男爵位









「ライア・インクリース……火竜の討伐に続き、未確認のダンジョンの発見と新しい魔道具開発の功などを考慮し、そなたに男爵位の貴族位と新たなダンジョン周辺の領地を与える事とする。これからはライア・ソン・インクリースと名乗り、インクリース男爵家として、我がアンファング王国の力になるがよい」



「ハッ!!ありがたく頂戴いたします!」



王都に来てから、あっという間の5日間を過ごした後、ライアは国王のいる謁見の間にて、貴族の位と前にリールトンの街のギルドマスターと話していた新しい街……というかその領地を褒美として受け取る事になっていた。




「そしてもう一つ……これはそなたと親しいリールトン伯爵からの提案だ」



「………」



国王の言う“もう一つ”という言葉に(ついに来たか……)という思いを噛み締めながら、国王の次の言葉を待つ。






「リールトン伯爵家が3女、リネット・リールトンとそなたの婚約を私がここに認めよう」





(先生ぇぇ………)




ライアは何とか崩れそうになる表情を押し留め、静かに頭を下げるのであった。
















―――――――5日前……








「アーノルド様……私が貴族に……とはどういう事でしょうか?」




ライアはアーノルドの言葉に動揺するが、そんな話など聞いていないし、何か勘違いがあるのかもとアーノルドに確認の意を込めて質問を投げかける。




「む…?リールトン伯爵から聞いていないのか?今回の謁見で、ライア殿は功績を認められ、男爵位の貴族になると聞いたのだが……」




「き、聞いてませんが……」




どういうことだ?とライアは落ち着かない頭で、アイゼルとの会話を思い出そうとするが、アーノルドはさらに爆弾を落としてくる。




「……だが、リールトン伯爵家の3女との婚約の話はさすがに聞いているのだろう?」




「………コンヤ……ク…?」




ライアはアーノルドの言葉を聞いた瞬間に屋敷で待機させていたアインスをすぐさまアイゼルの執務室に走らせようと部屋を出させる。



『……!?…どうしたんだアインス!?』



『すまない!どうしても確認しなければいけない事が!!!』




屋敷の廊下には色々なメイド達や使用人もおり、走り去るアインスを呆然と見ていた。



普段であれば、貴族の屋敷でこのようなマナーの悪い事はしないのだが、さすがに案件が案件なので冷静に歩いて行けるわけもなく、すぐさま執務室に到着する。





―――――コンコンコン!!!



『アイゼル様!アインス……いえ、ライアです!!無礼はわかっていますが入室よろしいですか!!?』




ついにはアインスの演技もかなぐり捨て、執務室の扉を気持ち強めにノックをし始める始末。



さすがにこれにはアイゼルも驚いたのか、中から『ど、どうぞ?』と驚愕と困惑混じりで入室許可が下りる。




――――ガチャ!


『失礼します!アイゼル様!リネットさんとの婚約って何ですか!?』



部屋に入るなり、息を付かせぬ間に要件をアイゼルに質問すると、アイゼルは『あぁなるほど…』と納得の表情を浮かべる。




『あぁ、アーノルド王子から聞いたのかな?本当であれば謁見の日の前日までは秘密にしようかと思っていたのだが……』



『ど、どういう事ですか……??』




どうやら、秘密にしていたのは故意であるらしく、婚約の話を出しても特に驚いた様子は無く、淡々と話を進めて行く。




『いや、すまないね……本当であれば先にライア君にも確認しなければいけない事なのだろうが、リネット本人から出来るだけ隠していて欲しいと言われていてね』



『は、はい…?リネットさんも知っているんですか??』




今現在、リールトンの街の工房にて、分身体と一緒に居るが、婚約の話など一切出ていないし、そう言った素振りなんかもない。




『そうだね、最初に私がこの話を持って行ったのもリネットだからね、知っていて当然さ』



『えぇ……婚約ってお互いに話し合ったり、恋人同士になってからするものでは…?』



ライアはさすがに、この世界の婚約の仕方が、これほどいきなりの物とは思わず、どうしても前世の記憶にある恋愛観に引きずられて、正常な判断が出来ないでいた。




『……?……あぁ、もしかしてライア君はもう婚約が成立しているとか思っているのかい?』



『はい…?』



異世界貴族の結婚事情って怖いなぁと思考を巡らせていると、アイゼルは何かライアが勘違いをしているのではと指摘をしてくる。




『先ほども言っただろう?婚約の件は謁見の前日にでも話そうと……その日に君が婚約を断るのであれば、婚約の件は無しにして国王陛下からの褒美で終わる予定だったのだよ』




『……そうなんですか?』




どうやらライアにも婚約の反対をする権利くらいはあるらしく、先ほどまで勘違いしていたような強制的な婚約話という訳では無いらしい。




『では、どうして謁見の前日になるまで秘密にしようと…?』




『あははは、それに関してはリネットから聞いた方が良いのではないか?私もきちんと理由を聞いたわけでは無いので、憶測になってしまうからね』




そう言えば、この婚約話を謁見の前日まで隠すように言っていたのはリネットであるし、婚約の相手であるリネットに直接聞いた方が良いだろうと、意識を工房の方に移すことにした。











