎士団にどんどん倒されて行っているし、上空からの粘液攻撃は未だ続いているので、帝国側に数的有利などはあって無い様な物。



であれば、素直に帝国の負けを認めて、自国に撤退をすればいいと思ってしまうのだが、相手は徹底抗戦しか選択する気がないのか、シグレと俺に挟まれつつも未だ闘志冷めぬ目でこちらを睨んでくる。




「……うらっ!!」



「よっと…フンッ!!」



―――ダッッ!ガギンッ!!



男が鍔迫り合っているシグレを蹴りで自身から遠ざけると共に、俺の剣を滑らせるようにこちらの腕に切りかかってくる。



しかし、男の蹴りはシグレにいとも簡単に躱され、すぐさま切りつけられる。



俺の方も剣を滑らせた所で、こちらが黙って切られてやるつもりはないので、剣先を読み、シグレの剣と同時に男に攻撃を仕掛ける。




「チッ…」



咄嗟にシグレの剣を鞘ではなく剣ではじき返す事は出来たようだが、俺の攻撃は対処できないと判断したのか、身体をひねるようにして攻撃を回避した。



しかし、流石にほぼゼロ距離の攻撃を躱す事は出来なかったのか、肩部分に攻撃が当たり僅かに出血をしている。




「……流石にシグレの速度を捌きながらもう1人を相手にするのは無謀だろうな」



「無暗に怪我をさせるのはワッチら的にも不本意なのだッ!出来れば降伏して欲しいぞ!!」



たったの2回の攻撃……それだけで、アインとシグレの2人には敵わないと思わせるには十分な物。



それはこの男も理解はしているはず。



如何にシグレの攻撃速度に付いてこようと、俺とシグレの連携の意図に気が付きすぐさま対応して来ようと、それらはこの戦いに勝利する要因にはなりえない。



恐らく俺がこの男と1対1で戦えば、攻め手に欠ける俺は勝利を掴む事は出来なかっただろうが、シグレと一緒であるなら、この男に負けるほどではない。



なんなら、手加減無しのシグレであれば、時間はかかるかも知れないが1対1で勝てるだろう。



今回はインクリース様の命で、出来るだけ殺生はしないようにとの事なので、どうしても手加減をしてしまうようだったが…。





「……降伏?……はッ…そんな事をして何になる!……僅かに延命して、王国の奴隷に落ちるくらいなら、私は此処で命を捨てるさ」




「……お前はすでに死ぬ事を受け入れているな……なぜだ?なぜそこまで我々に勝てないと判断出来ていて逃げない?お前達は子供達を送り出す前に帝国に撤退する事も出来ただろう?」




「……撤退ね……ふん、王国なんぞに敗走したと本国に知られれば、どの道我らの居場所は無くなる……なら命を賭けて敵の喉元に食らいつこうと考えるのは自然の事だろう」



如何にここまで来るのに時間を掛けたとはいえ、無駄死にするとわかった戦いを強行する意味が解らない。



何か意図があっての事かと疑いの言葉を投げかけるが、男は失笑した後に、帝国での自分達の立場を隠す訳でもなく『これはもう後がない戦いなのだ』と悲痛そうに言葉を漏らす。




