アンファング国立騎士学校【3】











リネットの訓練(実験?)をひとまず止めさせ、ライア達は準備が出来たという女性の後をついて行き、ウィリアムの待つ講堂とやらに向かって足を進めていた。





――――ザワザワ……



『……あの男性………爵?……手に花だ……』



『いや……方はリールトン伯爵……は、あの人って………よ?』



『…しい………踏ん……しい……』




応接室から講堂に向かう道中には、訓練が休みで偶々見に来ていたのか、単純にライア達の事が噂にでもなっていて、一目見ようと野次馬しに来ているのか分からないが、ライア達の歩く先々で騎士候補生達が見受けられ、噂話の様な話声が聞こえて来る。




「……私が以前ここに来た時は、このような不躾な視線を浴びる事は無かったが……単純に生徒の質が落ちたのか、それともライア君が子爵だからと下に見ているのか……どちらにしろ、騎士としても貴族としても落第の反応だがな」



「……返す言葉もありません……今後あのような無礼をさせないように指導いたします……」



案内の女性は、ライア達に「申し訳ありません」と申し訳なさそうな顔をしながら、周りにいる生徒達を威圧するような目線を向ける。



生徒の騎士候補生達は案内の女性の睨みが伝わったのか、一斉に『やばッ』と言った表情をしてあっという間に姿をくらましていく。



だが、それでも完全にこちらへの視線が無くなった訳でもなく、しばらくすれば先程と同じように何人もの生徒達が集まってくる。



その様子を見て案内の女性は疲れたように「はぁ……あの子達は全く…」と呆れたため息を吐いていた。




「…視線は鬱陶しいのですが、それほど悪意というか……こちらを見下しているような雰囲気はないのですね?」



「そうなんですか?」



リネットの言葉を聞いたライアは、周りでこちらを観察していた一部の生徒達の方に目を向ければ、確かにこちらを見下しているような表情をしている者は見当たらない。



『アッ……っち見たぞ!?もしかして……に惚れ…!?』



『ばっかお前!お前……見たん………俺を……たんだよ!!』



『綺麗な……………どこの……令嬢…だ?』




寧ろライアが目線を送れば、何やら顔を赤らめ仲間内で肘を打ち合い、こちらを気にする様子があったり、何やらライアに向けドヤ顔をするように髪をかき上げ、ウィンクを飛ばしてくるアホもいた。




「……あははは……まぁこちらの悪口を言っている訳じゃないのは確かなようで……」



「色恋もいいが、私達は騎士を雇用しに来ている立場の人間なのだ、その相手に恋慕を向けるのは騎士としては問題外だろう」




「すいません……本っ当にすいません……」




自分の教え子でもある生徒達の痴態に悶絶するかのような反応で謝り倒す案内の女性に苦笑いを返していると、やっと目的地に着いたのか、案内の女性がとても立派な扉の前で足を止める。





「えっと、こちらの扉の先が講堂になって居まして、中ではウィリアム校長とインクリース子爵様の騎士団候補の騎士達が待機しております」



ライアは自分の町や自分の大切な物を守ってくれるであろう騎士がこの先にいるのだと改めて認識し、緊張とは違う何か期待に似た感情がライアの胸に湧いてくる。



(……出来れば、セラ達みたいに仲良くなれるような人達だったら嬉しいな…)



ライアは何となく胸に湧きあがる熱に手を当てて深呼吸をし、案内の女性に入室を促す様に目線を送る。





「……ではこちらに…」



女性が大きな扉を押し開き、ライア、リネット、アイゼルの順で中に入って行くと、ライアの目の前に高い天井と至る所にステンドガラスがはめ込まれ、幻想的な光で照らされた講堂が広がる。



そして講堂の奥にあるステージの上に目算で50人程の男女が集まっており、扉の開いた音に反応したのか、そのほとんどがこちらに目を向けて来る。




「……こちらにどうぞ」



講堂の大きさや騎士達の目線で動きが止まっていたライアは、女性の声に反応して、ステージの下に立っていたウィリアムの所に案内される。





「……インクリース子爵様方をご案内してまいりました」



「ご苦労……では早速始めようか」



「全員ッ敬礼ッッ!!」



――――ザッ!



