~閑話、モーゼスの頼み事に関しての小話~








結局、ベルベットの事はライアの騎士団で預かるという話で纏まってしまった。



というのも、今までの行いや今回の決闘騒ぎの所為でベルベットが騎士としての資格を取り消される事になったのだ。



それでなぜ、ライアの所で預かるという話になったかと言えば、単純にライアがベルベットを見捨てることが出来なくなったからである。



ベルベットはアイゼルの言う通り、実家のツィンガネ侯爵家から厄介者として追い出されているらしく、騎士学校でも実家でも居場所が無くなってしまえば、何処に行く当ても無くなってしまう。



平民として生きる道もあるにはあるが、今まで貴族として高慢に生きて来たベルベットがまともに生きていく事は無理だろうし、家においてくれる恋人や友人の存在もいないようなので、実質餓死一直線の死刑宣告である。



そしてその決定にベルベット自身が『騎士としてご主人様にお仕え出来無くなる事は非常に悔しいが、ご主人様のお膝元でおみ足を温める事が出来るのならば本望ッ!!喜んで餓死を選びましょう』と色々と可笑しな想像力を働かせて覚悟を決めていた。(ちなみにご主人様呼びは許容してはいない)




そんな覚悟の決まった武士の様なセリフを聞いたシグレが『主、主君ッ!ワッチ……このような武士道精神に目覚めた同胞を見捨てとうございませんッ!!どうにかなりませぬでしょうかぁッ!?』とライアにすがり寄って来たのもあって、ライアも『さすがに餓死するのがわかってて見捨てるのも……うぅ~ん…』と悩み、結局はベルベットを引き受ける事にした。













「…ただいまぁ~」



「お帰りなさいませライア様。お疲れの様子ですね?」




夕方、騎士学校から帰路についたライア達がリールトン家の屋敷に戻ると、セラが丁度居合わせたようにお出迎えをしてくれる。



「少しばかり気疲れしちゃってね……まぁ気にしないで」



「そうですか?……あ、そうだ。先程ですが、モーゼス様が夕食の後にお話があると言っていましたので、後程執務室に来て欲しいそうです」



「モーゼス様が?わかったよ」




ライアがそう返事を返すと、まだセラ自身の仕事は残っているらしく、アイゼルやリネット達にも頭を下げてから仕事に戻って行った。



「アイゼル様は何か知っていますか?」



「いや、私も何の用か見当もつかぬな……恐らく騎士学校に行っていた間に何かあったのだろうが、夕食の後でいいというのなら緊急性の物ではないだろう」



「そうですか……」



確かに緊急性の問題であれば、夕食前に呼び出したり、アイゼルにステータスカード経由で緊急の連絡をするはずなので、些細な確認とかなのかもしれない。



しかし、今日一日が異常に濃い出来事があったライアは、素直にそれを信じることが出来ず、もしかしたら『また厄介事が増えるんじゃ…?』と考えてしまう。




願わくば、心労が少ない事であればいいなと思うライアは、夕食を食べに食堂へと足を進めるのであった。








――――――――――

――――――――

――――――









―――コンコンコン…



「ライアです。入ってもよろしいですか?」



『あぁ、入ってくれ』



「失礼します」




夕食後、伝言の通りモーゼスの仕事場である執務室にやってくると、モーゼスは優しい笑みを浮かべながら「いきなり呼び出してしまってすまなかったね」と謝ってくれる。



もしかしたらまたしても厄介事か?と身構えていたライアは、モーゼスの柔らかい笑みを見て、その可能性は低そうだとホッと心を撫でおろし、ライアが呼ばれた理由を聞く。



「…実は、少しばかりライア君に頼みたい事が出来てね」



「頼み…ですか?」



ライアに出来る事は貴族としてはそれほど多くない。故に錬金術関連か魔物の素材か何かの融通かな?と予想をしながらモーゼスの言葉に耳を傾ける。



「あぁ、と言っても出来ればで構わないし、余程嫌であれば断ってくれても構わない」



「はぁ…」



嫌にライアへの気遣いというか、拒否する事を進めるような口ぶりに、頼み事と言ったモーゼスの言葉の真意が良くわからなくなる。



「……それで、その頼み事というのは?」



「………ライア君の騎士団で、弟……コルドーを引き受けてくれたり……しないかなぁ…と…」



今までの柔らかい笑みが嘘だったかのようにモーゼスの顔は苦し気に目をそらし、王城騎士として働いているコルドーの話題を出してくる。




「……ついに犯罪を……」



「ち、違うぞ!?確かにコルドーの馬鹿はツインテ―ルを愛す余り、ストーカーの様な事をしているかもしれんが、今回の件は完全に別件……では無いかもしれないが、少なくとも犯罪を犯して騎士をクビになったとかではない!」



