第7話 実力検査

「––––嫌です!!」


「確かに、ヴェルメ君にお願いするのは間違いかも知れない。けれどお願いできそうな人が少なくてね。君にしかお願いできないんだ」


「それでも、家族に話をしなければいけませんし……」


「大丈夫だよ。ご家族には先に連絡させてもらって許可は得ているんだ」


これだから大人は!!そう叫びたくなる衝動を抑え、どうすればリュートを預からずに済むか頭を悩ませる。どうすれば、どうすれば––!結局、いい案は思いつかずに流れるままに話が決定してしまった。幸いにも食費や日用品などにかかる費用はこちらが持つため必要なものはこちらに請求してくださいと言われる。そこまで言われてしまえばこちらとしては寝床を提供することしかすることがないのだ。ご飯を作るなどの手間が両親にかかってしまう事はあるかもしれないが、自分がそれを手伝ってしまえばいいだろう。最悪リュートにも手伝ってもらえばいい。


「……分かりました。その件、引き受けます」


 きっと両親も自分よりも年下の男の子が来るなんて言えば嬉しがるだろうし、経済的な面を任せていいというならば状況的には特段変わったこともない。手間は増えるが、それだけだ。僕が手伝えば大丈夫だろう。


「ありがとうございます。何か必要なことがあれば連絡してもらえればすぐに対応しますね」


「分かりました。その時はまた連絡します」


「なあ、これおかわりくれよ!」


 こいつ、本当に話聞いていたのだろうか。怪訝な眼差しを向けて紅茶を飲む。いい香りのする紅茶のおかげで落ち着いた気持ちが戻ってくる。思っていた以上に喉が渇いていたようで、ほとんど飲み干してしまった。そんなカップを目にした組合長が淹れますよなんて言いながらカップを受け取る。淹れなおされたカップを受け取り、ほっと息をつこうとした時、リュートの一言でそれが不可能になった。


「なあ、ショウさん。俺と決闘してくれよ」


「ブッッッ!!」


「それは、なぜですか?」


 こいつ本当に何を考えているんだ!?!?!本当にさっきの話を聞いていたのか!?

 さっきの話を全てなかったことのように話すリュートに初めて戦慄する。確かに組合長の怒り方は怒るというよりかは諭すというのが近いが、それでも怒られていた事実が消えるわけではない。


「だってよ、俺はまだプラチナムにはなれないんだろ? それは実力が足りないって周りから考えられてるからだ。それなら組合の一番強いやつを倒せば俺の実力は大丈夫ってなるだろ」


「それは……随分と、極端な考え方ですね。」


「シツレーなことだってのは分かってる」


 そこで言葉を区切る。後に続く言葉を発そうとは思っているのだろうが、うまく口が動かない。リュートは子どもながらにも理解している。我儘を言っていることも、自分が英雄になることを急いでいることも。けれど、それでも彼は止まれないのだ。単に村に帰りたくないという理由ではない。彼の母がその程度で帰ってくるな、なんて怒る人ではないということを彼自身が理解しているし、多分このまま帰ったとしたら逆に怒られてしまうだろうことを分かっているからだ。

 リュートは正しく理解したいのだ。ずっと英雄を目指して、そのための努力を積んできた。けれど、村で行えるようなトレーニングには限界が来た。しかし、魔窟に入るには許可証が必要となる。そのためにここまで来たのだ。


「きっと……あんたたちにとって俺はまだ子どもで、“守るべき対象”なんだと思う。けど、俺も今の俺がどこまで通用するのか知りたいんだ」


「…………なるほど、そういうことだったんですか」


 ショウとしてはこんな小さい子どもが命の危険を冒してまで魔窟に向かうことはしてほしくない。それは良識ある大人ならばそう思うだろう。危険な場所は大人が向かうべきだ。そう思っているからこその冒険者規約なのだ。これは子どもだけでない、冒険者である人たちを守るためのルールなのだから。


「分かりました。リュート君がやりたいことをするために、プラチナムになる必要がある。私は冒険者規約の上で君のような子どもを実力も分かっていない状態で送り出すことは出来ない」


「それなら––––!!」


「実力の証明、それをするために決闘を行う。承りましょう……ですがこちらからも条件があります」


「チャンスがあるなら何でも受けてやるよ!!」


 やる気を胸に秘め、勝気な笑みを浮かべる。自分の実力には自信があるのだ。きっとこの人を納得させてみせる。先ほどまでの一寸先も見えないような状態とは打って変わって、自分のやることが明確になった。ならばあとは突き進むだけだ!


