最初の一手













―――――帝国兵side





「……これが…開拓1,2年の村だと言うのか…?」



帝国を出立して、大体5か月……王国の目に見つからないように山や森を抜ける生活に辟易していたが、ようやく今回の襲撃目標である元火竜の山に開拓された村に到着した。



しかし、私達の目に映りこむ光景にはどう見ても村の様な小さい規模ではなく、町……いや、大きさだけであれば街と表現をした方が良いぐらいに巨大な街がそこに建造されていた。



「……防壁は我々の今ある道具では越えれるような高さではない……それに、街の外には堀池の様な物や街の中には高所から弓兵が狙える様に高台もいくつか建っている……どう見ても、魔物対策だけではなく、対人間用として考えられている防衛策」



つまり、この開拓地は戦地になると予想され、王国の者達が大急ぎでこれほどの設備を増築したと考えられる。



だとすれば、開拓1,2年の小さい村を襲撃しようとしていた我々の準備では、まず間違いなくあの防御を突破は出来ないだろう事は明白。



「……へベルベール伯爵に街の規模を通達し、撤退を進言してくる……お前達は相手にこちらの存在を知られぬように、あまり動かず向こうの監視を続けよ」



「「「はッ」」」




……私はへベルベール伯爵家の騎士団長……長年、ご当主様の近くで剣を振っていた身としては、今回の襲撃作戦は必ず成功させなければならない物なのだと理解できる。



今、我らがへベルベール伯爵家の地位はどん底に近く、帝王陛下からの覚えも悪い。



恐らく、今回の襲撃を成功させ、王国侵略の足掛かりを作る事が出来れば、大手柄になる事は確実なので、まず間違いなく、ご当主様は撤退をお選びにならない。



進めば地獄、引いても地獄なのであれば、万が一にでも可能性のある前進を選ぶのが、帝国貴族としての在り方であろうし、ご当主様のプライド的にも逃げは選ばない。



それが、我々全員の命が失われる決断だとしても……帝国民に生まれた我々にはそれを受け入れるべき矜持があるのだ……。



「……はぁ…いやな気分だよ……王国に災い在れ……」



王国の予想外の防衛戦力を目の当たりにし、恨み言を口にしつつ空を見上げれば、が飛んでおり、『鳥は自由でいいよな』と心を落ち着かせるように大きなため息を漏らした後、隊の後方にいるへベルベール伯爵様の元に足を進めるのだった。








――――――――――――

――――――――――

――――――――









『逃げる事は許されない……必ず、あの開拓地を占領する』……予想していた答えと、全く違わないご当主様のお言葉に、“まぁそうだよな”と落胆の気持ちを胸に抱いた私は、少しでも勝率をあげる為の作戦を立てるべく、敵の観察を行う事にした。



石と木材で作り上げられた高く、頑強そうな防壁とその壁を囲うように作られた堀。



街への出入り口は2か所程存在しているようだが、流石に距離があるので、隠し扉の様な存在は見つける事は出来なかった。



そして、街の中にそびえ立つ高台……これがかなり厄介な存在だ。



今も辺りを監視するように数人の者が常駐しており、街に近づけば必ずバレてしまう。



バレてしまえば、高台の上に居る者の指示で矢を飛ばす事も出来るだろうし、それほど人数は存在しないであろうが、魔法を飛ばしてくる魔法使いもいる可能性だってある。



「……防衛に関しては付け入る隙がないな……何より、相手の戦力がわからないのは痛いな……」




今観察して得られる情報は、敵陣の防衛部分だけで、敵がどれほどの戦力(兵士や騎士)を保有しているのかは、防壁の所為で全く分からない。



既に、こちらの負け戦だと感じてはいるが、相手の戦力が万が一少数の場合はまだこちらにも勝機はある。



「おい!奴隷の子供共を突っ込ませろ!敵の監視を抜けて奇襲をするのは不可能なのであれば、堂々と正面から奴隷達を送り、相手の戦力を計る!……一応奴隷共に安物の武器を持たせて、精々1人は道連れにして見せろと命令しておけ」



