働きアリハウスマン









「さて……今日行くべき場所はここで最後だ」



「ここは…?」



貴族御用達の鍛冶屋で紋章と鎧の製作を依頼した後、アイゼルに連れられて到着したのは店構えは綺麗だが、かなりこじんまりとした小さいお店で、看板に木槌のマークがあるだけで、はっきりと何のお店なのかはわからない外観であった。



「この店は色んな街の建築関係のお店をまとめて扱っている事務所のような場所だ……まぁあえて言うのなら各地に支店がある不動産兼大工の依頼所と言った店だね」



「不動産兼大工……もしかして、私の家ですか?」



アイゼルの言葉にふとその可能性が浮かび、確かめるように質問をする。




「あぁ、新しい領地に建てる屋敷の見積もりと人員手配などを先に済ませていなければ、後々困らないからね」



もし仮に火竜の山周辺の新たな領地で開拓が始まり、その時に大工の手配などしていたら何時大工達が来れるかもわからないし、下手をしたら開拓が終わったのにまだ家が無いという状況もあり得るかもしれない。


アイゼルはそういう場合にならない為にも準備は早い方が良いと話してくれる。




「……なるほど…わかりました。ただせめてここでの費用は私に払わせてくださいよ?」



「むぅ……婚約祝いに良い屋敷を送ろうと思ったのだが…」



「リネットさんと新しい家……というか住まいには工房も一緒に作ろうとは話してたので、アイゼル様に代金を払わせてしまったら遠慮してしまいます!妥協しない家づくりの為にもここは支払わせてください!」



婚約の話をリネットと共有してからはリネットは、新しい領地に関する事で一緒に話す事が多くなった。



新しいダンジョンで取れる魔石はどうだろう?新しい魔道具を作って、領地で試してみよう!など錬金術に関しての話が殆どだが……。



その話の中には家を作る際、錬金術工房と合体させた家にしようと決めていたのだ。



工房の施設は色々とお金がかかるものが多いので、かなりの値段が予想でき、そのお金をアイゼルに支払わせるとすれば、ライアは工房の部分を妥協してしまうとアイゼルにそう断りを入れる。




「ふむ……そう言う事であるなら、あまり口出しはしない方が良いのかな?……しかし、リネットときちんと将来の事を話しているとは……う~ん嬉しいねぇ!」



「なッッ!?いや!錬金術関係だったので別に深い意味とかじゃないですッ!」



アイゼルの自分の言葉を改めて思い出すと、まるで新婚生活で新居を話し合う男女のような印象を持たれてもおかしくないと感じ、ライアは慌ててイチャイチャ的な展開でそう言う話になったのではないと必死に否定する。



「ふふふ……わかっているさ、あのリネットの事だから新しい錬金術工房に話が広がったのだろう。すまないね、少しからかってしまったよ」



「え…あ、はい……」



アイゼルはこちらの反応を見て面白かったのか「ははは」と笑いを溢しながら謝罪をしてきて、ライアは何とも言えない恥ずかしさを抱えるしかなかった。







そんな話をしている間にお店の扉の前に着いたので、早速中に入ろうという事になり、木で出来たお店の扉を開く。



―――――ガチャ…



「……いらっしゃい」



お店の中は他にお客などはおらず、受付らしき所に座り、目に隈を浮かべる女性が1人そこにはいた。



「すまない、新しい領地に屋敷を立てたいのだが」



「……新しい領地……お貴族様でしたか。屋敷をご所望という事であれば新築でしょうか?」



「そうだ」



受付に座っていた女性は、こちらが貴族の客とわかると眠そうな目を開き、店に入ってきた時とは打って変わって覇気のある接客を見せ始める。



この店の状況はわからないが、貴族の客が来て、思いっきり接客の態度を変えるのを見せるのは中々に度胸がある人なのかもしれない…。




「屋敷の建築予定地は何処でしょう?」



「……その事なのだが、実はとはそのままの意味で新しく開拓されるまだ名前も決まっていない場所なのだ。場所的にはリールトンの街から西に1か月程行った所になるな」



「なるほど、大工職人の派遣という形ですね」




本来、こういった依頼なども他貴族の各地にある領地内で依頼されるような内容なので、かなり珍しい依頼のはずなのに、受付の女性は特に動揺する事無く、淡々と話を詰めていく。



(色んな街に支店があるってアイゼル様が言っていたけど、こういった状況にもちゃんと落ち着いて対応できる職員がいるなら納得だね……さっきはすっごい眠そうにしてたけど…)