別件ではないのか…と若干ライアが呆れつつも、ではなぜ?と言った視線をモーゼスに向ける。




「……実はコルドーの奴が、騎士をやめると言い出してな…」



「え?一体どうして…」



「……『究極のツインテ―ルを見つけた』という理由だ……」



「………」




ライアは深刻そうに話すモーゼスに『大変ですね…』と憐みの篭った視線を送る。




「……という事は、コルドー様はその女性の方とお付き合いする為とかで騎士を辞めると言っているのですか?」



「いや、別にそう言った事ではなく、単純にその人が居る町に行きたいだけらしいな」



「……もしかしてですけど…私の騎士団にって事はその女性はヒンメルの町に住んでいるという事ですか?……私の騎士団の所属にすれば、騎士としての身分を失わなくて済むという話でしょうか?」




モーゼスは最初にコルドーをライアの騎士団で引き取ってくれとお願いしていた。



そこから推測するに、その女性がいるのはヒンメルの町で間違いないだろうし、モーゼス自身、身内から騎士を辞めた者を出したくない気持ちもあって、ちょうどヒンメルの町の領主であるライアに【騎士団の人事異動】として済ませ、コルドー本人が騎士を辞めなくていい手段を取ろうとしている訳だ。



だから最初、執拗にライアへ『嫌だったら拒否してもいい』と言っていたのは、完全にこの件はリールトン家の身内の問題だし、何よりメンツの問題でもあるので、ライアへ強制はしたくなかったという話だろう。





「まぁ大まかに言うのであれば、それで間違いはない……」



「そう言う事でしたらこちらは構いませんよ?コルドー様にはその女性に無理矢理な事はしないとは思っていますが、そこだけお約束していただけるのなら私に否やはありません」



確かに、コルドーはある意味の変態なのかもしれないが、今まで捕まる事無く生活出来ているので、最後の一線は超えないのだろうし、そこ以外は普通の人と聞いているので、リネットのお兄さんとして、出来れば受け入れてあげたい。




「うむ……」



「どうかしましたか?」




ライアが提案を引き受けたというのに、モーゼスは何か言いたげな様子で、まだ何かあるのかと疑問に思う。




「あぁ…その…だな?コルドーが見つけたという究極のツインテ―ル…の人なのだが」



「?」



「……君だ…」



(きみだ……?きみだ…キミダ?……君だ!?)




モーゼスの言いづらそうな顔と共に口から出てきたのは、まさかのライア本人を差す言葉。



だが、もし仮にコルドーがライアに惚れたというのであれば、可笑しい点がいくつか存在する。




「ちょ、ちょっと待ってください?私はすでにコルドー様と一度会って居ますし、その時からすでにもう2年以上経ってますよ!?どうして今更……それに、この屋敷で会った時にきちんと男だと説明もしているんですが……」



「あぁ…すまない。言葉が足りなかったな……君、というより、君が生み出した分身体の1人であるツェーンという子に惚れこんだらしいのだ」



「ツェーンかぁぁぁ………」




またしても色々と厄介な種を拾ってくるアイドルツェーン。



モーゼスの話だと、前に王都で大々的に行ったライブの際に、コルドーがライブを見ていたらしく、そこから色んな街や村などでライブを行っているツェーンの追っかけの様な事をしていたらしい。



「でも、それならツェーンの正体が私だと伝えれば良かったのでは?」



「伝えたら『それでも構わない…というよりも、身内にツェーンちゃんがいると考えるだけで俺、幸せでどうにかなってしまいそうだ……あ、出来ればライアちゃんにツェーンちゃんのツインテ―ル鑑賞会みたいなイベントがあったら必ず教えて欲しいな』と言われたな」



「………」



ライアは思った。



変態ベルベット変態コルドーを引き受けてしまったら、自分は耐えられるのだろうか”と…。




「……が、頑張ってみます……」




ライアの心の天秤は、変態への対処の大変さよりも、モーゼスやアイゼルの身内の恥をかかせる方が心情的には僅かに辛いと判断したのだった。





(……ツェーンの活動休止とかにしたら……さすがに無理か……)




ライアの脳裏に、ファンたちが大勢押し寄せて来る未来が容易に浮かんだので、一瞬浮かんだ休止案は実行しない事に決めた。











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