ひと月の間の受付嬢










―――――アハトSide




「暇っていいですねぇ……」



「ミリーさん?受付で寝そべっているとセルスさんに怒られますよ?」



実はライア達が王都に向かってひと月の間、ここ、リールトンの街の冒険者ギルドは殆ど冒険者が居ない状況が続いており、業務が殆どない暇な日が続いていた。



それというのも、実は冒険者達は火竜騒ぎで色々な街に依頼で護衛しに行ったり、火竜討伐戦に参加などをして、領主からの特別手当が与えられたので、しばらく休暇を取っている冒険者達が大勢いる為だ。




「だってぇアハトちゃん……仕事もしないでただ暇を過ごすだけでお給料もらえるんだよ?こんなの寝っ転がって幸せを嚙み締めないとダメだね!」



「どういう理屈ですか……」



現在も受付はアハトとミリーしかおらず、セルスも出勤しているが受付業務が無いので、違う仕事をしに離れているので、ミリーは受付の机に顔を付けてだらけている。



「やぁアハトちゃん。……随分と暇そうだね?」



「あ、ゼルさん、依頼お疲れ様です……休暇中の冒険者達が戻るまではこの調子だとは思いますので、依頼は溜まる一方ですね。ゼルさん達が依頼を受けてくれていて、助かってます」



そんなミリーに注意しながら過ごしていると、休暇を取らずに依頼を受けてくれている数少ない冒険者パーティのリーダーであるゼルが受付のある2階に上がってくる。



「依頼は全然構わない…っていうか、寧ろ今受けた方が実入りは多いからね。休養を取るならまた冒険者ギルドが騒がしくなってきてから取らせてもらうから気は使わなくていいよ」



「そう言っていただけると……」



確かに今は依頼を受ける冒険者が極端に少ないので、依頼料が割り増しであったり、簡単な依頼などを優先的に選べるというメリットはあるだろうが、火竜の件で忙しかったのだから休みたい気持ちもあるだろうにそう言ってくれるので、とても感謝している。






そう話しながら、ゼルの依頼完了の処理をしていると、ゼルは何かを思い出したかのように話し始める。




「……そういえば、ここに来る時に大通りにある公園で騒ぎがあったが、あれって……」



「……すいません…ツェーンのライブです…」



実はここ1か月程、受付業が暇なのもあるかも知れないが、受付嬢の分身体3人の中で、受付業務をしているのは殆どアハトだけになっていた。



というのも、前回大通りで行なったライブ?で話されていた楽団とやらがつい先日、正式に出来てしまった。



そう、のである。



ここひと月の間に楽団に必要な団員、楽師達やその楽師達や楽器を運ぶ楽団専用の馬車にその楽団を宣伝する人や公演する場所の確保係など、かなりガチ目な楽団がたったのひと月で出来たのだ。



その知らせを伝えに来た出資者兼発案者の商人であるカルデルに思わず「本当にやってしまわれたのですか?」と少しだけ混乱しながら心の声が漏れるが、特に気にはしないでくれた。



それからはギルドマスターの「面白そうだし、ギルドも暇で丁度いいからそっちで頑張って来い」とノリで許可が出た為、ツェーンは楽団の歌姫として出張して行っているという訳だ。





「なるほどな……君の……いや、ツェーンちゃんの歌は人を引き付ける何かがあるのだろうし、皆が喜んでいるのだから、私はいいと思うぞ?」



ゼルはどうにも浮かない顔をしているアハトの表情を見て、フォローをかけてくれる。




「アハハ…すいません気を使わせちゃって。これも私が流されて断れなかった事が原因ですし、大丈夫です。……ぶっちゃけ、もう楽しんでしまえーって思ってますから」



今までアカペラで歌っていたところに音楽が加わり、観客がいるという点は違うが、気持ち的にはカラオケを歌っているもんだろうと最近は楽しめている気もするので、ゼルに心配は要らないと謝罪する。




「そうか……そういえば、もう一人のノインちゃんはどうしたんだ?最近は見ていないが」



「あの子は別件で動いてますよ?……これは冒険者ギルドの仕事かは微妙なんですけど、エルフ達の生活面で問題は無いかの調査をさせています」



本来であればこれは領主側が調べる問題なのかもしれないが、どうにもエルフ達がノインの事を気に入ってしまって、調査の仕事をノインに回されたのだ。



エルフ達は最初、魔道具の存在を知らず、生活に不便している所にノインが救世主のように様々な物の使い方や、人間達の料理の事を教えているうちにすっかり仲良くなったのだ。



なので、ここ最近はエルフ達の所で何か問題は無いかを調べる為、ずっと付きっ切り状態なので、こちらには来ていないという事だ。




「……なんかアハトちゃん達…どんどん忙しくなってないかい?」



「これに王都では情報収集で3人ほど分身体を働かせていますから、なんだか最近は働いていないと若干落ち着かなくなってますね!」



「休みなよ!?それはいけない兆候じゃないかな!?」



若干のワーカーホリック気味なのは少し自覚はあるが、それでもライア本体とアインス達は殆ど何もしていない日々を過ごしているので、帳尻は取れているとは思うが。




「まぁ私の本体は結構休んでいますので大丈夫ですよ……ゼルさんはこの後どうされますか?」




「それは大丈夫と言っていいのか?……俺はこの後、ミリアナと少し道具の買い足しや必要品の補充の予定だ」




今ここにいないゼルのパーティである、弓使いのミリアナと出掛けるというゼルに少しだけ疑問がわく。




「道具の買い足しなのに、タリスさんは一緒じゃないんですか?」



ゼルさん達は3人パーティなので、冒険者業に使う道具などの買い物は全員で行なう物だと思っていたので、そう質問する。





「……普段ならそうするのだが……ツェーンちゃんのライブが行われている公園を横切る時に「2人とも!俺は少しばかり行かないといけないとこが出来たみたいっす!!」と言って、走り去ったのでな……」




タリスは未だにライアに好意を向けてきており、近くにツェーンやアハト、それに他の分身体を見かけるとすぐに飛んでくるので、それでゼル達2人で買い物に出掛ける事になったようだ。




「……なんか……すいません……」




「いや、大丈夫さ……」




歌を歌っているツェーンの視点からタリスが最前列にいたのを見つけると、ものすごい罪悪感が沸いたので、ゼルに謝罪をしておいた。













「へぴー………へぴー……」



ちなみに余談ではあるが、隣の受付にいたミリーは、ゼルがいるにもかかわらず、受付の机に突っ伏して寝ていた。














  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る