「納得していただけるならなにより。条件の一つ目はヴェルメ君と一緒に戦う事。これはそもそも魔窟に入る際は1人ではなく、原則2名以上の冒険者でパーティを組んでいただくことになりますので、それの予行練習とでも考えてください。先ほど決闘を行ったのならどんな戦闘スタイルなのかもわかるでしょうしね。次に、ブローチを装着すること。これは先程の決闘で説明された通り、ダメージを肩代わりするためのものなので必須です。最後は……まあ、私への縛りですね。基本的に私は片手剣を使用しますが、その剣は鞘から抜きません。これは手加減ではなく、対等に戦うための措置です。間違っても『嘗められている』なんて思わないでくださいね」


「ああ、分かった! 絶対に認めさせるからな!!」


「ええ、楽しみにしていますよ」


 にっこりと笑い、右手にカップを持って少し冷めた紅茶を一口。ほのかに香る優雅な香りがショウの気分を落ち着かせる。いつぶりだろうか、人と戦うことになったのは。一応毎日鍛錬自体はしているから動けないことはないが、いかんせん事務仕事続きで体がなまってしまっているかもしれない。目の前で闘気をむき出しにしている少年を見て、少し早まったかもなんて思うのはきっと自分が年を食ったせいだろうとため息をつき、先程連絡した闘技場の管理者からの返信を受け取る。


「じゃあ、闘技場の方へ行きましょうか? 私の方からすでに伝えてありますから」


 闘技場の方に移動し、管理者からブローチを人数分受け取る。ヴェルメとリュートの時のような審判役は存在しておらず、もちろん観客も存在しない。ヴェルメとリュートの時はロビーで大々的に自分の夢を語ったリュートに対する興味と、ヴェルメという神童が戦うというマッチアップだったために集中したからである。


「さっきのヴェルメの魔術跡がない……」


「ああ、その事でしたら基本的にこの闘技場では状態維持の魔術がかかっているため激しく壊れることは無いんです。ただ、直接地面に干渉する魔術を使用されれば変形させることは出来ますが、普段使用している感覚で行うとごっそり魔力を削られるので気を付けてください」


「ほーん……なるほどな~」


 ブローチを受け取り、初期位置に着く二人と一人。二人のうちの一人はなぜ自分がここにいるのか納得していない顔をしており、もう片方はやる気十分と言ったようにその場で跳ねていた。対する一人は落ち着いた様子で、久しぶりに握る片手剣を軽々と振っている。いつの間にか猫背で曲がっていた背中はしゃっきりと伸びており、普段事務作業をしているとは思えないほどの重圧を放っていた。


「準備は出来ましたか?」


「バッチリ!!」


「……いや、一つ聞かせてもらいたいんですけど」


「おや、不満そうな顔ですねヴェルメ君。どうしましたか?」


「なんで僕はリュート君と一緒に戦うんですか? 彼の実力を知りたいなら一対一の方が都合がいいでしょう?」


「ああ、そのことですか。例えばこれから彼がプラチナムになったとして、彼は魔窟に入るためにパーティを組む必要があります。そのための予行練習ですよ」


「本当にそれだけですか……?」


 胡散臭そうに組合長を見るが、動じた様子はなくむしろニコニコとした笑みが返ってきただけだった。聞きたいことはそれだけだったのでローブの内側、左胸にあるポケットから杖を取り出した。一応、戦う意思はあるようだ。


「それでは、始めましょうか」


「俺だけで、終わらせる––––!!」


 リュートの初撃は、一瞬だった。開始の合図とともに身体強化術をかけ、ショウのもとへ一直線に向かって行く。作戦も何も決めていなかったため、悪態をつきながらも咄嗟に初速が早く防御可能である魔術を唱える。


《 氷塊よ 空を切り 彼を 守護せよ 》


 生み出されたこぶし大の氷塊がリュートに追い付き、周囲を舞う。瞬間、氷の魔術は音を立てて、砕け散った。燃え盛る炎とそれを生み出している剣。その剣は鞘に収まっている特殊な状態にもかかわらず全体が激しい炎に包まれている。しかし、激しく燃え盛るそれを左手で持っているショウは熱さを微塵も感じているようには見えず、飄々としていた。県からあふれる熱気によってショウの姿が揺らめき、その巨大な炎にリュートは思わず感嘆の声を漏らしていた。


