フェンベルト子爵家の闇










「さっさと歩かないか!」




報告会の会場を出てからフェンベルト子爵の屋敷内のどこかに連行されるのか、兵士達はライアの腕を引いてどんどん先に進んで行く。



(う~ん……さすがにこのまま素直に捕まって良いものか……なぁーんか強引すぎる気もするし、引っかかるんだよな……よし)



どうにもライアに突っかかって来たフェンベルト子爵も今ライアを連行している兵士達の行動も些か強引に事を進めている気がして、このまま捕まってしまえば面倒な事になりそうだと考えたライアは、少し足をもつれさせる演技をする。




「イタッ!!……あんまり強引に引っ張らないでください……こっちはヒールで歩きにくいんですから」



「あ、あぁ……すまん」



先程フェンベルト子爵はライアの事を『その女』と呼んでいた事から、ライアが男性という情報は掴んでいないだろうと予測して、今周りにいる兵士達もライアの事を女性だと勘違いをしているはず。



であるならば、ほんの少し女性特有の仕草を真似て、ヒールを理由にして、ひとまず掴まれている手を引き離そうと画策する。



(……なんか自然と上目遣いっぽいポーズになっちゃったけど、手は放してくれた!)



兵士はライアの言葉に思わず謝罪をして手を放してしまい、ライアは少しの間だが自由の身になる。



実際にはライアの足を心配してというよりかは、ライアの色気に驚いて素直に謝ってしまった兵士なのだが、ライアはそんな事には気づいてはいないが。




(“カモフラージュ”!からの“ドロイド”ッッ!!そして≪分体≫!!)



ライアは兵士から手を離された瞬間、即席で考えた姿を消す魔法である“カモフラージュ”を使用し、ここにいる兵士達全員に対して幻を見せてライア本体を見失わせつつ、魔法で作り出したドロイドで幻のライアを作り出し、それに目線を向けさせる。



「……ん?今何か…消えたような……?」



「はい?どうしました?」




兵士達は一瞬目がぼやけたような感覚があったのか、目を擦りながら土人形で出来た幻ライアを見つめて来るが、どうやら魔法の事はバレてはいないようだ。



ちなみに今現在、ライア本体はすでに兵士達の傍から離れていき、ドロイドで作り出した幻ライアを持続させる為に生み出した分身体を兵士達の傍で待機させている状態だ。



「……いや、何でもない…それより早くこっちに来るんだ!逃げ出そうものならすぐに縛ってでも連行するからな!」



「はぁ~い」











―――――――――――

―――――――――

―――――――









ライアは現在、この事をアイゼルに伝えるべきだと考えていたのだが、今現在アイゼルは屋敷に居らず、用事があるとかで何処かに出掛けているらしい。



王城にも来ていないのは分身体越しで分かっているので、どうした物かと頭を悩ませていた。




(うぅ~ん……俺が貴族になった件はすぐにわかるだろうし、今回の件で正当防衛なのは他の人からも一目瞭然……なら今すべきはさっきのフェンベルト子爵と兵士達の違和感の調査かな?仮に何か裏があるとしたらほぼ俺に関する事だろうし、もしかしたらアイゼル様の言っていた良くない噂の証拠があるかも知れない)



これは仮定の話ではあるが、万が一ライアが兵士達を騙して逃亡をしていることが罪に問われる可能性がある為、いつでも幻と入れ替われるように、本体をどこか遠くに行かせるという手段も出来れば取りたくない。



なので、フェンベルト子爵の屋敷に隠れると言っても何もしないというのも変であるので、相手の弱みや悪事の証拠を探そうと考えたのであった。



「しかし、ここがどこだか良くわかんないな……なにか書斎的な部屋でもあればいいんだけど……って、こんな時こそ分身体の出番じゃん……」



今の今まで、こういった緊急時に分身体を使えるようにリールトンの街に来てからはずっと予備の分身体を温存していた。



その事に思い至り、分身体達を生み出し、すぐさまこの屋敷の全貌を調べることにしたライア。




「さっき1人分身体を作っちゃったから今出せるのは3人だけ……さすがに3人だけしかいないなら護身用に1人温存……とは行かないかな?」




最終手段として、既に別の所で出している分身体を消して新たに生み出すことも出来るが、それは1ヵ月もの経験値を捨て去る事になるので、基本的には……いや、出来るなら絶対にやりたくはない手段なので本当の最終手段だ。



こんな事ならアーノルドのお願いを先延ばしにしてもらい、後程分身体を送れば良かったと後悔もするが、今回はこの数少ない戦力で諦める事にする。




「まぁそうそう危ない目には合わないと思うけど……≪分体≫ッ!!」



ライアの目の前には今出せる分身体3人を生み出して、この屋敷の中にある書斎や執務室、その他何か情報を探れそうな場所を探しに行かせる。



分身体達は幻魔法を使用し、他の人からは見えないようにして、各々が別方向に歩いて行く。




「うん……俺も合わせれば四方を隈なく調べられるね…………ん?」



分身体に3方向に行かせて自分も屋敷の探索に向かおうとした所で、先程の兵士達が連れて行った分身体の目線で動きがあった。




「……なるほど……あの強引さは俺を捕まえる為って事ね……ゲスイなぁ…」




ライアは別の視点から送られてくる情報にフェンベルト子爵のこれまでの悪事を理解し、その非道さに少しだけ苛立ちに似た感情が発露するのであった。














――――――分身体(幻操作担当)Side







「ほら、この牢屋に入ってろ」




本体と別れてすぐ、分身体と兵士達は地下にある牢屋が並ぶ牢獄に連れられていた。



「……貴族の屋敷に牢獄って……普通は無い物では?」



「………」



―――――ガチャン!!



