奴隷の希望










第二ダンジョンに開拓をしに来たライア達は、まずはダンジョン入り口に魔物が攻め入れないように小さな拠点を築く事から始め、人間の気配に釣られてきた魔物などを騎士達に狩らせながら数日間を過ごした。



流石未到達地域の魔物だけあって、手強い魔物が多かったが、さすがにワイバーン以上の魔物はおらず、シグレ達も落ち着いて対処出来ていた。



おかげで、大工組の方も作業が邪魔される事無く、あっという間に魔物達の侵入を防ぐ仮拠点が完成した。




「おぉぉ……さすがバンボさん…仕事が早いですね」



「インクリースさんのとこの騎士さんのおかげですよ。魔物の襲撃に怯えなくていいんならこれくらい朝飯前ですから」



ダンジョンの入り口前に、大勢の人が寝泊まり出来る大きな建物と、それを取り囲むように木と鉄を組み合わせ頑強そうな防壁がそびえ立っている。



既に、他の大工達は中に入り、この数日間働き詰めだった身体を休めている。



「―――主君!周辺の警戒、及びに魔物の討伐を終わらせてまいりましたッ!!」



「お疲れ様シグレ……他の皆もこの数日間お疲れ様。今日は大工の人達も休んでもらってるから、皆も拠点の中で休んで、身体の疲れを取ってね」



「「「はッ!ありがとうございます!」」」



仮拠点が出来たとはいえ、魔物が周囲にいる状況というのは良くないと、騎士達に辺りの巡回をしてもらっていたが、さすがに数日間ずっと魔物との戦闘は堪えたのか、ライアの言葉を聞いて、嬉しそうに返事を返してくる。



「うぅ~んッ!流石主君ッ!!ご自身もお疲れのはずなのに、部下の者達を気遣う姿勢……余計惚れこんでしまいますぞ!!」



「あははは……疲れるって言っても分身体だから純粋な疲れは感じてないし、今日の夜からはきちんと寝るつもりだから、特に問題は無いよ……バンボさんもそろそろ休みますか?」




「ん?あぁ……一応まだ確認したい部分もあるんですが、外縁部は見終わりましたし、後は防壁の内側の確認だけですんで、1人で問題はないです」




「そうですか?わかりました」




傍目には、何も問題は無さそうに見える防壁部分も、細かい部分はきちんと確認しなければ、もしも万が一と言った時に破損したり、予期せぬ崩落が起きるかもしれない。



その確認の大事さはわかるので、バンボに感謝の気持ちを抱きながら、拠点の中に入って行くバンボを見送る。




「……主君もこの後すぐに休まれますか?」



「いや、少しだけやりたい事…というか、やっておきたい事があるから」



「やっておきたい事……ダンジョン関係でしょうか?」



ライアの言葉に、この辺りで何かするとなればダンジョン関係の事しかないだろうと当りをつけたシグレは、疑問を浮かべながらそう質問してくる。



「うん。このダンジョンの第1層はミノタウロスなのは前に入った時に知ってるんだけど、ミノタウロスの肉がめちゃくちゃ美味しくて高級品って事を聞いたんだよね」



「なるほどッ!!ではそのミノタウロスの肉を食す為に??」



「そうだね、まぁ今は俺本体はヒンメルの町にいるから食べれないけど、今回の開拓について来てくれたバンボ達やシグレ達に味見をしてもらう意味も込めて、ちょっと取ってこようかなって」