「すっげぇ……」


「危なかった。とりあえずブローチは守れたね?」


「ああ、助かった! ありがとう」


「お礼は良いけどむやみに飛び込まない方がいい。組合長のことは知っているだろう?」


「ん? 知らねえ!」


「知らないのに決闘を申し込んだのかい……?」


「なんだよその顔! 俺今日こっち来たばっかなんだから知るわけねえだろ!」


 べーっと舌を出し、抗議の声を上げる。抗議されているヴェルメというと、相手の実力も知らないで決闘を申し込むなんて……それも組合長に。呆れを隠そうともせずにリュートの頭を叩く。普段は冷静な彼でも今回ばかりは馬鹿だこいつという感情のまま行動してしまったのだろう。


「痛っ! 叩くな!!」


「叩きたくもなるわ!! 何考えて挑んだんだよ!」


「知らねえよ!! 俺はこうすればプラチナムになれると思ったからこうしただけだ!!」


「なんでそんなに考え無しなんだよ! 普通相手のことを知ってから挑むだろ!!」


「そんなの知らねえよ! 俺は俺のやりたいことをやるんだよ!!」


「っんの! 我が儘野郎!!」


「ちげえよ! やりたいことを貫き通してるだけだ!!」


 ギャーギャーと騒いでいる子ども二人をやはり子どもなんだろうなと納得する。特にヴェルメがあんな風に感情全開で人と言いあうなんてことは珍しいことだった。年の近い友人が今まで居なかったからなのか、ああいう風に話せる相手がいるという事はいいことなのだろうとホッコリする。


「なにホンワカしてんだよ!」


 そう言うと、もう一度突撃する。しかし、先程と同じように軽々と跳ね返されてしまう。ショウとしては彼らの若さゆえのじゃれあいについて楽しそうに見ていたのだが、それも油断していると映ってしまったらしい。

若さゆえに無茶をしてしまうというのは過去の自分を見ているようでなんだか懐かしさを感じてしまう。自分にもあんな頃があったな……。

もう戻らない現役のころを思い出し、懐かしむ。その状態を好機ととらえたのかもう一度リュートが距離を詰め拳をふるう。しかし、その動きが直線的なためやすやすと躱されてしまうのだが。


「だからっ、むやみやたらと突っ込むなって言ってるだろうが!!」


 四度目の突撃が地面から出てきたヴェルメの氷の壁に阻まれる形で終了する。不服そうな顔をしながらヴェルメの元まで退がり、抗議の声を上げる。


「なんでだよ! こういうのは押して押して押しまくれば勝てる!!」


「その根拠のない自信はどこから来るんだ!!」


「俺の武器は自信だ!!」


「根拠のない自信は無謀なだけだ!」


「うるせぇー!! 難しいこと言ってんな!!」


 一向に止まらない二人の口論に対していい加減、懐かしさというよりかは呆れに近くなってくる。確かに昔の私もライバル視していた相手がいて、彼に対しては態度に現れていたけれど彼らほどだっただろうか……?と疑問符を浮かべる。まあ、彼らにとってもそれが必要なことだろう。


「いいか、まず一つ教えておくが、そもそも組合長は過去に英雄候補と呼ばれていた人だ」


「え!!? てことは、あいつは、ヒヒイロカネクラスの冒険者だったのか……?」


「正確には、ミスリルクラスだけど……それでも次の英雄候補としてあげられるほどの実力者だった」


「つまり……」


「やっと分かったか?」


「あの人を倒せば、俺も英雄候補に近づけるってことなのか!!」


「なんでそうなる!?! まず正攻法では敵わないってことだよ!!」


「え? なんで?」


「当然だろ! 相手は英雄候補だった人だぞ!」


「…………? だから?」


「何言って––」


「英雄候補だったから、なんて言っても何も変わらないだろ……何度も言わせんな」


「俺は––––英雄になりに来たんだ」


 リュートの意思を秘めた瞳に捉えられる。自分よりも年下なはずなのに、田舎から出てきたばかりの世間知らずのはずなのに、その瞳には、力強い光が宿っていた。思わず息をのみ、体が硬直してしまう。次の言葉が出てこない。自分は正しいことを言っているはずだ。格上との戦いで、人数はこちらの方が有利。この差を利用して攻めていくという作戦は比較的シンプルで、有効な策だという自信がある。しかし、目の前で夢を語る彼にはそれに意味はないのだ。策謀を行い、相手を削り、最終的な勝利をもぎ取る。そんな勝利には興味が無いと、意味がないのだと瞳で訴えているのだ。

 まるで、俺がビビってるみたいに言いやがって……!

