名は決まらずとも物事は進む。









向こうでの生活や世間話を交えながらアイゼルと話を進めて行くと、とある質問を投げかけられる。




「……それで、もうそろそろ自分の街の名前は決まったかい?」



「……すいません……なんだかんだ忙しいのもありつつ、いい名前が浮かばなくて…」




アイゼルの質問にライアは居た堪れない気持ちを表情で表しつつ、そう応える。



なんと、開拓が始まってすでに1年半以上も経過しているというのに、実は未だ開拓地の街の名前が正式に決まっていないのだ。



ライア自身、自分の領地から出ずに「この街は…」と固有名詞を出さなくても通じていたし、アイゼルへの報告の際には「開拓地」と呼んでいたので特段困る事も無く、後回し後回しをして行った結果未だに名前が決まっていない状況なのだ。



「私としては名前が無くとも楽しく領地経営出来ているのなら名前などいつでもいい気持ちなのだが……さすがに飛行船という一大産業を運営していくとなれば、領地に名前があった方がいいだろうし、何より国王陛下へ献上するとなれば、それはインクリース男爵家が“運営する街の事業として”国王陛下に献上する事になるのだ。そこで名無しの領地などとは名乗らせる事は出来ないぞ?」




「はい……少なくとも飛行船が完成するまでにはきちんと名前を考えておきます」




ライア自身、たかが街1つの名前を決めるだけで1年以上もかかるとは思っていなかったのだが、いざ決めようと考えれば、中々決まらなかった。



一時期、リネットと2人で街の名前を考えてみようと話し合いをしたことがあったのだが、いい案などは殆ど出なかった。



リネット自身もあまり名前にこだわりが無いタイプだった故なのか『インクリースの街ではダメなのです?』と言われたが、さすがに自分の名前の付いた街は恥ずかしい気持ちがあったので却下させてもらった。



ライア的に出来ればその街の特徴をとらえた名付けをしたかったので、色々と考え込みはするのだが、現状特徴らしい特徴がない街にピッタリな名前が浮かばず、ずるずると現在まで名無しで過ごしてきたという訳である。











――――――――――

――――――――

――――――









「ただいま戻りましたー」




リールトンの街で“さすらいの宿”の女将であるサラサやギルド職員のセルス達受付、それに冒険者のゼル達と久しぶりの挨拶をし、魔道具製作に必要な物の買い出しなどをして数日を過ごし、ライアは元も自分の領地に飛んで帰って来た。




「……やはり【重力】の魔石での飛行魔法は驚くほど速いのです……ライアを見送ってまだ1ヵ月も経って無いのですよ」



「分身体のライア君から話は聞いていたけど、魔物の被害も全く無かったんだろう?」



「そうですね、空を飛ぶ魔物自体それほど多くは無いですし、そもそも見かける事すらなかったです」




ライアが飛んできたのは雲のギリギリ下の高度1000メートル付近で、雲があまりない日などは雲の上まで登り、魔物と全く遭遇せずに空の旅をして来た。



……一度、雲が殆ど無い快晴の日に調子に乗って高度を上げ過ぎて高山病になりかけたので、肝を冷やした時はあったが…。



そんなハプニングがあったりはしたが、魔物関連を警戒して分身体2人を護衛的な扱いで連れて行っていたのだが、この世界で空を飛ぶ魔物というのは思いの外少なかったらしく、魔物の襲撃は無かった。





「まぁだとしても飛行船を正式運用するのであれば、魔物対策は必ずしなければいけないけれどね」



「種類が少ないとはいえ、魔石の持ち主であるワイバーンなんかも空を飛ぶ魔物ですし、きちんと警戒はしないとダメなのですよ」




「まぁその為に魔物避けの魔道具も搭載するんですけどね」




実は、なんと飛行船にはヤヤ村で使われていた魔物避けの魔道具を搭載する事になっているのだ。



ヤヤ村では昔の商人が大金叩いて村に備え付けてくれたという高額の魔道具である。



それもヤヤ村で使われている物より強力である魔道具をなんと2つもだ。



まぁ2つと言っても、どちらも素材だけ買い寄せたらライア達で自作するのだが、それでもまぁまぁ高価な物である。





「ひとまずライアも帰ってきた事ですし今日はもうお休みにして、明日からじゃんじゃん魔道具製作を再開するのですよ!!」



「「おぉー!」」























―――――――アーノルド王子Side(分身体)