「しゅ、主君ッッ!!」




ライアの分身体が付いているとはいえ、本来ここは人が足を踏み入れて無事で済まない未到達地域なのだ。



今は騎士達のワイバーン狩りによるレベルアップ効果やライアが付いてくれているという安心感で怪我などはしていないが、それもいつまで続くかわからないような場所なのだ。



そんな危険な場所について来てくれている者達にご褒美として高級なミノタウロスのお肉を取ってこようと考えるのもお人よしのライアにはごく自然な考え方かもしれない。




…まぁ、ミノタウロスを狩るついでにダンジョンの構造やら第2層への道なんかも一緒に探そうとは思っているが、そこはついでなのでいいだろう。




「一応1時間くらいで戻って来るつもりではあるけど、帰ってきたらみんなでミノタウロスのお肉でバーベキューでもしよう」



「ありがたき幸せッッ!!主君の様な民思いな王に仕える事が出来た幸運に最大の感謝をッッ!!」



「いや王はやめて!?さすがに不敬罪になりかねないからッ!?」




ライアはシグレの忠誠心の熱さゆえの発言にツッコミを入れつつ、分身体を引き連れながらダンジョンの大穴の中に進んで行くのだった。








―――――――――

―――――――

―――――







―――――???side




――ザッザッザッ……



「ノロノロあるいんてんじゃねぇぞ!!この山を越えるまではてめぇらの食事はねぇからな!!」



―――パシンッ!!



(ビクッ…)



馬に乗った如何にも高そうな鎧を纏った男が、馬上から鞭を取り出し、私達を脅す為に地面へと振り下ろす。



その音に体は震え、今までの経験であの鞭で叩かれれば、どれほどの苦痛を感じるかを想像し、目に涙が浮かぶ。




(……私達は、使われるだけの存在……そんなのは生まれた頃から知ってたし、それが変わる事が無い事も知ってる…)



ある時、は炎天下の空の元、両手いっぱいの箱に詰められた野菜を持って、半日歩かされた事もある。



ある時は、病気に掛かると困るからと、私達に肥溜めの中に落とされ、汚物が固まって沈殿していた塊の掃除をやらされたりもした。



大人になれば、それ以外に魔物の討伐に無理やり連れて行かれ囮にされたり、周辺の小さい国なんかに戦争を仕掛ける際の肉壁にされたりもするって話も聞いた。



私達はまだ子供だから、基本的に戦力として考えられていない事から、直接命を捨てるような事はさせられずに済んでいるけど、結局は時間の問題。



……だと、思ってたけど…。



「お前達の役目は、これから襲撃する村の先行部隊だ……子供だからと向こうの甘ちゃん達は剣を鈍らせるかもしれない。その隙をついて俺達は村に奇襲をかける……お前達の薄汚れた命、帝国の為に使えるのだ!栄誉に思えッ!!」



(……私達は、どうやら大人になる前に、使るらしい……)



私達は奴隷だ……。その内命を落とす…いや、捨てられる運命なのはわかっていたし、諦めも付いていたんだ。




諦めも付いていたから…希望など持っていなかったから。鞭で嬲られようと、人にストレスをぶつける様に殴られようと、涙一つ溢す事も無く、無感情でいられた。



なのに、今、鞭の音如きで私……いや、私達は絶望を感じている。



数年前まではこの程度の事があろうと、涙など流さずにいられた。



(……ライ姉ちゃん……ッ!!)





希望は……あった。








「……最後に…会いたかったよぉ…」




数年前にふらりと現れた、私達奴隷に優しく当たってくれるとても優しく、綺麗なお姉ちゃん。



数日置きに、私たちでは手に入れる事の出来ないご馳走と優しい温もりを与えてくれる帝国ではまず居ないようなお姉ちゃん。



そのライ(ライア)が現れる様になって、心の奥底で生まれた僅かな光。






『私/僕達も、普通の生活をしてみたい』





暖かな優しさに触れた奴隷達の心に、ライの様な優しい人の居る場所で、痛みも苦しみも感じる事なく、普通の温かいご飯を食べて過ごしたい。




そんな小さな願いが、生きる活力という名の希望になっていた。




「うわっ!!」



―――ドテッ…




足場の悪い道を、休むことなく徒歩で歩かされていれば、足をもつらせ転倒する者も出て来る。



「う……うぅ…」



「ったく……おらっ!!いつまで寝てんだ!!!さっさと起きて歩けッ!!」



―――パシンッ!!




「―――――ッ!!!」




痛みも、音も、言葉も、全てが奴隷達の心を刺激し、子供達の心がどんどん疲労していく。





(ライ姉ちゃん…ッ!!)





私達は、小さな希望を胸に抱えながら、絶望という名の戦いに赴く為に、ひたすら足を進めるしかなかったのだった。











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