 リュートからしてみればそんな意味は含んではいないのだが、そういわれているように感じてしまう。あくまでリュートが正面からぶつかるということしかしたくないという我儘エゴでしかないのだが。


「––––ッ! 分かったよ! お前の我儘、聞いてやる!」


「良かった! んじゃあ––––!!」


 両省の声が聞こえてきた瞬間、止めていた魔力の体内循環を再開し、もう一度ショウの元へ突撃を行おうと体勢を整える。しかし、その状態から先には進めなかった。首根っこをヴェルメにつかまれる形で止められていたのだ。ぐえっというカエルが引きつぶされたような声を上げ、急に息が止まってしまったことへの反応としての咳が出てくる。


「だからと言って全部を了承したわけじゃねえ! 合わせるにしてもある程度の方針が無いと俺もどんな魔術を使うか、どのタイミングで詠唱を完了させるか、それを決められない。だから……俺の言う事じゃなくて、お前のやりたいことを教えろ。俺が合わせる!!」


「––いいじゃん、乗った!」


 作戦会議を行っている二人を遠巻きに見ながらこの試合が終わった後の事務作業の行程をイメージしていく。基本的な決済は終わらせているが、今回の闘技場の件だったり、昼に唐突に行われていたビーフシチュー優先招待券騒動についても誰が参加していて、誰が参加していなかったのかを調べ上げなければならない。というか、ビーフシチュー優先招待券騒動ってなんだ。意味が分からない。

 一旦考えるのを止め、最小限に留めていた魔力を再度表出点まで引き上げる。おとなしかった炎が再び勢いを取り戻し、剣に現れ始める。さて、あの二人はどうやって攻めてくるのか……。無意識に、ショウの顔には笑みが浮かんでいた。


「ちゃんと、わかってるよな……?」


「何度も何度もうるせーなー。お前は俺の母ちゃんか!」


「俺はお前みたいに手のかかる子どもはイヤだ」


「なんだと!!」


「事実だろ!!」


「全く、若さというのは羨ましいですね……」


 先程思い出した作業の山で精神的ダメージを負ったショウがため息をつく。今の自分にない、若さという武器には大きなダメージをくらっている。とはいえ彼も歴代の組合長たちから見ればひよっこもひよっこなのだが、裏を返せばそれだけの実力があるといえるだろう。


「いいか、やるぞ!」


「––おう! 任せろ!!」


 三度目の正直と言わんばかりにリュートが突撃していく。一回目と二回目と同じような直線的な攻撃。やはり彼にはまだ早かっただろうか。少々期待していたため、がっかりという感情が現れてくる。先程と同じように対応する。上段からの振り下ろし。ちょうどブローチが砕けるように魔力量は調整してある。もし直撃したとしても怪我はしないだろう。ヴェルメは魔術を唱えているが先程よりも大掛かりな魔術行使を行おうとしているのか、リュートのことを援護するような魔術のようには見えない。

 彼らならばいいパーティになれると思っていたんですが、期待しすぎましたかね……。

 諦めにも似た感情を少しだけ抱えながら自身の武器を一息に振り下ろす。何かがぶつかり、激しい音を立てて砕け散る。それと同時に、水蒸気が辺りを一気に覆う。


「これは……」


 一瞬の硬直。なぜ急に水蒸気が?リュート君が蒸発するようなほど火力を上げたわけではない。それにそもそも彼の身はブローチで守られいて、こんなことになるはずは––ッツ!!

 とっさに自身の前で腕を十字に交差し、防御の構えをとる。その水蒸気でできた霧の中からは、先程倒したはずのリュートが現れた。


「––––ッラァ!!!」


 リュートの拳がショウの腕にぶつかり、ショウのブローチに小さなヒビが入る。初めて入った自分の一撃にリュートはどこか嬉しそうに笑っていた。


「さぁ、やろうぜ!! 組合長元・英雄候補!!!」


 好戦的な笑みを浮かべる彼は、瞳をギラつかせて次はどうするかを考える。その獰猛な笑みはまるで獣から解き放たれた猛獣のようだった。

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