ライアの質問に答える気は無いらしく、特に表情を変える事無くライアの入った牢屋のカギを閉める。



「……もう少しすれば子爵が参られる。そこでは従順な態度を取るようにするんだな」



兵士は質問には答えなかったが、何やら忠告のつもりなのかそのような事を言い放ってくる。



「従順とは嫌な響きですね……まるでにでもされるみたいで」



「………」



「……なるほど」




ライアの冗談にも聞こえるカマかけに、神妙な顔をする兵士にアイゼルの言っていた非合法の奴隷という噂に真実味が出て来たなと思う。



しかし、こんな無理矢理な方法で人間を捕えているのであれば他の貴族にバレないはずが無く、これまで捕まっていなかったのが不思議に思える。



そんな思考を回している内にここに連行して来た兵士達は殆ど地下を出て行き、牢屋番と思わしき2人とライア達だけになっていた。



「お前も可哀想にな……せっかくの美人だってのにこんなタイミングでここに来るなんて」



牢屋番である2人の内、何やら独特な香水を匂わせている1人の男がライアにいきなり話しかけて来る。



「こんなタイミング?」



「おい、いちいち話しかけるな」



「いいじゃねぇか、どのみちこの子は奴隷としてに売られちまうんだからよ」



牢屋番のもう一人はどうにも融通が利かないタイプのようで、ライアに話しかけてきた香水男に文句を言うが、香水男は特に気にした様子もない言った態度だ。



「タイミングとかお隣さんとか。どういう意味か聞いても?」



「お前もこちらに話しかけるな」



「あははは!こりゃ強気なお嬢さんだ……いいじゃねーかこの後の自分の未来が分かった方が諦めもつくって話さ」



香水男の言葉にこれ以上言っても無駄だろうと思ったのか、堅物男は「ハッ!勝手にしろ」と不貞腐れたかのようにそっぽを向き、我関せずの態度を取る事にしたらしい。



「……それで?」



「あぁ?あぁタイミングとお隣さんだったか?単純な事だよ、お隣……この国のお隣さんと言えば?」



香水男は、まるでクイズを出すかのようなノリでライアに問いてくるが、そのクイズは少し考えればすぐに応えは出るような問題であった。



「……帝国」



「そうだな、その帝国にあんたは売られるんだよ……奴隷としてな?」



ライアはフェンベルト子爵が非合法の奴隷をしているのがほぼ確定情報になったなと思いながらも、気になった事を香水男に問いかける。



「なるほどね……でもこんな強引な手で私を捕まえたとしてもすぐにバレて捕まると思うのだけれど?」



「だから言っただろ?こんなタイミングだって……フェンベルト子爵は帝国に亡命するんだよ」



「亡命!?」



香水男の話を聞いて、かなり大きい事が起きているのだと理解して情報を整理する。



(………なるほどね…そう言う事であれば、今回の件が王城に知らされ、この屋敷に騎士達が押し押せてくる時にはすでに帝国に亡命してるって訳?……まぁ今回捕まったのが俺じゃなきゃすぐには騎士達も動けなかった可能性もあるし、色々と詰めが甘いと思うけど、さっきの強引な逮捕劇もそれで説明がつくね)



その他にももし亡命するのであれば、ウィスン達がBARハイドで聞いたカルアムの町での『何も対策をしていない』という噂に対しても説明が出来てしまう。



亡命してしまえば今の領地であるカルアムの町は用済みであり、経済回復などに資金を使う訳もない。



そこまで考えれば亡命という話も恐らく真実なのだろうと理解する。




「まぁそんな訳であんたは明日にでもこの王都を出発して、数か月後には帝国のお貴族様のペットになってるって訳さ」



「………外道ね……でもそう言う事であればあなた達はどうなるの?ただの兵士で平民のあなた達がそんな犯罪者に付き従う理由って何?」



男はライアに対して下卑た視線を送りながらそう言ってくるが、ライアには幻でライアに見える土人形に対して、邪な目を向けている変人にしか見えていないので特に動揺する事も無く、他の兵士達の処遇に関して質問を投げかける。





「それこそ簡単な事さ!……この屋敷に居る兵士の殆どが元ヴァハーリヒ帝国民だからな」




「な……」




ライアはこの男の発言に驚愕の感情を覚える。



ヴァハーリヒ帝国とは200年程昔に停戦協定を結んでからはお互い非干渉を貫いていた国で、今ではお互いの国がどの程度技術発展を遂げているのかもわからない現状という話だ。



だというのに、この屋敷には先ほどの兵士達だけで50人程はいたはずなので、少なくとも50人もの帝国民スパイがこのアンファング王国に潜入している事になる。



フェンベルト子爵が帝国と繋がっているだけなら帝国の一部の貴族が勝手に悪事を働かせている可能性もあったが、それだけの人数をスパイとして送って要るのだとしたら、ほぼ間違いなく帝国は王国に対して敵対行為をしていると言っていい。



という事はおのずと嫌な予感という物も浮かんできてしまうライア。



(……そう遠くない内に……ヴァハーリヒ帝国と戦争もあり得るって事かな?)













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