貴族の紋章
ライアはこの世界に転生してから初めての感覚に陥っていた。
「こ、これは……!?」
自分にこのような困難が待ち受けているなどとは
「知らなかった……俺……」
「インクリース様……」
目の前でガクリと膝を折るライアを悲しそうな目で見つめて来る、名も知らぬ店員。
「俺って……こんなに絵が下手だったなんて!!」
ライアは悲痛そうな声を上げて、半ば泣き出しそうな雰囲気を醸し出している。
そう、何を隠そうライアはとても絵が下手であった。
ライア達の目の前にはたった今ライアが描いた、棒人間から少しだけ進化した太みのある棒人間が描かれ、その隣には何やら不思議な模様が付いたヒトデのような絵が置かれている。
実はライアが絵を描くことになったのは、先程の紋章のデザインを決める上での大まかな指針を作る為であった。
アイゼルに言われていた火竜とダンジョンの関係したデザインを作るとなった時、店員に「インクリース様が思い描いているデザインなどはございますか?あれば軽くでいいので紙に描いていただければ助かるのですが」という話になり、その店員の提案に乗って絵を描くことになってしまったのだ。
最初はダンジョンをイメージした絵とは何だろう?と考え、何となくで冒険者を描こうとしてみたら、意外にも人の輪郭を描くのが難しく、一応人が掛かれているのだろうなとわかる絵が出来る。
その時点では店員も「大丈夫です、デザインの構図などを決めたいだけですので、何が描かれているのかとどこにそれを入れるかが分かれば」とフォローをしてくれていた。
ライアも自分は前世でも今世でも絵などは描いたことは無かったので、上手くはかけないだろうと思っていたし、中身が伝わればいいだろうと楽観的に思っていた。
しかし、人間の隣にアイゼルに言われていた“火竜”を描こうとしてみたら、思わず自分が描き出した物に絶句してしまい、冒頭のような状態が出来てしまったのである。
「インクリース様……気を落とさないでください……デザインの事は口頭で説明していただければ、こちらで何とか致しますので」
「すみません……」
店員の励ましもあり、ライアと店員はデザイン作成の続きを進めようと動き出す。
(……俺って、ここまで絵が下手だったんだな……いやまぁ、自分の絵が下手だって自覚できるんだし、頑張れば上達する……かな?)
今度、暇な時間を見つけて絵の練習でもしてみようかな?と密かに考えるライアの心には、確かなダメージがあったようであった。
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「調子はどうだい?」
ライアの壊滅的な画力が知れ、店員にデザインの方向性を口頭で何とか伝えていき、大体1時間程経った頃、アイゼルは宣言通りにお店に戻って来て、ライア達の居る作業ブースに入って来た。
「アイゼル様、お帰りなさい……デザインに関しては、少しだけ問題がありましたけど、店員さんに色々と助けてもらって、もうそろそろ完成しそうです」
「ほぉ?それは何よりだよ……問題?」
「……出来ればそこに関しては触れないでいただけると……」
アイゼルは何やら暗い表情で話すライアに何かを察したのか、特に話を掘り下げる事などはしないでくれた。
「出来ました!インクリース様、リールトン様、こちらでいかがでしょうか?」
アイゼルがやって来ていたのは作業中でも気が付いていたらしく、デザインの絵を完成させると2人で話していたライア達を呼び寄せ、出来上がったデザインを見せてもらう。
「おぉぉ……すごい……」
「うむ……さすがの出来だな」
「ありがとうございます」
店員の作り上げたデザインは、ライアが最初にイメージしたダンジョンに挑む冒険者と空を舞う火竜という大元をきちんと踏襲してくれたようで、基本的には冒険者と竜が前面に描かれている。
ただそれだけでは無く、冒険者が掲げる剣と竜のブレスがデザインの真ん中辺りで衝突し、如何にも竜との戦いを表現されている。
しかし、そのままではダンジョンの要素が殆ど無いと判断されたのか、冒険者と竜が描かれている周りにはダンジョンらしき洞窟の壁などが表現されていた。
ここまで来ると、ダンジョンの中で遭遇した竜と交戦する冒険者達の絵を見ているようで、こんな複雑なデザインを紋章にしていいのかと疑問も出てしまうが、アイゼルが特に何も言わないので、ありなのであろう。
「すごいですね……戦いの迫力という物が感じ取られる程です」
「確かにな……よし、紋章のデザインはこれで進めてくれ。鎧の方も任せるぞ?」
「かしこまりました」
ライアが完成したデザインに見惚れているのを横目に、アイゼルが店員と話を進めて行き、このデザインが本採用という事になった。
「ではインクリース様、採寸を行いますのであちらの別室に……きちんと女性の針子に測らせますので」
店員はライアの事を女性として扱っているのか、そんな気遣いを受ける。
「………いえ、私は男性でもいいんですが…」
「そうなのですか?……しかし、ライア様がよろしくてもこちらのスタッフが問題を起こしてしまう可能性もありますので、ご遠慮なく」
「あ、そうですか……ん?」
何やら店員に怖い事を言われた気がするが、深く聞く訳にはいかないなと考えていたら、更衣室的な部屋に押し込まれてしまったので、その話題を忘れることにしたライアだった。
それからすぐに女性の針子達が部屋に入って来て早速採寸を開始したのだが、鎧の採寸だからなのか、シシリー達メイド軍団に測られた時のように服を脱がされること無く、服の上から大まかなサイズを計るだけで終了し、あっという間に終わってしまった。
もちろん、スカートを履いているウエスト周りは測りやすいように捲られたりはしたが、こちらが恥ずかしい思いをしないような配慮はしてくれたので、とても安心できる採寸だった。
(……もしかして、メイドさん達の採寸とか着替えって、かなりアレだったのでは……?……いや、やめよう…)
ライアは恐らく気付かない方が心の安寧の為だろうと、それ以上考えるのをやめた。
部屋を出れば、アイゼルが何やら店員とやり取りをしているので、そちらに向かう事にする。
「お待たせしました」
「あぁ、早かったね……それじゃ、出来上がり次第、屋敷に届けてくれるよう頼むよ」
「かしこまりました、またのご来店をお待ちしております。リールトン様、インクリース様」
ライアがそこに合流すれば、話は丁度終わっていたようで、アイゼルは店員にライアの紋章と鎧の届け先を伝えて店を出るようだった。
「……アイゼル様、私代金とかまだ払ってないんですけど、物が届いた時に支払うのでしょうか?」
お店を出て馬車に乗り込む前に、ライアはふと思い出したようにアイゼルにお金の支払いを心配して質問を投げかける。
「あぁその事に関しては気にしなくていいよ、しばらくこの店には来れていなかったし、挨拶もかねているから私が代金は支払っておいたよ」
「えぇ!?さすがに良くしてもらい過ぎですよ!代金は払わせてください」
さすがにここ最近ずっとお世話になっているのに、自分の必要な買い物のお金を払わせるのは忍びなく、ライアはそう発言する。
「ははは!まぁライア君はそう言うかもとは思っていたが……安心しなさい、値段はそう大したことは無いし、先程も言ったように挨拶もかねた支払いだから私の為でもあるのだよ。……それにこれからは君とは家族となるんだ、義理の父親にこれくらいはさせてくれたまえよ」
「あ……ありがとうございます」
ライアはアイゼルの言葉に確かな親しみを感じ、ここで甘えないのは失礼だと思って、素直にお礼を伝えるのであった。
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