――――――工房の分身体ライアSide






「……という事らしいんですけど、どうしてリネットさんと俺の婚約を隠してたんですか…?というかどうして婚約という話になったんでしょうか?」





工房で合成魔石の実験をしているリネットに「婚約のお話がございます」と伝えれば、なぜか「もうなのですか!?」と驚かれるという場面もあったが、ひとまず落ち着いて、ライアがどうして婚約の件を知ったのか経緯を先に話した後、本題に入る。





「……ついにバレてしまったのですか……バレたのであればお話しますのですよ」




リネットはそれからどうして婚約の話が出たのかを話し始めてくれた。




「ライアの貴族位を貰うというのは聞いているのです?……実はライアが貴族になると色々と問題もあったりするので、その問題を解決する為に一番有効な事が貴族の人間と結婚する事なのですよ」



「……俺は貴族になりたいわけでは無いんですが……」



「そこは功績をあげて、国王陛下に放ってはおけないと思われてしまったのですから、諦めて欲しいのですよ」




どうやら今回の貴族位を貰う事に関しては、ライアをこの国の貴族という名の首輪を付けておきたいという思惑もあっての事らしいので、今更貴族位を断るという事も出来ないらしい。



「それで、俺が貴族になると出る問題とは?」



「一番の問題に関しては、他貴族間の関係性なのですよ。…各地で領地を持っている貴族はその土地の中だけで生きて行ける訳もないので、他の街から輸入や人員補充をしなければならないのです」



これに関してはライアも前世で日本に住んでいたので、輸入品に頼っていたり、逆に国産の物を外に輸出しているのは知っていたので何となく、話は理解できた。




「その際に、元平民であるライアがいきなり『食べ物が欲しい』とお願いしても、気前よく売ってくれる貴族は少ないのですよ」




ライアはリネットの話に「なるほど」と相槌を打つ。



つまりは信用などが一切ない状態で、自分達の土俵である貴族の位に上がって来た元平民とは表立って仲良くはしたくないという事なのだろう。



「それで、信用ある貴族の人間と結婚して、その貴族の親戚になれば問題は解決されると……」




「それ以外にも理由はあるのですけど、そこだけ分かってもらえれば大丈夫なのですよ」




どうやら、ライアが貴族の道を降りる事が出来ないという事であれば、ライアは貴族の人と結婚するのが得策というのはわかったし、うぬぼれで無ければライアと結婚を考えてくれるほど仲が良い貴族と言えば、リネット達のリールトン伯爵家しかいないこともわかった。




「……ならどうして、俺にその事をすぐに話してくれなかったんですか?俺が聞いてどうにかできる問題でもなかったですけど、隠される必要もなかったような…?」




「………むぅ」




ライアの言葉に、何か若干の不満点でもあったのかリネットは少しだけ不機嫌になってしまう。




「……さすがにボクにだって、羞恥心くらいはあるのです……面と向かって『ボクと結婚しましょう』なんて恥ずかしくて言えないのですよ」




「あぁ………すいません…」




最近はリネットとずっと工房の同じ部屋で過ごしていて、そう言った照れなどはほぼ皆無になっていたが、言われてみればそんな告白まがいの事を言わせるのは確かに酷だと理解した。




「……でもさすがにリネットさんはこの婚約に反対しなかったんですか?言ってしまえば俺の為に結婚をしてもらうような物なのに……」




ライアはリネットが好きでもない人と結婚することに嫌な気持ちは無いのかと質問を投げかける。




「ライアと結婚したら、新しい街でずっと≪錬金術≫の実験が出来そうですし、新しいダンジョンの魔石も気になるのですよ」




「あぁ……なるほど、ダンジョンの周りの領地が貰えるのであれば、ダンジョンで取れる魔石は殆ど俺達が買い取れますしね」




ライアはリネットの理由に「先生らしいね」と納得する。




「………まぁ好きでもない相手と結婚するほど考えなしでもないのですが……」




「はい?」




「なんでもないのですよ!」




何やら最後にリネットが何か言っていた気もしたが、うっすらとした小声であった為、きちんと聞き取ることは出来なかったのであった。











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