救いと混乱、のちに話











「辛い思いさせてごめんね?今助けるから」




子供達が堀の中に滑り落ちて行くのを確認してから、ラー達に敵本隊に攻撃を開始させると同時に【重力属性】の魔石を使って、堀の中に飛んで行く。



敵本隊には、上空からラー達のローション攻撃と地上からアイン率いるインクリース家の騎士団とエマリア率いる王国騎士団達が包囲と牽制けんせいの為に、攻撃を仕掛けてくれているが、念には念を入れて、堀に落ちた子供達の姿を見られないように、幻魔法で迷彩を作る。



そのうえで、子供達を怖がらせない為に顔見知りである“ライ”の姿を取る事にした。




『ライ姉ちゃん…』



『もう私達って死んじゃったの…?』



流石に、この場に“ライ”が居る事に真実味が薄かったのか、驚愕の表情を浮かべる子供達が多く、ライの方を見つめ喜びも怒りもせず、夢を見ているのかのようにボーっとしたまま動かない。



騒がれたり、ライの事を『偽物だ!』と不審がられるよりはこの後の行動が取りやすいので助かるが、それほど今、この子達の心は弱っているのだとも理解できるので、胸にチクリと痛みが走る。




「……皆は助かるよ……私が助けに来たから!……だから、皆、私の所においで」




ライの言葉を疑う事など出来ないのか、差し伸べられた救いの手に、子供達は一切躊躇せずにローションで満足に動けない身体を揺らし、ライの元まで集まって来てくれる。



ひとまず、子供達は急いで首輪を外してあげるべきだと、ライアは作業に入るのだった。









――――――――――――

――――――――――

――――――――










「―――くそッッ!?なんなんだいきなり!?鳥の糞か!?」



「わっぷッ!?ぺっぺっ!!……くっそ、目がネバネバしてて、いくら拭おうと目が見えねぇ!」



「落ち着けお前達!!これは敵の攻撃だ!!上空から粘性の高い液体を落とされている!可燃性の油や毒性の物の可能性が高い!魔法や松明の火には近づけさせるな!!液体が口に入った者は是が非でも吐きだせぇッ!!」




敵本隊は見事に混乱状態……ラー達の狙いはかなり正確のようだ。




今、分身体の殆どが子供達の救出と町の防衛に割いているが、敵本隊の監視を続けていた分身体ライアは敵の本隊のすぐそばで“ファントム”と≪潜伏≫を使って、身を隠している。



子供達がヒンメルの町に向かって行った時に、付いて行っても良かったかも知れないが、出来る事なら敵の情報などは随時手に入れたい所なので、こちらで監視の任を継続させているという訳だ。




「――ッ!?て、敵襲!敵襲!!街の方面から30程こちらに向かって来ています!!」



「くそ、こちらの居場所はとっくに発見されていた訳か……総員!武器を持って敵との交戦に備えよ!!あれほどの街の規模で30しか攻めてこなかった理由はわからんが、ある意味敵の戦力を削る好機だ!!」




(……うん、どうやら子供達の事はすでに頭にない感じっぽいね……これなら子供達の保護は問題無さそう)




ヒンメルの町から遊撃しに来たアイン達騎士団に目を奪われた帝国陣営は、こちらの目的である子供達から注目を逸らすという作戦は成功しているので、大体1分程の時間を稼げば、ヒンメルの町に撤退しても、もう問題ない。



町に攻めて来た者達を防壁の内から弓矢で狙撃するか、魔法で撃退し、帝国側の食料不足を待てば良いだけの勝ち戦である。



(もちろん、巨人の事も忘れた訳じゃないけど、もし巨人になられでもすれば、まともにやり合えるのは多分俺だけ……アインとシグレ、コルドーさんの3人が手を合わせれば、一体くらいは対処できると思うけど、結局俺が人間の姿に戻さないと死んじゃうからな)



いざ、戦いが始まってみれば、懸念であった子供達はいとも簡単に救えそうであるし、何だったら、ローション堀やバリケード自体無くても問題が無かったのでは?と少しだけ拍子抜けしてしまう。




