アンファング国立騎士学校【2】
「……はぁ……なんか私が思っていた想像と違ってました」
「ん?なにがだい?」
ウィリアムが部屋を出て行って30分が立った頃、リネットは部屋の隅で分身体の身体を作り替える練習を行い、ライアとアイゼルは用意されたお茶を嗜みながら雑談に興じていた。
「えっと、実は騎士達の雇用に関してなんですけど、もう少し時間をかけて、騎士学校の生徒達が卒業する際に、一つの進路として斡旋してくれる感じかなぁって思っていたんですよ」
「ふむ?」
この世界の事情は分からないが、基本的に“学校”と名を打っているのだから、就職先やら進路の有無などの主導権は生徒の物だとライアは思っている。
だが今回の話自体は、ある程度選別の余地はあるとはいえ、いきなり出てきた辺境の町の騎士団設立という突拍子もない話に、少なくない学生が選ばれるのだ。
これからウィリアムが集めて来た生徒達にはどこの町に行きたいだとか、王都で国を守るのだと夢を掲げているはずで、そこを勧誘という手法は取るにしても半ば強制に近いある意味引き抜きである。その実態にライアは前世ではありえないなと少々心苦しい気持ちが生まれたのだ。
そんな気持ちをアイゼルに愚痴を漏らすかのように伝えれば、アイゼルにこう返された。
「…なるほど、ライア君は“騎士”の在り方…というか仕組みを少しばかり勘違いしているのかな?」
「仕組みですか?」
「本来騎士というのは、騎士学校を出た貴族や騎士団に後続的に入った平民の事を差すのだが、騎士という身分は総じて、この国に仕える事を意味している」
「……?はい、そう聞いてますが…?」
アイゼルの説明自体は前に聞いた事があるが、あくまで法的解釈としてそうなのであって、現実的には各領地にいる騎士団所属の騎士が、領主を通さないで国王に命令を下された所ですぐには動いてくれないだろうし、王都に危機が迫っている状況でも領主の命令が無ければ騎士は動いたりしない。
まぁ国王が領主に『君の所の騎士団貸して』『はい、わかりました』と承諾すれば普通に騎士団を動かすことが出来るので、まず国王からの命令を拒否される事は無いのだが。
「では騎士学校に所属する貴族の庶子達は何時から騎士の身分になると思うかな?」
「え?…そりゃあ騎士学校を卒業した時…でしょうか?」
「そこの認識が違うね……先に伝えておくが、ここに卒業とか入学と言った普通の学園と同じ仕組みなどはないのだ」
「???」
卒業や入学自体が無い……ライアはその意味合いがよくわからなく、頭にハテナを浮かべてしまう。
「アハハ…すまないね、それだけ伝えても良くはわからないだろうね……つまり、この騎士学校に入る生徒達は別に年齢に制限が無く、入ろうと思った時に審査を受けて騎士としての訓練が受けれるようになるのだよ」
「あ、なるほど…」
アイゼルの説明で、この騎士学校自体が前世の【塾】や【〇〇教室】と言った自己勉学で入る施設なのだと理解した。
「つまり、騎士学校で騎士の身分を取得する為の試験の様な物があって、それを成功させた者から騎士の身分を貰えるという感じですか?」
「ほぉ?今の説明でそこまでわかったのか…さすがライア君だね」
「え?あ、あははは……(ただ前世での“そろばん教室”の検定資格的なシステムかなって言ってみただけなんだけど……)」
そろばん教室と騎士学校を同列視するのはアレかもだが、まぁ自分の心の中で納得する為の例えなので、この際はおいて置く。
「……でも、それがどうして私の認識が違うって話になったんですか?どちらにしろここで騎士の身分を手に入れた人が行きたがった場所があるかも知れないのに…」
「そこは大丈夫だよ。先ほども言ったように名目上騎士の仕えているのは国だと言っただろう?その事が顕著に表れているのはこの騎士学校そのものだからね」
「……つまり?」
「元々この騎士学校の斡旋方法は国王からの要望が主で、騎士は自分で行く場所を決めれないのだよ」
ここでライアはやっと自分の認識の違いが理解できた。
簡単な話、この騎士学校で騎士になった人達にいわゆる就職の自由は無い。
国王の許可の元、騎士達を雇用しにきた上位貴族達に斡旋されれば、その貴族の領地の騎士となり、選ばれなければ特に変化は無く、この騎士学校で己の腕を磨く事だけを行う生活を続けるという事らしい。
「えぇ……なんか自由が無いというか…なんというか…」
「まぁ確かに自分で決めれる事は出来ないが一応抜け穴も存在しているぞ?…自分の息子を自分の領地の騎士にしたいと考えた際に騎士学校にその事を伝えれば融通してくれるし、余程腕が良く、色んな貴族達に勧誘された際は自分の行きたい所を選ぶ権利は存在するからな」
「へぇ~」
「……ちなみに、騎士学校で騎士の身分を試験で取得した者はいわゆる【上位騎士】と言われ、騎士団の役職…団長、副団長に就く事が出来る。…つまり、領地の騎士団に直接入った者は団長職には絶対に付けない法律があるのだよ」
「な、なるほど…」
自分の息子を自分の領地で騎士をさせるのであれば、最初から騎士団に所属させればいいのでは?と考えてしまうが、恐らくそんな考えをアイゼルに読まれたのか、追加情報として騎士の階級を教えてくれる。
「…ちなみに、アイゼル様の所の騎士団も皆さんこの騎士学校の出なんですか?」
「いや、団長のキルズを含め、団員の3割は騎士学校の出だが、それ以外の者達は皆平民上がりの者達だな」
「そうだったんですね…」
キルズ達とはダルダバの町の件で世話になったが、あの人達の3割は元貴族だったのかとライアは少々驚きながら相槌を打つ。
―――コンコン…ガチャ
「失礼しいたします…お待たせしました、皆様とご面会する騎士達の準備が出来ましたので、講堂までご案内します」
アイゼルとの話に夢中になっている間にどうやら1時間は過ぎていたようで、ウィリアムとは別の女性の人が準備完了の知らせをしに来てくれた。
「…話の続きはまた今度にでもしようか。……リネット?」
「……ん?呼びましたのです?」
アイゼルはライアとの話を切りやめると、部屋の奥で色々としていたリネットに声をかける。
「向こうの準備が出来たようだから行くよ……何をしてるんだい?」
「分身体を縮尺を変えて分裂させてみたらどうなるのかと思ってやってみたのですが、どうやら分身体から肉体が離れれば、数分で消滅してしまうのですよ……ほら」
リネットの膝の上に座らせていたチビライアを顎で示すと、肉体的に何か機能が死んだのか、ちょうどチビライアが消滅していく。
ちなみに、チビライアを生み出した方の分身体の身体は面積的に縮んでおり、身長的に120センチほどの小さい姿になっていた。
「……なんというか……ライア君は大丈夫なのかい?」
「アイゼル様……慣れればどうという事は無いですよ?」
「……君にリネットを貰ってもらえて私は幸せだな」
アイゼルの言葉とともにほろりと流した涙は、恐らく幸せの物ではないのは何となくわかったライアだった。
「……あのぉ……そろそろついて来てほしいのですが…」
なお、部屋の入口でライア達のコントを見ていた案内係の女性は困惑としながらそう声をかける事しかできなかったようだ。
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