ウィリアムの言葉とともに、ステージ上に立たされていた騎士達が一斉に気を付けの体勢を取り、騎士達の中で中央に立っていた男性の掛け声でライアに向かって、胸に手を当てる騎士団特有の敬礼を披露する。



ちなみに騎士の敬礼は左手を胸に添え、膝を曲げ、屈んだ状態で相手に目を向けるのが一般的である。



今は手を胸に当てるだけの略式ではあるが、これもきちんとした敬礼として使われているので、特に礼儀的には問題は無い。




もう一つ付け加えると、貴族としてのお辞儀は女性はスカートを軽く持ちながら腰を少し屈めるカーテシー。男性の場合は騎士とは違い右手を胸に当て、少しだけ右足を引きながら腰を屈めるボウ・アンド・スクレープだと以前、シェリアに≪礼儀作法≫を教授してもらった時に聞いている。



男性貴族が右手を胸に当てるのに対し、騎士は左手を胸に当てるのは、武器を持つ右手をいつでも使えるように開けておき、盾を持つ左手を自分の心臓を守る位置に置くのが目的なのだとか。





「……ライア君、彼らに質問したい事などはあるかい?」



「え…あ、はい」



騎士達の敬礼に目を奪われ、色々と思考を回していた所にアイゼルが質問を促す様に言ってくる。



そのアイゼルの言葉で、ライアは今この時、既に騎士達のが始まっているのだと理解し、すぐさま騎士達の方へ目線を移し、事前に聞こうと考えていた事を騎士達に質問していく。




「………先に聞いておきます。この中に私が子爵だとわかっていて、自分が仕えるべき人物ではないと考えている方はいますか?」



ライアの言葉に特に動揺などは見られなかったが、男性騎士達の幾人かの表情には子爵に仕える事に不満を持っていそうな者が数名いる気がするなとライアは直感で感じ取る。



「…一応この場では申せない方もいるでしょうし、もし子爵に仕えるのが嫌な方は後程、正式に私達の騎士団入りを拒否してくれて構いません。今はひとまず質問を続けます」



今回集められた騎士達は殆どライアの所への雇用が決まっているとばかり思っていた者が多かったのか、騎士達は『子爵への不満がある者』という問いかけより、招集されたのに騎士団への入団を拒否していいと言われた事に動揺が走る。



これは先程アイゼルの言っていた、基本騎士候補生が自分の行く場所を決める事は原則出来ないという決まりがあるので、皆驚いているのだろう。



なんだったらウィリアムも驚いているし、アイゼルも若干驚いてはいるが、先程の認識の違ったライアならばその選択もしょうがないと特に何も言わずにいてくれる。



その中、何故かリネットだけは『うんうん』となんでもライアの事ならわかってるよ!と言いたげな顔をしていたが、そこはまぁ長い付き合いがあるので不思議には思わない。




「私が求めるのは自分の意思で私の元へ来てくれる騎士……貴方達を無条件で信じ、家族の命を預けれる方では無ければ意味がない…。それに私はあなた方が私の騎士団に入る事で、栄えある未来に終止符を打つような事もしたくない。だからもし、私の所に来たくないと考えている方は遠慮なく断ってくれて構いません」



ここまではっきり言えば、もしかしたら元々ライアの元に来るのに賛成だった騎士達も来なくなってしまうかもしれない。



だが、不満を持ってヒンメルの町に来られるよりは極少人数の騎士を引き連れ、町の住人から騎士を選出し、騎士団を一から立ち上げた方が納得が出来る。



(……まぁもし、誰も来てくれないって事になったら……どうしよ…?恥を忍んでもう一回集める?……あ、なんか若干後悔して来た)



自分の発言に若干の後悔の念をライアが抱いていると、ステージ上に居た一人の女性騎士が前に出て来る。




「御前に失礼ッ!インクリース子爵様のご配慮にワッチ、痛く感心いたし申したッ!!!!ワッチはどのような条件であろうと、インクリース子爵様の元で尽くしたく思う所存ッッ!!」



――――ダダンッッ!!!



その女性騎士は、白い髪のポニーテールをなびかせ、ステージの上から飛び降りると、ライアの目の前に正式な敬礼である膝立ち姿を取ると、そんなセリフを吐く。




(………いや、キャラが濃い!?)





ライアは折角現れた自分に付いて来てくれる騎士の存在に安堵するよりも先に、一人称やら喋り方が不思議な目の前の女性騎士に対し、少々失礼な考えを浮かべてしまうのであった。













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