第8話 決着

 右へ左へとステップを踏みながらリュートの攻撃を避けていく。先ほどの一撃には驚かされたが、こちらが油断していたことが理由だろうとあたりをつける。甘く見たことを反省し、彼の動きに合わせて回避する。先ほどまでは直線的な動きが目立っていたのに対し、今はその動きを上手に使われている。

 それにしても、さきほどまで喧嘩をしていた二人とは思えないほどですね。

 素直に感心しながら、左後ろの死角から飛来する氷の礫を打ち落としながらリュートの拳を躱す。次から次へと絶え間なく行われる攻撃。どこか余裕をもって対処しているショウに、焦り始めているのはヴェルメの方だった。


 当たらない––!

 完璧に死角から攻撃できている。その上でリュートの攻撃のタイミングとほぼ同時に行っているはずだ。なのにも関わらず、軽々と躱されてしまうのはやはり実力と経験の療法に差があるからだろう。焦燥と不安が脳裏から離れないが、それでも魔術制御を手放さないように集中する。負けたとしても自分に不利益はない。むしろ家に泊めさせてやったりしなくて済む分、メリットの方が大きいだろう。


「けど、言っちまったからな……」


 思い出すは先程の約束。我儘を聞いてやると言ったが、あんなことを言われるとは思っていなかった。そもそも、何が俺に出来ることは全力で殴ることだけ!だ。それだけでプラチナムになれると信じていることも、ましてやあの組合長に勝てると思っているのも自分には理解できない。あいつのことはどうしようもない馬鹿だと思っている。


「だからこそ、俺が考えてやんなきゃな……‼」


 組合長がなにかしらの魔術を行使して彼の感覚を強化していることは分かっている。ただ、それがどの感覚器官を強化しているのかが分からない。氷の礫を何度も何度も死角から放っているが、それでも当たる気配がない。リュートの行動を見てから躱していることから視覚の強化は行っていることは分かる。しかし、視覚以外のどこを強化しているのか聴覚なのか、感覚なのか、はたまた嗅覚なのか、それとも豊富な戦闘経験からなる“勘”と言われるような第六感の存在なのか。

 勘だった場合は、詰む。経験からくる予測に関しては、彼に経験からくる予測を上回る攻撃を行うしかない。現状、僕にはそんな魔術は学べていない。ならばどうするのか。


 ––––圧倒的物量で、落としきる!


「リュート! いったん退け!」


 一瞬不服そうな顔をしながらも、組合長の背後に現れた無数の氷の礫が現れる。リュートの方から目を外し、逃げ場を無くすように迫りくる目の前の氷の礫を全て薙ぎ払う。さらに真後ろから放たれた氷の礫を、自身の愛刀に流す魔力量を上昇させ火力を上げて全てを蒸発させていく。放たれた全ての氷の礫も蒸発させ全方位からの攻撃を防ぎきり、刀を払う。そして、余裕たっぷりに片手で眼鏡を押し上げながらそんなものかとでも言うようにこちらを見てくるのだ。


「……出鱈目だな。」


 あんな人間離れした芸当、苦笑しか出てこない。実力差があるのは理解していたがこれほどまでに大きな壁だとは……。けれど、知りたかったことは知れた。完璧かのように見えたあの人の防御を崩す下ごしらえは完了した。一旦退いたリュートを呼び、この後の作戦を伝える。


「これは、分の悪い賭けみたいなものだ……それでも、やれるか?」


「やるに決まってる! 俺はこのまま、のこのこ帰るわけにはいかない!!」


「……分かった。 なら、俺を信じて突っ込め!!」


「おう!!」


「……作戦会議は終わりましたか?」


「ああ、あんたに一発ぶち込む準備はできたぜ!!」


「それは元気でけっこう。なら、一発ぶち込まれることを楽しみにしますね」


「~~~ッッ!! 絶対、一発ぶち込む!!」


 意気込みながら走り始める。一直線で向かってくるリュートに対し組合長は居合の構えを取る。組合長の間合いに入る、その直前に死角から先程とは少し違う巨大な氷の塊が数個ほど出現、それと同時に魔力を帯びた霧を展開する。なるほど、先程は量を纏めて全方位からぶつけることに注力していましたが、今回は氷塊の魔力密度を上げ、なおかつ霧を展開することでリュート君が陽動兼決定打そのどちらにもなるという考えですか。どちらかを防げばどちらかを防げない。


なるほど––––




「甘い」


《 焔よ 壁と成り 我を 守護せよ 》


 背後から迫りくる巨大な氷塊から塞ぐように地面から火炎の壁が沸き立つ。背後から迫る氷塊は音を立てて溶けだしていく。そして霧の中を正面から突貫してきたリュートを刀の柄で壁まで殴り飛ばす。壁まで吹き飛び土埃を立ち上げたリュートを一瞥し、真正面からこちらを見据えるヴェルメを見返す。


「これで、終わりですか?」


「…………」


「正直、がっかりです。リュート君の速度は冒険者の中でもピカイチと言えるのにその速度をかく乱ではなく一直線に進むだけにとどめたことも、ヴェルメ君が仮とはいえ同じパーティの味方にその指示を出したことも。君たちは資質のある方だと考えていたので余計に、残念だ」


 リュートの強みはヴェルメの魔術を素手で壊すことのできるような身体強化術ではない。年齢相応の小柄さを利用した視界から消えたと錯覚させるようなスピードとその小柄さからどうやって出ているのかと言えるほどの年齢不相応なパワーである。その中でもスピードは若干12歳というのに組合の中でもずば抜けて早いだろう。

