修行準備









帝国のキナ臭い話を聞いてから、ライアは自分に出来る事の再確認と帝国との戦いになった際に町の皆や家族達を守れるように、訓練は欠かさず行っている。



現在ライアが≪分体≫で生み出す事の出来る分身体の数は31体。



王都に4、リールトンの街に3、第二ダンジョンに5、帝国に1とそれぞれ数人ずつ配置しているので、ヒンメルの町で≪経験回収≫を使った訓練を施せるのは18体。



しかし、その内の3人は帝国から軍が攻めてきた時の監視要員として、帝国方面に続く街道を見張らせに動かしているし、領地経営の関係で数人は事務仕事をさせたりしている。


それに加え、アインスやツヴァイ達4人はプエリのレベリング要因として動かしているので、ライア自身が自分に使える分身体は5~7人と言った感じだろう。




一応、帝国の監視要員には重力属性の魔石を持たせているので、数日ごとに経験値を回収する事は出来るかもしれないが、そろそろ帝国が動き出し、分身体が配置させている場所を通るかも知れないので、出来るだけ分身体達の場所は変えたくはない。



帝国からヒンメルの町に来る場合、距離の遠さもありルートは絞り込めはしないが、王国にバレずに移動をするとなると、山岳地帯を抜ける2つの道か魔物の生息する大きな森を超えて来るかのどれかしかない。



なので、山岳の2つの道を見張る分身体2人と見晴らしのいい代わりに魔物が沢山いる森を監視するもう1人が絶対に必要になる。



もし、それ以外のルートから来られた場合には、どうしようも無いが、少なくともヒンメルの町周辺に来たらハルピュイア達の監視網も存在するので、最悪の奇襲などはされないはずだ。




……っと、話がズレた。



まぁ何が言いたいかというと、ライアは此処数か月、余り効率的に訓練が出来ておらず、ライア自身のレベルは未だしも、スキルレベルなどは殆ど上げれていないのである。




「―――という訳で、少しばかりお暇を貰いたく……」



「いや……え?いきなり部屋に入って来てどうした?それにお暇って……“アハトとノイン”を連れて行く気か!?やめろやめろ!受付が全く機能しなくなるッ!」



自分の訓練不足を危険と見たライアは、リールトンの街のリネットの工房で留守番をさせている分身体を使い、冒険者ギルドのシュリアに会いに来ていた。




「あ、すいません…アハトとノインは連れて行く気は無いですよ?工房の留守番をさせておいたこの分身体だけを一旦ヒンメルの町に行かせるだけですから」



「妙な言い方をするなよ……寧ろそれ位の事だったらアハトからでも伝えられただろうが」



「一応別人の設定ですので」



「その設定殆ど死んでるだろぉが」




ライアの言葉に呆れた顔をしつつも、きちんとツッコミを入れる辺り、この人も面白がっているのかも?と邪推する。



今回ライアが考えたのは、ヒンメルの町の守備強化的観点からとライア自身のステータス強化の為(プラスプエリのレベリング)の為に、各地であまり配置する意味を成していない分身体をヒンメルの町に戻す事を考えたのだ。



アハトやノインはリールトンの街での情報収集やアイゼルとの連絡係としては必要だが、リネットの工房を任せている分身体は殆どやる事はない。



もちろん、その分スキル訓練をさせたりしているが、それだけならヒンメルの町で随時≪経験回収≫をさせた方がいい。



同じ理由で、王都アンファングで活動させているウィスン達も回収する予定だ。



まぁ王都での情報収集も殆ど終わって、国立図書館などの書物は大体目を通したし、最近はあまりウィスン達が活躍出来ていなかった。



もちろん、王都の方で何かあった場合に、王城にいる分身体だけでは、情報が偏る可能性もあるので、ウィスンを1人は残したままにするつもりだが。




「―――って感じで、ひとまず分身体3人をヒンメルの町に戻す予定です」



「はぁん?なるほどね……しかし、たった3人増えたぐらいで何か変わるもんか?オレとしちゃぁ別にギルドの仕事が増える訳でもねぇから文句はねぇが」



「一応第二ダンジョンの方の開拓が終わればさらに5人戻ってくる予定ですし、覚えたばかりのスキルだったら分身体が多ければ多いほど効率は上がるじゃないですか……それに、分身体が10人以上でしかやれない実験……訓練もあるので、今は少しでも人が欲しいんですよ」




