~閑話、帝国スパイ前編~









―――――帝国side(分身体ライア)




『はぁ……最近は武器の値段やら魔道具の値段が上がっちまって、俺達冒険者には痛い出費だぜ…』



『聞く話じゃ、奴隷の値段も上がってるらしいぜ?何でも奴隷の売り手がかなり減ったとかで、奴隷の数が足りてねぇんだってよ』



『おぉ聞いた聞いた!それで鉱山に行かせてる奴隷の数も減って、さらに鉄やらの鉱石の値段も上がって、面倒な事になってるみてぇ話だけどな』



『ったく、奴隷はさっさと働けって気分だぜ…』




帝国の食事処【ラウル亭】にスパイとして潜り込んでいるライアの耳に、冒険者達の愚痴を捉え、帝国全体で武器の値段の高騰や奴隷不足による弊害による流通麻痺などの情報が入ってくる。



(……武器の値上がり……恐らく、戦争準備で国自体が武器を集めてるから、国全体で武器が不足してるんだろうね。現に、冒険者からは武器の値上がりの愚痴をよく聞くけど、店に飲みに来る兵士達は皆新品の武器を所持してるし、愚痴の一つも溢さないからね)



兵士達の武器がどう見ても真新しい物なのに、冒険者達が文句を言わないのは、恐らく戦争があると心の奥底でわかっているからなのかもしれない。



「ライちゃーん!5番テーブルに飲み物持って行っちゃって!」



「……はーい!」



ひとまず今この国は、戦争に向け静かに動き出している可能性が高い。





――――――――

――――――

――――





アーノルドから無理をする事は無いと言われてからのライアは、主に仕事中は兵士や噂話が好きな冒険者達から聞こえて来る情報に耳を傾けたり、休日には街を練り歩き、何か変わった事などが無いかの確認に出歩くようにしている。



街を歩いていて、街の発展状況や技術のレベルなどを最初は調べていたが、最近はもっぱら、ただの散歩ついでの確認作業である。




「こんにちわー」



「あらライちゃん…今日も散歩かい?……その綺麗な肌やらすらっとした足は散歩のおかげなのかね?」



「え?あぁ…どうなんでしょう?」




最近はほぼ2年もの間散歩を続けた成果なのか、この街で知り合いの様な人も結構増えた。



近所の噂好きのおば様方、ライちゃんとしての姿に惚れたおじさんお兄さん達、職場であるラウル亭の常連客達、色々な人から声をかけられるようになった。



それに…。



「……ライお姉ちゃん」




「……ほらこれ、お店で余った食料……隠れて皆で分け合いなね?」




人が余り通らない裏道や道が汚れていて、基本奴隷達の通行用になっている街のスラム街、肉体労働の終わった奴隷達が人の目を盗んでライアの元に集まってくる。




「ありがと!ライ姉ちゃん!」



「……なんか、今日は少ないね?」



「ちょっと前にお仕事で呼ばれて、少しでも大人の子達は連れて行かれちゃったんだ」



「……そう……乱暴にされてないと良いけど…」





…この街の奴隷達の中には、戦争孤児や捨て子と言った子供と言える年齢の子供奴隷がかなり存在している。



その子達は大人と違い、体力が無い事がわかっているし、重い物を持たせて、逆に何かを壊させる方が不利益になるという事もあり、子供奴隷は街のスラム街などで暮らさせ、子供でも出来るような簡単な仕事が出来た際に呼び出されるような存在としている。



一応、子供達の主人は帝国で所有とはなっているらしいが基本は建前らしく、誰でも命令は出来るらしい。



この事実を知った時は『子供になんてむごい真似を!』とかなり怒り心頭になったが、それを言った所で改心するのであれば、帝国は此処まで腐っていないだろうと怒りを何とか胸に秘めている。



それでも何もしないというのは我慢が出来なかったので、子供奴隷の子達には店で余った食材やら余った活動資金で買った食料なんかを持って行き、きちんと食べ物に困らないように1年以上も前から世話を焼いてあげたりしている。



そのおかげかはわからないが、子供達は他の奴隷達とは違って目は死んでいないし、ライアの事を『ライ姉ちゃん!』ととても慕ってくれて、今もライアの事を警戒する事無く頼ってくれている。