ライアは受付女性に対し、さすがは大きな組織に所属する店員なのだと意識を改める。



「では、どれほどの予算と屋敷の規模のイメージなどはございますか?」



「うむ、ライア君?」



「あ、はい」



先程、アイゼルと話し合ったのもあり、家の構図や予算関係はライアの担当であるので、ここからはライアが前に出て話す事にする。



ライアが前に出てきた事に受付女性が「え?」と小さい声を発していたが、恐らく屋敷を買うのがアイゼルだと思っていたのだろう。




「こんにちは、この度屋敷を購入することになったライア・ソン・インクリースです。あと男です」



「男!?」



隈のひどい女性は先ほどまでの落ち着いた接客は何処に行ったのか、受付のテーブルに乗り出して、ライアの顔をジロジロとのぞき込んで来る。



「あのぉ…?」



「……八ッッ!?あ、すいません……少し自分の目が信用出来なくて…」



受付の女性は新しい開拓領地の話よりも、どうやら女装男子の存在の方が驚きだったようで、そう言って謝罪してくる。



何気にアイゼルもライアの後ろで頷いているようだが、もうツッコミはしないぞと無視を決め、受付の女性に新しい家の要望を話していく。









「錬金術工房と併用の屋敷ですか…」



新しい家の要望を話し始め、リネットと考えた理想の屋敷像を伝える。



「出来れば併用…というより、屋敷から工房に直接向えるような建物が良いのですが」



「出来ない事はないのですが、錬金術工房の防壁加工や防水加工、それに材料なんかをおいて置く倉庫なども作るとなるとそれなりに料金が高くなりますが…」



ライアとリネットが考えた理想の屋敷は、基本的には屋敷から直接工房の実験室などに迎える工房と一体型の屋敷であり、工房部分と工房に隣接する屋敷の安全面を考慮した物である。



錬金術工房には魔石の他に、危険物や爆発物になりえる素材や魔道具が様々あるので、仮に爆発などを起こしても耐えられるように工房の壁を防壁加工にしなければいけないし、リネットの実験を行う上で必要になる素材のストックを貯めておける倉庫は必須のものだ。



なので、高くなることは予想していたので受付の女性にはある程度の予算はあるときちんと伝えておく。



「一応、目安として金貨50枚程は用意出来ていますが、足りますか?」



「5,50枚ですか…?それほどあるのでしたら、お城を建造でもしない限りは大丈夫かと……」



実はライアはこの数か月で、火竜のお金やワイバーンの魔石の料金以外にもたまに傷薬の販売も行い、1人で何とか金貨25枚もの大金を稼いでおり、さすがに金貨25枚では少ないかも?とリネットと相談することになった。



しかし、当初リネットは「かかるお金はボクが払うのですよ!」と何とも男前な話をされたのだが、さすがに男の子としてのプライドが許せず、さすがにそれはと反論した結果、ライアの持つ金貨25枚と同じ金額の金貨25枚を合わせた50枚が屋敷を建てる上での資金という事になった。



(……リネットさんと結婚するっていきなり決まっちゃったけど、念のために貯金してお金を貯めといてよかったよ……まぁ一気に全部使う事になるとは思わなかったけど)





「では予算に関しては問題は無さそうですので、派遣する大工達をこちらで要請しておきますが、よろしいでしょうか?」




「あ、はい……いつ頃になるとか、屋敷の設計とかって教えてもらえるのですか?」



「はい、もちろんです。大工達は屋敷を建築予定地に一番近い街……この場合はリールトンの街になりますね。そこに大工達を集め、そこでインクリース様方と屋敷の設計をしてもらう予定になります。……今のスケジュールですと移動時間も合わせて3か月後でしょうか?」



どうやらこの店自体は大工店というより、職人を派遣する為の場所であるらしく、ここには大工はあまり来ないらしい。



アイゼルも不動産兼大工と言っていたし、本来は不動産がメインなのかもしれない。



「……あ、一応リールトンの街じゃなく、一度王都に大工を呼びここで話し合う事も可能ですが、その場合、1か月程余計に時間が掛かってしまいますが、どういたしますか?」



「あ、ここにも大工の方が来るんですね……いえ、リールトンの街でお願いしたいです」



「かしこまりました。料金に関してもリールトンの街で設計した設計図を基に算出いたしますので、今回はお名前とお住まいの街、それにステータスカードの登録をお願いします」



「ステータスカード……お姉さんとですか?」



どうやら大工達との連絡をステータスカードの連絡機能を使うらしく、ステータスカードの提示をお願いされる。



「私は各地に支店が建つこの“働きアリハウスマン”で連絡係兼受付をしておりまして、代表から個人のとは別に支給されたステータスカードがあるのですよ。そこに登録してもらってお客様との円滑な情報交換を行っております」



お店の看板などは木槌のマークしか無かったが、どうやらこのお店は働きアリハウスマンという名前らしい。



(えぇぇ……ダサい…)



ライアは心の中で、あふれ出そうになる言葉を何とか飲み込むことに成功する。



「なるほど、ステータスカードの連絡機能を使ったやり取りなんですね……でも、登録者機能は個人登録しなければ使えないはずでは?」



本来ステータスカードは血を塗り付ける事で、完全に個人の物として登録することが出来、それに伴い【称号】と【魔物の討伐数】、そして【登録者】が使えるようになる。



なので、この女性は先ほど“店から支給された”と言った事に疑問を持った訳だ。




「ふふ、実は代表の考えで、連絡係に就いたスタッフは無償で個人登録をしていいステータスカードを貰えるんです。まぁお店の為に使う為、名前なんかはお店の名前ですが」




どうやらこのお店の代表とやらはかなり気前がいいらしく、連絡手段としては優秀なステータスカードを事業に利用しているようだ。



「すごいですね……わかりました。登録もお願いします」




受付の女性の説明に納得したライアは、ステータスカードを取り出し受付女性と登録を交わすのであった。












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