「ふむ……空飛ぶ乗り物か……ライアはそれに使われる魔法で1ヵ月かかる道のりを1週間足らずで踏破して見せたのだな?」




「そうなりますね」




場所はアーノルド王子の自室、部屋に存在するテーブルにはライアと西洋人形のように可愛らしい美少女がそこに座っていた。



その美少女こそ、この2年で≪変装≫や≪変声≫などを取得し、昔の面影を残した金髪蒼眼の可愛らしい美少女がアーノルド王子その人である。



(……アーノルド王子も随分と可愛らしくなったよな……この間なんてどこぞの貴族の坊ちゃんがアーノルド王子に一目ぼれを起こして、少し厄介な事になったけど……まぁそれはいいか)




飛行船計画が始動し早半年、もうすぐ飛行船の試作機が出来るという所まで物事が進んでいたので、『そろそろ王族や仲のいい貴族相手には情報を解禁してもいいだろう』とアイゼルに言われ、王城で毎日のように女装についての話し合いや衣装の研究などをして仲が良くなったアーノルド王子に、秘密事などを出来るだけしたくはなかったライアは早速飛行船についての話をする。




「ライアは私の知らぬ間にとんでもないものを作っていたのだな……ちなみにその飛行船とやらは私も乗れるのか?」



「乗れると思いますよ?飛行船がある程度完成したら国王陛下に1船献上する予定ですし」



「……ワイバーンの魔石をふんだんに使った飛行船を献上……?ライアの懐のデカさに驚きしかないのだが……」




アーノルド王子の美少女フェイスが呆然とした顔になり、呆れたような感情を感じ取るが、それに関してはどうしようもない。



元々ワイバーンの魔石があまりに余ってしまい、使い道をどうにかしようという事が発端の物なので、変に自領の利益だけ考えて『反乱分子なのか?』と思われるよりは飛行船を献上して自由に開発を進めた方が気持ち的に楽だろう。



まぁと言っても、献上云々はリネットの発案なので、ライアはただただそれに身を任せているだけという理由の方が高いが。




「自分達だけで使うよりもきちんと献上した方が反感なども少ないでしょうし、私達も自由に研究に没頭出来ますからね」




「……ライアがそう思っているのであれば特に何も言わんが……(どう考えても献上品としては破格……国王陛下から必ずかなりの褒美を出されるだろうが……それはわかっているのだろうか?)」




アーノルドはこの数年である程度ライアの性格や思考などをわかるようになったつもりだが、恐らくあまり貴族の常識や王族に対しての認識が甘い気がしていたので、飛行船を献上した際に起こる褒美の件などは考慮していないように感じた。




「……?何か言いました?」




「……いや、何でもないよ」



アーノルドは『まぁ献上の話を持ってきたのはリールトン家の当主であるアイゼル…もしくはライアの婚約者であるアイゼルの娘だろう』と当りを付け、悪い事が起きる訳でもないし、放置が一番と決定づけた。



「(ライアがもっと王族に近づいてくれた方が私としても嬉しいしな)」



「……どうしたんですか?そんなににやけた顔をして……」



「ん~?いや、少々友に対して思いふけっていた」



「友……この間の侯爵家の次男さんですか?」




「そんな所だよ」




テーブルのカップとソーサーを両手で持ちながら優雅にそう返事を返すアーノルドは、今後の展開に胸を躍らせながら、静かに紅茶を楽しむのだった。












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