帝国での日々











―――――ヴァハーリヒ帝国(ライアSide)





「おぉーいライちゃ~ん!こっちにビール3つ頼むよ!」



「あ、はぁーい!」




帝国の情報を得ようとして、帝国には潜入して約2年…。ライア(分身体)はヴァハーリヒ帝国の首都にて、戦力把握とアンファング王国との開戦のタイミングを把握する為に、街でそこそこ人気の食事処である【ラウル亭】に給仕として潜入していた。



というのもこの【ラウル亭】の立地が国の中心地に建てられており、国の兵士達が寝泊まりしている宿舎が近くにあり、兵士達がこの店をよく利用するので、情報集めにはピッタリだったわけなのである。



「はい、お待たせしましたー!ビールのおかわり3つです」



「ありがとよぉ?チップはライちゃんの胸元に入れりゃいいか?」



「セクハラはご遠慮しまーす」




とはいえ、ここを利用するのは兵士達だけで無いし、街の住人達も多く利用する為、結構な頻度で行儀のよくない酔っ払いのおっさん達が給仕の女の子達目当てにセクハラをしてくるのだが、それもあしらい方が分かれば特に苦でもない。



ちなみに、ライアの今の姿は≪変装≫を使用し、髪色は黒に近い藍色のロングヘアと男達の目線を釘付けにさせる大きな胸に垂れ目と泣きホクロがチャームポイントの色気たっぷりの女性の姿を取っている。



はっきり言って、元の姿であるライアの面影はほぼほぼ無いと言っていい程、容姿を変えている訳だが、これは王国にいるライア本体と同一人物視される事を可能な限り減らす意味と下世話な話だが、兵士達から情報を抜き出す為にはこのようなナリの方が有効的だという理由である。



(まぁ些か容姿を作り過ぎた所為か、他の給仕の子達には嫉妬の目で見られるわセクハラ親父達には毎日セクハラ発言をされてるけど……)



ライアにとって好意の目で見られるのはリールトンの街などで慣れてはいるが、さすがに2年間毎日セクハラされるのは中々に億劫ではあったようだ。




「いらっしゃいませー!」









―――――――――――

――――――――

―――――






―――ぽすっ…


「ふぅ……んぅ~……今日も特に収穫は無し…と……。ダルダバの町に襲撃を仕掛けたみたいだし、何か噂話くらいは出るかと思ったけど、そううまく進まないよね…」




夜、【ラウル亭】での仕事を終えたライアは、この街に来てからずっとお世話になっている宿に帰ってきて、愚痴を溢しながらベットに腰を沈ませる。




「……この国に来てからある程度の戦力予備と魔道具や技術水準を調べる事は出来たけど、意外にも裏で暗躍してる事に関しては全然情報を掴めてないんだよなぁ……」



ヴァハーリヒ帝国は基本的にアンファング王国との技術水準の違いはあまりない。



ただ、帝国の魔道具技術は王国とは違い、兵器開発や戦いの中で役に立ちそうな魔道具が多いイメージなので、それだけでお国柄という物が感じ取れる。



一番この国でメジャーな魔道具と言えば、前世程の威力ではないが、火炎放射器に近い火の魔道具が冒険者達に人気の魔道具らしい。(最初に知った時は放火魔しかいないのかと思ったが…)




そして戦力予備である兵士達に関しては、この街だけで1万人以上の兵士達が存在しているらしい事は調べ上げている。




(まぁ調べ上げたと言っても、店に飲みに来た兵士達に直接聞いたんだけど…)



おかげで兵士達にも己の美貌が有効なのは実証された訳だが…。








さて、そんな現状の知り得ている情報を確認し終えると、ライアはある問題点について考え込む。



「うん…さすがに情報が足りないかな……元々戦争の時期を見極める為に来た訳だから今のままでも問題は無いけど。出来ればダルダバの町へ襲撃されるみたいな事を繰り返させたくない」




そう、ライアが考えているのはこの国の情報をもっと深く調べ上げ、王国に対してのちょっかいとも言える攻撃を未然に防ぐ事である。



「今まではスパイの存在がバレないように誰でもなれる人気店の給仕スタッフや街を散歩して噂話を集めるだけに留めていたけど、それだけじゃ小瓶の事や王国の村なんかへの襲撃情報を集めれない。このままだと少なくない被害が出るのは確実だしね」