「よろしいので?奴隷共を使えば、防壁から出て来た敵に対しての肉壁にする事も出来ますが…」



「今回連れて来たのは殆ど戦力にならん子供ばかりだ。肉壁にしようと、子供の背では全く役には立たん……それなら敵の戦力を少しでも計る方が有効活用できる」



「なるほど……了解しました!」



部下は、早速奴隷共の所へ向かって行く。




「……汚いガキどもを折角連れて来たのだ。精々役に立ってもらわねば割に合わん」













――――奴隷side




(あぁ……ついに来てしまった……)



先程、奴隷の子供達が待機させられていた場所に、兵士の人が来て『武器を持ってついてこい』と命令された。



奴隷が武器を持つ事なんて、普通は許されない。



もしも街中で奴隷が勝手に武器を手に持ちでもすれば、反逆の意思アリとして殺処分されてしまう。



奴隷が武器を手に取れるのは、戦争に連れて行かれた時か農作業などをさせる為にハサミや小さいナイフを持たされる程度。



つまり、今から私達は使のだ。






「団長、連れてきました」



「ご苦労……お前達に命じる!あの街へ向かい、1人でも多くの人間を殺して来い!行けッ!」




武器を持たされた私達はこの『団長』と呼ばれる人の所に連れて来られ、すぐさま奴隷の首輪を通して命令を下される。



どうやらあの真正面に見える、どう見ても子供達の力では壊す事は不可能に見える大きな防壁に突撃してこなければいけないらしく、そこで出て来た人を殺さなければならないらしい。



奴隷に拒否権などない……命恋しさに逃げ出そうとすれば、首に装着された奴隷の首輪が自分達の首を締めあげ、切断してしまう。



『やだ……やだ…』


『まだ死にたくないよぉ…』


『えぐっ……えぇぇん……』



命令を下され、どうしようもないと感じながらも、皆が自分の最後の時を予感し、涙と生きる事への渇望を口から溢しながら、武器を片手に敵地へと足を進めて行く。





『ライ姉ちゃん……』



口に出したのは誰かはわからない……だが、その名前を耳にしてしまえば、もう皆が我慢できなかった。



『ライ姉ちゃんに会いたい』


『ライ姉ちゃんともっと遊びたかった』


『ライ姉ちゃんのお話を聞きたい』




ここにいる子供は皆、帝国の首都にあるスラム出身の者ばかりで、全員が顔見知り。



だから、スラムに来ていたライ姉ちゃんの事は皆が知っているのだ。





「……ライ姉ちゃんはひどいなぁ……死ぬのがこんなに怖くなるなんて……知らなかったぁ……」




希望をくれた恩人と共に、希望を見せた犯人……でも、恨む事は出来ない。




「……すぅぅ……あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あああぁぁッッ!!!」



もう、敵の見張りには絶対に気付かれている……目の前には、侵入を拒むバリケードと街を一周する大きい堀。



恐らく、奴隷の子供達はほぼ全員死ぬ。



だが、もしかすれば1人か2人くらいは、ギリギリ生き残るかも知れない。



ならば足掻こう!そう気合を入れた私は、目の前のバリケードを避けて、目の前の大きい堀を超える為に、勢いよく走り出す。



私の勢いに釣られたのか、私と同じ考えをしていたのかはわからないが、子供達は皆、堀を滑り落ちるように動き出す。



いや、本当にかのように……。




――――ぬるんっ!



「へあ!?」



堀の中は、水の様な半透明の液体が薄く塗りたくられているように広がっていて、私達皆がその半透明の液体に足を取られ、堀の一番底までヌルヌルと滑り落ちていく。




『きゃぁーーー!?』


『なな!?』


『わっぷ……うえぇ』



堀のそこには、全身にヌルヌルの液体を纏わせながら団子状態になってしまい、起き上がることもままならない状態になってしまう。



「な、なにこれ…?」








「大丈夫だよ……皆」










「え」





私……いや、私達全員が、聞き覚えのある声に思考を停止させ、無意識に声のした方向に顔を向ける。







「辛い思いさせてごめんね?今助けるから」





「……ライ姉ちゃん…」




そこにいるはずがない人物が、私達を“助ける”と、いつもの優しい笑みを浮かべながら語り掛けて来るのだった。







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