 酷く落胆した表情を隠そうともせずに、既に終わった……終わってしまった戦闘を思い返し今回の戦闘の反省点をつらつらと上げていく。しかし沈黙を貫き続け未だ表情の見えない。落ち込んでいるのだろうか、それとも久しぶりに味わった敗北に呆然としているのか、どちらにせよ今回のことは彼らにとっていい経験となるだろう。リュート君の夢を応援していないわけではないが、正直彼は若すぎる。


「確かに、組合長の言い分はその通りだと思います。実際あいつは自身のスピードに身体が追い付けていなくて身体が振られている。だからこそ一直線に最速で向かう事であいつのスピードを生かすことが戦闘スタイルだった。それはある種の強みで、ある種の弱みでもある。だからこそ俺は一つだけ教えたんです。自分の速度に振られてもいいから、回り込め」


周囲に漂う霧の中、突如としてリュートの姿が現れる。その勢いのまま組合長を殴り飛ばす。リュートのほぼ最大速力を利用した拳はリュートを吹き飛ばしたと思っていた壁まで弾き飛ばしていた。その位置はちょうど組合長が殴り飛ばしたと思っていたリュートを模した何かの隣だった。


「どうだ!!あてたぞ!!」


「当たるように俺が誘導したから当然だろ」


「んだよ!俺が吹っ飛ばしたんだ!!」


「だから、俺のおかげだろうが!」


「いーや!! 俺のおかげだ!!」


「なんだと!!」


「んだよ!!」


 全く当たらなかったからこそ、この一撃を当てたことによる喜びも非常に大きい。その嬉しさが滲みだすように少しずつ二人の声が大きくなる。段々と喧嘩じみた感じになってくるのは年相応なのかそれとも仲がいいからなのかは分からない。

 壁まで吹き飛ばされた組合長は片手にリュートとほぼ同じ背格好の氷の人形を掴みながら土煙の中から現れる。眼鏡を押し上げながら現れたその雰囲気は先程の落胆したような空気から一転しており、納得と驚きが半々といったところだろうか。


「なるほど、私が炎の魔術とヴェルメ君の氷の魔術で発生した霧とヴェルメ君が追従発動させた霧の魔術を混ぜ合わせてかく乱させ、リュート君の魔力を纏わせた氷人形をリュート君の直線軌道のまま突撃させる。そして私がリュート君を吹き飛ばし戦闘不能状態にしたと誤認させたところをヴェルメ君が無詠唱で発動させた氷の道を滑走しながら真横までに迫ってきたリュート君が一撃を加える。そんな所ですね?」


 長年の経験と彼らの戦闘を見てきた者としてほぼ確信に近い彼らの行動を想像しつらつらと言葉を発する。そのほとんどが正解であり、間違いなど一つもなかった。


「さすが組合長。ほとんどその通りです」


「でも、一つだけ聞きたいことがあります。君の魔術ではリュート君の速度は出すことができない。彼のスピードは彼が自身に身体強化術をかけることと小柄な体躯を利用した瞬間的な速度超過スピードオーバーです。言い換えれば初速が最高速でありその後は緩やかに下がっていく。その超スピードをヴェルメ君のこの人形では再現できない」


「僕も最初はそこが気がかりでした。同時に走り出したとしてもこいつの速度には追い付けない速度重視した氷の礫がやっとです。だからこそ、こいつに握らせたんです」


 飛び掛かってくるリュートを氷の檻に閉じ込めたヴェルメの手には自身の魔術で生み出した氷の礫が握られていた。そこには魔術文字が削り入れられていたのだ。


「なるほど……。リュート君が初速のままスタートダッシュをし、その勢いを利用して人形になるように細工された氷の礫を投擲する。礫が人型に形成できるまでは私の死角に氷の槍を形成し意識を割かせる」


「ついでに言うと、最初に地面を湿らせて凍らせることで疑似的にこいつの速度を再現したってところですかね」


「……確かに、それならば納得できます」


 そう言うと同時に組合長の左胸に着けていたエンブレムにヒビが入る。一瞬驚いたような顔をするものの、先程の威力を考えれば当然かと未だに痺れている左手を見つめ数度握って開いてと調子を確認する。氷の檻から出てきたリュートとじゃれあっているヴェルメの二人を見ながら、ため息を零しつつも仕方ないと思うのだ。

 確かに、あの人も一度決めたら曲がらないような人だった……。全く、本当に血は争えないものなんだな。


「今回の勝負は君たちの勝ちです。勝負の勝利条件なんて決めていなかったので私が満足するまで戦ってもらう予定でいましたが……今回ので分かりました。いいでしょう、君たちが魔窟に挑戦することを認めます」


「––––ッツッしゃぁぁぁぁ!!」


「……!!」


 身体全身で喜びを表現するリュートと控えめながらも確実に喜びを嚙みしめるヴェルメ。しかし、その喜びの雰囲気を引き締めるように戦闘時とほとんど同じような重圧を放つ。


「けれど、忘れないでください。魔窟に潜れるということは一歩間違えれば君たちは命を落としかねないという事です。ミスは許されない……私が許さない。挑むなら生きて帰ってください」


 それは確かにショウから彼らへの激励だった。

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ドラゴ・ソウル 悩縲 @nora293

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