今のライアにこれ以上何かしてあげる事は出来ないが、せめて帝国との戦争が始まった際にはこの子達の安全ぐらいはきちんと確保してあげたいなと切に思う。












翌日、一日休日を得たライアは、いつも通り【ラウル亭】に出勤する。




「ライちゃん、少しいいか?」



「店長?どうしました?」



仕事の準備をしにホールに出た所を、この2年間ずっとお世話になっている店の店長に呼び止められる。




「昨日休みだったライちゃんは知らないかもだけど実は今日一日、国のお偉いさんに貸し切りにして欲しいって頼まれたんだよ」



「そうなんですか?」



この店に貸し切りにするなんて言う話は今まで一回も聞いた事が無いし、対応した事はない。



何より、国のお偉いさんが貸し切りを希望という事は、何か聞かれたくない話をする為に店を貸し切るか、国のお偉いさん達と同程度の位が高い人達とワイワイ騒ぐ宴会を開く為の2通りぐらいの理由しか思い浮かばないが、だとしたらこの一般庶民が集まる大衆食堂に来るのは些か変だ。



壁の仕切りなどは殆ど無いし、貴族などが食事をするとなれば単純に店が汚すぎるのだ。




なら、それ以外の理由があるか?と頭を悩ましてみるが、ライアの知り得る情報からは何も答えをはじき出せない。



店長からも「良くはわからないが、ともかく料理と飲み物をきちんと用意してくれれば構わないって事だから、あんまり気負わなくていいぞ」と言われたので、ライアはほんの少しもやもやした気持ちを抱えながら(何か情報が得られるかもしれないし、まずは仕事を進めよう)と開店の準備に取り掛かる。





それから約1時間……。



―――むふぅー


「ほぉ?この者が、兵士達の中で噂のライという女子おなごか」



「あ、あの……少々近い気がするのですが……」



―――むふぅー


「む?おぉすまぬな……確かに兵士達の言う通り、かなりの別嬪だったのでな、少々興奮してしまった」




店が回転し、兵士に護衛されながらやって来たのは、如何にも悪い事を企んでいそうなニヤケ面の帝国貴族っぽいぽっちゃり男性。



そのぽっちゃり男性は、店のお出迎えで並んでいたライアに目を向けると、すぐさまライアの元に近寄ってきて、何やら鼻息荒く話しかけてきたのだ。



(あぁ……好意を向けられるのは慣れてるし、かわし方もわかるけど……この人はフェンベルト子爵の時と一緒で、人をを見るような目で見て来るタイプだ……)



この国ではどういう存在かはわからないが、この貴族風の男がもし仮にライアに向けて『私の物になれ』とでも言われれば、拒否するのはかなりまずい気がする。



最悪、分身体でこの男について行き、最悪の場合になりそうになったら幻魔法なんかで回避するくらいしかライアには対処出来なくなるが、万が一魔法が使えるとバレれば面倒になる可能性もあるので、出来ればライアの事は諦めて欲しいと切に願う。




「ふむ……本来であれば、其方の様な女子を我が屋敷にお出迎えしたい所だが、今回は別件で来ているのでな、それはまた別の機会にするとしよう」




(っぶねぇ……よかったぁー!今回じゃなくて……今回をしのげば、店を辞めるなり仮病を使うなりで何とか回避は出来るだろうからね!!絶対行くもんかよ!)




ライアは内心でかなり騒いでいたが、それを表に出す事は無く、静かにこの貴族の男に会釈を返すだけに留めた。



(……しかし、今回来た件は別件…ねぇ?一体なんの件なんだろうね)



男性は、ライア達の元を離れ、店長の案内で大きなテーブルの2席用意された椅子の内の一つに座る。



朝の準備の段階で、気が付いてはいたが、今回のお客はこの男性貴族ともう1人いるらしく、その人との話し合い兼食事をする為にこの【ラウル亭】を貸し切ったらしい。



(……いや、だとしたらなんでこの店に?言っちゃ悪いけど、貴族からしたらこの店って汚く思えない?秘密事だって意味ないよ?店長と俺、それに他のスタッフも3人はいるからし、店自体に気密性はゼロだよ?)



―――ガチャン……



未だに、この【ラウル亭】を貸し切りにした事の真意がわからないライアだったが、店の入り口方面から入店の音が鳴った事により、思考が一時停止する事になる。




「「「いらっしゃいませ」」」



「うむ、席にまで頼む」



次に店に入って来たのは、白衣を纏った如何にも研究者と言った風貌の男。



髪は整えられてはいるが、顔全体に生気が薄く、目の下にはひどいクマがあり、とてもじゃないが健康体には見えない。



そんな男性は、店長の案内で特に足をふらつかせる事も無く席へ移動する。




「待たせたかな?」



「大丈夫ですよ……おい店主、料理を頼む」






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