ライアは思い立ったら即行動とも言える考えで、早速このスパイ活動の上司にあたるアーノルド王子への許可を取る為に王都にいる分身体へと意識を向ける。








―――――――――――

―――――――――

―――――――






『ダメ』



『えぇぇ……』





アーノルド王子といつもの通り、女装談議に花を咲かせている途中で、帝国での動き方についての相談を持ち掛けると、あっさりと提案は却下される。




『えっと、出来る限りバレないように行動しますし、王国側の情報は絶対に与えないようにしますよ?』



『う~ん…別に私は別にライアが王国にとって不利益になる事を漏らすと危惧している訳では無いし、ライア自身がそう簡単にヘマをするとも思っていないぞ?寧ろ帝国の弱点ともいえる情報を持ち帰ってくれると確信している』




『え、そうなんですか?……ではなぜ…』



ライアはてっきり自分では情報収集が上手く行かないと思われているのかと思ったがどうやら逆のようで、なぜライアの案を却下して来たのか余計にわからなくなる。






『ふむ、では一つ質問するが、ライアはどのように情報を集めると話した?』



『…?…帝国の重要施設を調べて、幻魔法で姿を消して侵入しようかと…』



元々はライアの潜入がバレた時に隠れる手段であったり、帝国の関所を越える為の方法であったが、そう言った使用方でも活用は出来る、寧ろ幻魔法の悪用方法としては一番に上がる考えであろう。




『恐らくその方法は成功するであろう事はわかる…仮にバレてもライアは捕まる事も無いだろうし、何なら分身体を消せばいいだけだからな』



『……出来れば経験値が溜まってる分身体は消したくないですが、その通りですね』




そこまで話して余計にライアは、なぜアーノルド王子が許可を出さないのか不思議に思う。




『でだ、仮に逃げ切れるとして、ライアの潜入がバレた際に帝国はどうすると思う?』



『え?…私が潜入しているのがバレれば、だれが潜入していたのか調べようとするのでは?』



『あぁ、その通り…だが、今の帝国の状況的に潜入しているのが王国の手の者だろうとすぐにバレてしまって即戦争…となっても可笑しくないんだ』





アーノルド王子の言葉に、ライアは理解が追い付かず、首を傾げてしまう。




『え?どうしてですか?俺は仮に捕まったとしても分身体を解除すれば尋問される事も無いですし、顔だって≪変装≫でいくらでも…』




『その分身体……というより≪分体≫や≪変装≫を使っているのがバレる事で王国の手の者だという事が知られてしまうのさ』



『スキルを…?…あっ!ステータスカードですか!?』




ライアの気付きを肯定するかのようにアーノルド王子は頷く。




『ステータスカードが出来たのはほんの数百年前、しかもそれを作るのに必要な物はミスリルや珍しい魔物の魔石が必要になる……現時点でステータスカードを発明し、スキルを己の力として活用できている国家は我が王国と帝国……それと別大陸にある大きな国ぐらいな物だ』




ステータスカードの普及率……それは前に語ったとは思うが、歴史で言えばたったの200年前の発明品であるので、王国と帝国以外の弱小国家などは未だスキルや魔法と言った物に対して理解は浅く、あまり浸透はしていないらしい。



ライア自身は王国と帝国以外の国を殆ど知らないが、かなり原始的な生活をしている所も多いらしい。



ちなみに、これは後で知った事だが、リールトンの街の冒険者ギルドで受付をしているカズオの出身国である火の国ではスキルの力を己の鍛錬で身に着けた御業だと考えられている風潮があるらしく、ステータスカードの存在は全く知らないらしい。



カズオはこの国でステータスカードを知った際に「俺の国が無知すぎてハズイ」と結構心にダメージを負ったらしい。






とまぁそんな訳で、ライアが帝国の者達の前で、スキルを使って逃げる=王国の手の者という式が出来上がってしまい、逃げても結局バレてしまうという理由で却下されていたらしい。



『帝国への潜入自体が難しいのであればスキルで逃げ出すのも許容出来たが、安定的に帝国での様子を確認できる今の状況を逃したくはないという訳だ』



『なるほど……出来ればもっと情報を集めたかったんですけど……』



『すまないな……私もダルダバの町の事は憂いているが、戦争が起きた際の情報を早急に手に入れる手段は確保しておきたくてな』




アーノルド王子の言い分を聞いて、渋々だがライアは納得の表情を浮かべる。




『…わかりました。ひとまず重要施設などへの侵入はやめて、食事処と街中での情報収集に努めます!』



『助かるよ。ライアが居るから私達は安心して戦争への備えが出来ているよ』




その言葉にライアは照れつつも、話は終わったとばかりに『さぁさぁ!今日はフェイスマッサージの研究ですよ!早く行きましょう!』とアーノルド王子の手を取る。



重要施設への侵入作戦への許可が出なかった事に対しては残念だが、自分の出来る事をきちんとやろうと頭を切り替えるライアだった。













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