「……あの“大魔法”つったか?オレは実際に見たこたぁねぇが……火竜をぶっ倒した魔法だろ?帝国相手にゃ過剰攻撃じゃねーか?」



「過剰じゃなくなる可能性もあるので、そこは何とも」



「あぁ…確かあの巨人化の秘宝だっけか?あれってそんなやべぇもんだったんだな」




シェリアは実際に巨人の姿は見ておらず、巨人の脅威を肌では感じてはいないはずだが、王都で起きた事件の内容とライアが語った内容から大体の危険度を予想しているらしい。



そして、シェリアが関係した“ダルダバの攻防戦”の時に相手側の兵士が持っていた秘薬。



それが厄介になる可能性を考えて、ライアが色々と動いているのだと予想をしているようだ。




「ヤバいはヤバいですけど、あんな錬金術の秘宝とは過大解釈の産業廃棄物は基本的には脅威になり得ませんよ。……まぁさすがにあの巨人が100体以上で攻められればきついかもですが」



「……おめぇやっぱリネットの奴に影響されてねぇか?昔あいつの魔道具を壊した時見てぇな顔してるぞ?」



「今ならその時のリネットさんのお気持ちが少しわかる気がしますね」



ライアの笑っていない目を見て、シェリアは『ライアも魔道具関係で怒らせたらダメだな…』と静かに心に刻むのであった。









「そんで、ヒンメルの町に戻るってのはわかったが、歩きで帰るのか?飛行船はその第二ダンジョンにもって行っちまったんだろ?お前はともかく、王都から向かう奴らはきついんじゃねぇ―か?」




「さすがに数か月もの間を分身体だけで移動するのは野営関連の問題があるので、歩きでは行きませんよ……来ましたよ」




「あ?」




ギルドマスター室の部屋に取り付けられた窓に指を指せば、シェリアはそちらに目を向ける。




―――コンコンコン


『こんにちわー。重力の魔石の配達に来ましたー』




窓の外には、重力属性の魔石をこちらに見せつける様に持ったライアがニコニコと空を飛んでいた。



「……はぁぁぁぁ……そうだった、お前にはそれがあったな」



「えへへ……そう言う事なので、このままお暇させてもらいますねぇー」



ちょっとしたサプライズ的ドッキリだったが、効果は抜群だったらしく、シェリアは疲れた顔でライア達に呆れていた。



その様子に笑顔になりながら、窓を開けて外にいるライア(分身体)に魔石を貰う。



「―――ちょっと待った」



「…?どうしました?」



そのまま窓の外へ飛び出そうとすれば、シェリアがまだ話があったのか、ライアの事を引き留める。




「……今度、ヒンメルの町に冒険者ギルドの役員が出向する事が決まったから、その内王都の冒険者ギルドから連絡が来るはずだ」



「おぉ!ついにですか!……ワイバーンの素材なんかはこちらで使ったり、王都や貴族関連に売ったりしてたので、問題は無かったですが、さすがにいつまでもインクリース家が買い取りをしているのも変でしたしね」



ヒンメルの町には、既に冒険者ギルドの建物自体は立っているのだが、ヒンメルの町に来るギルドマスターがすぐには決まらないでいた為、未だ領主であるライアが素材などの買取をしていたのだ。



「冒険者ギルドが始動し始めれば、おめぇの仕事も大分少なくなるだろうしな……一応引継ぎ用の書類なんかは書いといた方がいいぞ」



「もちろんです!そこら辺は冒険者ギルドが出来たらへんからすでに用意していたので抜かりは無いですよ」



「そうか」と特別驚く事なく相槌を打ったのは、恐らくライアであればそれ位していても可笑しくはないという信頼の表れなのだと思いたい。



「あぁそれと……」



「ん?まだ何か?」



これ以上に何か伝え忘れた事があるのか?と疑問を浮かべるライア。




「オレを驚かせようとするのは構わねぇが、窓から飛んで行くんならきちんと事前に準備するもんを考えとくんだな……お前そのまま窓から出てったら冒険者連中にパンツ見せ放題だぞ?」




………………………。




「失礼いたしました……」



―――ガチャ…




ライアは、顔を伏せながら窓から部屋の出入り口である扉の方へ移動すると、悔しさか恥ずかしさからかシェリアの耳に届くかどうかギリギリの声量で退室の挨拶をして出て行った。












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