アンファング国立騎士学校【9】
ベルベットのナルシストな性格は置いておいて、あれだけの力の差を見せて尚、立ち向かってくるのであれば、ライアに選べる選択は相手を気絶させ、戦闘不能と判断させるしかない。
そうとなれば、手加減のしにくい直接攻撃よりも泥魔法で身動きを止めさせるか、口を塞いで気絶させる手法を取ろうとベルベットに向け手をかざす。
「…?」
「先に言っておくよ、私は魔法も使えるよ?“マッドショッド”」
「なッ!?」
まさか先程まで剣でのやり取りで一切魔法を使っていなかった相手が魔法を使えるとは思っていなかったらしく、忠告の直後に放たれた泥の弾丸を避け切ることが出来ず、膝から下を泥に捕らえられ、その場から身動きできなくなる。
「くッ!なんだこの泥は!?全く抜け出せない!?」
ライアが放った泥は粘性の高い状態をイメージし、魔力を多めに込めているのでトリモチ並みの効果を発揮しているだろう。
こう言った非殺傷系魔法の使い方は普段、魔物などに使う事は出来ないので、ある意味自分の魔法がきちんと人間にも有効なのだと実験をする事が出来たライアはほんの少し嬉しく思う。
「その粘性の高い泥から抜け出せなければ、実質貴方が私に勝てる手はない……まだやりますか?」
個人的には、悪党や敵兵の拘束に仕える手段があるのだぞ?と観衆に見てもらう意味合いもあったが、その思いは表に出さず、ベルベットへ再度降伏を勧める。
「わ、私はまだ……」
「……そうですか……もう貴方自身がその泥から抜け出す事は無いとわかりましたし、もう一つ見せておきますか」
「見せる…?」
ライアは身動きの取れないベルベットから目をそらし、ライアの後方へと目を向けると、一部の空間が歪みだし、そこに隠れていた何かをさらけ出す。
「どうも?」
「―――な!?なぜ貴様が
歪みから浮き上がって来たのは紛れもなく、ベルベットが今の今までずっと戦い、喋り、翻弄それていたライア本人で、目の前には全く瓜二つのライアが2人もいる状態にベルベットは訳が分からず動揺する。
「≪分体≫…ってスキルに聞き覚えはありますか?」
「……≪分体≫?あの自分そっくりの囮を作り出すが自分も動けなくなるあのゴミスキルか…?」
「ゴミって……まぁいいです。私が使っているのはその≪分体≫、そして貴方が今の今までずっと戦っていたのが私の分身体ですよ……貴方の認識で言う囮ですね」
「お、囮と私は戦っていた…?あの移動するくらいしかまともに機能しないあの木偶の坊に私は押されていた…?」
相手の凄さなどを認めるのではなく、ベルベット自身が分身体に追いやられた事に絶望の様な顔をしていて、ライア自身の扱う≪分体≫が特別なのだという認識にはならないようだ。
(自分の見ていた常識ってのはそう簡単に変わる事は無いけど、もう少し目の前の事を見るべきだと思うけど……まぁ頭が固いんだろうね)
ライアは最後のダメ押しとして、ベルベット然り、周りで見ている観客全員が認識できるようにゆっくりとベルベットの倒れている場所まで近づきながら、分身体の数を増やしていく。
「……≪分体≫……」
「ま、また増え……」
「≪分体≫」
あえて一気に分身体を出さずに、ベルベットに対し威圧するように取り囲むようにライアの数を増やしていく。
「≪分体≫」
「あ……あ、あッ……」
自分の中でまともに動かないはずの分身体なんぞにコテンパンにされ、その分身体は自分を取り囲むようにどんどん増えていく。
それが身動きを取れず、地面に寝転んでいる状態でやられれば、かなりの恐怖なのだろう。
ベルベットは顔に怯えと絶望、そして僅かに目を潤わせている状態で、既に戦意などは無いのだろう。
――――ザザッ……
「ひぃッ!!」
ついにはベルベットを取り囲むライアの数は8人にもなり、足にまとわりつく泥をどうにかした所で完全に逃げ出せない様に包囲される。
「貴方は」「私達に」「まだ」「勝てると」「思ってる?」
「――――」
―――ぶんぶんぶんッ
ベルベットはバキバキに折れた心で何とか許しを請うように首を横に素早く振る。
「なら……」
「「「「降参……できる?」」」」
「こ、降参……します……」