「む?貴様らは今回の戦いを帝国に強制されておるのか??」



「……強制か……立場上の事やらで違うのだと言い放ちたいが、そんな物さ……だから、俺達が降伏する事などありえない」



「ふむ……ワッチらと違い、良き主に恵まれなかったという訳か」




シグレに悪気はないのかも知れないが、遠まわし的に相手の主を馬鹿にしつつも、自分の主はいい主だと自慢するように言い放つ。




「ハッ!王国の連中に良いも悪いも無いだろう……どうせ、貴様らの主とやらもその内我らが帝国に消される運命」



「それは無いであろうなぁ……ワッチには、主君が帝国を更地にしてしまう未来しか見えぬなぁ…」



「はぁ?何を言ってるのだ貴様は…」



「主君は凄いのだぞ!あれは「シグレ、あまり会話に夢中になるな」おっと、そうであった!!」




流石に、インクリース様の自慢話をシグレにさせてしまえば、情報流出の可能性もあったので、シグレの話を遮るように口を挟む。



この男が敗走しないのであれば、どの道捕縛する事には変わらないが、万が一インクリース様の情報を知って、帝国に持ち帰られれば困りものだ。




「話はこれでお終いか?」




「あまり騎士団団長が悠長にしているのも示しがつかないのでな……それに、もうすぐでウチの捕縛担当の者がこっちに来れそうだからな……それまでに貴様を動けないようにしなければならない」



ちらりと後方を盗み見れば、コルドーが戦闘不能にした敵兵達を≪拘束≫やらを使い捕虜にしているのが見えたので、もう少しでこちらに来るだろうと予想が立てられる。




「………確かに、そろそろこちらもヤバそうか…………はぁぁ…命を捨てる覚悟をしたとはいえ、中々に嫌な気持ちになる物だな」



「……?」



いきなり独り言を言うように愚痴を漏らす男に、胡乱な目を向ける。




「精々半日程度しか暴れる事は出来ないだろうが……貴様ら王国民に嫌がらせできるのであれば、本望だろうな」



「……ッ!!その小瓶……巨人化か」



男は切られた右肩を「うっ」と顔をしかめながら動かし、ポケットに入っていたであろう小さな小瓶を取り出す。




「驚いたな……情報戦など一切出来ないであろう王国が、この錬金術の秘宝の事を知っているとは」



「主君が言っていたが、その程度のゴミが“秘宝”とは帝国の錬金術の程度が知れると嘆いていたぞッ!!!」



「はッ!負け犬の遠吠えか?この秘薬の力を知り、嫉妬で貶す事しか出来ないのだろう?……この秘薬がゴミというのなら、この秘薬の力を実力で止めて見せるんだなッッ!!」



男は右手で持つ小瓶を、一気に飲み干そうと口元に運ぶ。



「それを悠々と飲ませるとお思いかッ!!」



――――ダンッッ!!





シグレが男の飲み込もうとしている小瓶目掛けて、一気に距離を詰め、剣を振りかぶる。



「―――フンッッ!!」



「なッ!?」



―――ズシャァァッ……




「腕を捨てたッ!?」



男は小瓶を守る為なのか、シグレの攻撃に小瓶の持っていない左腕を盾のようにして、シグレの剣を受け止める。



もちろん、腕には軽い籠手の様な装備はしてあるとは言っても、剣をまともに防ぐような物では無いので、左手首から左ひじの腕部分がぱっくりと切り裂け、左腕は使い物にならなくなる。




「な、何と言う胆力ッ!!正気かッ!?」



「正気も何も、腕が壊れようともう関係ないからなぁッ!!」




―――ゴクッ……




男の豪胆な行動に呆気に取られた俺とシグレ。



その隙に小瓶の中身を全て飲み込んでしまい、バッと中身の無くなった小瓶を投げ捨てられる。




「ぐっ……がはッ!!……は、ははは……これで……お前達を道連れにしてやるよ……」




男は小瓶の副作用なのか、軽い吐血をしながら俺達に遺言を伝えて来ると同時に、身体の巨人化が始まろうとしているのか、身体に赤黒い線が浮かび上がり始める。





「くくく……ぐふっ……ハァハッハッハッハッ!!!」



「ぐっ!!巨人化させる訳にはッッ!!」



「落ち着けシグレ!一旦退いて、巨人化に備え――」














「はい残念……その失敗作程度なら簡単に制御出来るんだよ?」







「「イ、インクリース様!?(主君ッ!!)」」




いきなり聞こえて来たインクリース様の声と共に、身体が変質しつつあった男の背後に、腕やら首元に文字の様な刺青が施された褐色肌のインクリース様がいきなり現れたのだった。









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