(……流石に少し油断のし過ぎかな……折角敵が混乱してるんだし、今のうちにやれる事をやっておこう)



ライアは、これはもう勝ち戦だろうという油断を首を振る事によって吐きだし、自分のするべき事をする為に、帝国陣営の後方側へと足を進めて行く。


















『そっちの馬車はどうだ!?』



『問題ありません!食料もテントも無事です!』



『よし!なら俺達はあっちの―――』




帝国陣営の後方側は食料を乗せた馬車や非戦闘員の割合が多かったようで、ローション爆撃の被害はそれ程多くは無かったのか、あまりひどい混乱は起きてはおらず、ローションの正体が毒や可燃性の油だと危険だと、馬車や木の陰に隠れたり、食料をダメにしない為にテントを張ったりと目的をもって行動している者が多かった。




(もうちょい混乱してくれててよかったけど……よっと!)



ローションの雨の対策に走り回る者達を横目に、今回の首謀者であるへベルベール伯爵が乗っているであろう馬車の陰に隠れる。



『―――くだ!どうなっている!!』



(……いるね)



流石に、外に正体不明の液体が降り注いでいる中、馬車の外に出ているとは思っていなかったが、予想通り馬車の中で誰かと話している会話が聞こえて来る。



怒鳴り声にも似たへベルベール伯爵の声をもっとしっかりと聞く為に、馬車の扉に音を出さないように気を付けながら、片耳をそっと扉に張り付ける。






『申し訳ありません……何とか液体の正体を確かめさせていますので、もう少々お待ちいただきたい……』



『クソッ!!……たかが開拓数年のぽっと出の街にこうもいいようにやられるなど……』




『あの土地は、火竜が居なくなりダンジョンが発見されただけの、冒険者用の開拓村かと思っていましたが……恐らく、ダンジョンの中に珍しい魔物でも出現したなどで、開拓に王国が力を入れていたという事なのでしょうね』





前後の話はよくわからないが、多分、このへベルベール伯爵と一緒に話しているのは、この隊の参謀的な存在のようだ。



しかし、ヒンメルの町の詳しい情報などは一切帝国には伝わっていないようで、何故ヒンメルの町がこれほど発展しているのか、見当違いな予想を立てて、王国への愚痴や批判の様な物を口に出しまくる。




(……ヒンメルの町って、ツェーンの所為で何故か当初の予定の数倍の領地規模にはなったけど、それ以外は殆どバンボ達大工職人のおかげなんだけどなぁ……飛行船のお陰でヒンメルの町は王国にとって重要な位置付けにはなったみたいだけど、それも数か月前の事だし)



もしかして、バンボ達やウチの領地の人達ってすごい人が多いのか?と、若干余計な事をツラツラと考えていると、馬車の中での会話が若干不穏な雰囲気に変わり始める。





『……しかし、このような事態になると予想をしていたのなら“秘薬”をもっとこちらに回してもらうべきでしたね…』



『王国を攻めるとなれば、秘薬の数を100は揃えたいとの事だったからな……3つも都合してくれただけ、皇帝陛下には感謝しかない』




(…100!?)




やはり、帝国は王国と戦争を始める為の準備を開始していたのは想定していたが、さすがに巨人になる為の薬が100も量産されているとは思わなかった。



前にダルダバで手に入れた薬入りの小瓶の材料的に、どう考えても火竜の子供の血肉の量がそれほど取れないはずなのだ。



火竜の素材が、一切無駄にされる事なくあの薬を完成させたとしても100以上も作るのは困難だろうし、何よりあの薬を開発するまでにいくつもの火竜の素材がダメになっているはずなのだ。




だから、巨人化の薬を量産出来ているという話が本当なのだとしたら……。






(……恐らく、火竜の子供は生きたまま、今も帝国のどこかに捕獲されてる)




ライアは、これは面倒な事になって来たと馬車の隣で、眉間に皺を寄せるのだった。











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