――――――――――
――――――――
――――――
「トラウマ物なのです」
「うむ……私も少しばかり背筋がヒヤリとしてしまったよ……」
「流石は主君ですぞッ!!ワッチは震え申したッッ!!!」
決闘を終え、先程の応接室でリネット達と合流すると、非難にも似た声で出迎えられるライア。
「いや、まぁ確かに相手を追い詰めすぎたとは思うんですが……失神するほど怖いですかね?」
そう、何とベルベットは降参を宣言すると共に、ライアから解放されたとでも思ったのか、その場で失神してしまい、少しばかり変な空気が闘技場全体に広がっていたのだ。
「普通の人は、自分よりも強い相手と同じ顔の人間が8人掛かりで取り囲まれる状態に怖がらないと思うのです?」
「……そう言われればそうかも?」
「私達はライア君の性格と≪分体≫の事も知っているから、別段恐怖などはしないが、初見の者であれば確実に恐怖体験であろうな」
リネットの言葉にアイゼルは付け加えるようにそう言ってくるので、余程ベルベットに怖い思いをさせてしまったのだなと反省する。
「……そっか……囲まれるだけでそれだけなら、目のハイライトとか消さなくてよかったんだ……」
「ライア君!?遠くで見えなかったがそんな事をしていたのか!?……相手が女性恐怖症にでもならなければいいが……いや、寧ろあの性格が変わるのなら荒療治としては……」
単純にハイライトの消えた目って結構怖いよね?みたいなノリで怖がらせようとしていたが、どうやら完全にオーバーキルだったみたいだ。
――――コンコン…ガチャ……
「あ、ウィリアム様」
「……失礼するよ。……祝勝会にしては何やら困惑気味な顔をしておるが……まぁそこはいい。決闘を見ていた32人の騎士達に再度希望を聞いてきたので、その結果を伝えよう」
応接室に入って来たのはウィリアム1人で、ライア達の様子を呆れた様子で見て来るが、先に情報を伝えた方が良いと判断したのか、こちらに話しかけながら部屋の中に入ってくる。
「結果から言おう……騎士達32人の内30名はインクリース子爵の所へ行くと返答してくれた」
「本当ですか?…良かったぁ……」
ウィリアムからは半数以上は来てくれると言われていたので、最悪な結果になるとは思っていなかったが、選んだ騎士の殆どがライアの元に来てくれる選択をしてくれた事実にライアはホッと安堵のため息を溢す。
「……ちなみになのですが、残り2人の拒否理由は聞いてもいいのです?」
ライアが安堵のため息を溢している時に、横で静かに話を聞いていたリネットが、ウィリアムへと疑問をぶつける。
「………『怖かった』……だそうだ」
「……すみません…」
リネットは「やっぱり」とクスクスと笑い、先程の決闘の結果で騎士団への入団を拒否する騎士も少なくとも居ると予想していたようだ。
「まぁその二人はこれからきちんと鍛え直す。……それで、その30名の騎士達だが……どうする?」
ウィリアムの主語の無い問いにライアは首を傾げると、隣で聞いていたアイゼルが、代わりに返事をしてくれる。
「もちろんこちらでヒンメルの町まで連れて行こう……飛行船にはまだまだ空きがあるのでな」
「ふむ、では騎士達にはそう伝えておこう」
アイゼルとウィリアムのやり取りに、騎士達の移動方法の話をしていたのだと気が付いたが、なぜウィリアムは飛行船の話を直接言い出さなかったのだろうと、少しだけ疑問に思う。
後でアイゼル本人に聞いたら、飛行船の存在は広く知られているが、内容というか乗り物だという事くらいしか情報が伝わっていないらしく、無暗に『飛行船に乗せて帰るのか?』と聞いて、国の機密を探ろうとしている?とでも勘ぐられたらいけないので、貴族としての嗜みとして言葉を濁していたらしい。
ライア的には別に飛行船は国家機密のアレやコレではないし、寧ろ飛行船を隠語の様に濁して伝えている方が不審に思えるのだが…。
まぁ事情を知らない人からすれば摩訶不思議の秘密兵器に見える飛行船はそれだけ慎重になるだけの物なのだろうとライアは無理矢理納得をするのだった。
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