第6話 お説教

「ちょ、ちょっと待ってくれよ! プラチナムになるには13歳以上じゃないといけないってことは……」


「まあ、そういう事になるわね」


 そのことから導かれる事実として、現在のリュートではどれだけ頑張ったとしても下位ランクまでの依頼しか受けることができず、今回冒険者登録を行ってしまえば少なくとも2年間は英雄になるために依頼をすることができない。早く英雄になりたいリュートにとっては悲報ともいえる事実だった。


「いや、いやいやいやいや! それは困る!! 俺は英雄になるためにここまで来たのに!!」


「そう言われても、規約は規約なのよ。こればかりは組合長が決めたことだから私たちに決定権はないの」


 ごめんねとでも言うようにウインク一つすると、先程提出した書類を持っていき代わりというように冒険者規約が記された資料を持ってくる。先ほど説明した事とあまり変わらないけれど、一応ざっとだけ目は通しておいてくれると嬉しいわ。なんて言われながら手渡される。どうすればいいかと悩みながらその資料を受け取る。あまりにも考えすぎて頭の上から煙がプスプスと立ち上っていた。


「あ、そういえば組合長が話をしたいらしいから上の組合長室に行くように」


「組合長……?」


「そう。組合長」


「なんで?」


「まあ、多分さっきやったことに関係しているんじゃないかしら」


「さっきやったこと……?」


 思い当たる節がないとでも言うように頭をかしげる。そんな顔をしているリュートを見て、本当に思い当たる節がないのかと驚きの眼差しを向ける。もしかしたらこの子の頭の中では先程のことが罰則事項ではないと思っているのだろうか。まあ、その辺りは組合長が何とかするだろう。なるべく自分に負担がないような罰だといいなあ……なんて思いながら組合長へリュートを向かわせる旨を伝達の魔術が刻印された紙に記すのだった。



所変わって組合長の部屋にて、緊張感を含んだ雰囲気で話しているヴェルメと組合長がいた。ヴェルメの頬に一筋の汗が流れ落ちていく。緊張をしているというよりかは悪戯がバレて焦っている子どものような状態が近いだろう。


「それで、私の許可を得ずに勝手に闘技場を使用したんですか?」


「あ~……いや、そんなつもりではなかったんですけど」


「そんなつもりではなかった?」


「……………………」


「本当は?」


「はい、押し通しました」


 ごめんなさいと頭を下げながら先程、闘技場であったことをつまびらかに説明する。そういえば自分がアリエスさんはどこに行ったんだろうか。組合に来るなりすぐに組合長室お説教部屋に通されたためアリエスさんがどこに行ったのか分かっていない。


「ああ、彼女なら職務中なのに勝手に許可を出したからね。マドレさんが今みっちりとお説教しているはずだよ」


 ニコニコと笑みを浮かべる。その笑みは朗らかさなど欠片もなく、どちらかと言うならば仕事の過労で亡くなってしまった事務作業員の方が近いだろう。


「そして、君は今からお説教って事は分かっているよね?」


「うっ……はい……」


 最初はどう言い訳して逃げようかなんてことも考えていたが、そうさせてくれるほど目の前にいる人は簡単じゃない。お説教はあまり好きではないが、自分の我が儘で手続きなどの諸々を省略したのは事実だし、甘んじて受けるしかないだろう。


「まあ、お説教と言ってもまずはなんでそうしようと思ったかを聞くところからだしね。さっき闘技場で行ったことを聞く限り正規の決闘ルールで行ったんだろう? なら、なんでそうしようと思ったのかを聞かないと始まらないじゃないか」


「なんで決闘を行おうとしたか、ですか」


「うん。僕は君が急にそんなことをしようと思い立ってするような子だって思っていないからね。何か理由自体はあるだろうとの推測さ」


「理由……理由は多分言語化できないものなんです。あいつに近しいものを感じた。それは一種の狂気だったり、野望だったりするのかもしれません。もしかしたら夢、なんてものでもあるかもしれない。けれど、あいつの瞳を見た時、視えたんですよ。こいつは一言も冗談なんかじゃなくて、全部。––––全部、本気の言葉だった」


「だから見極めたかった?」


 コクリと無言で頷く。多分自分はある種の狂気にてられた状態だったのだろう。自分には現賢人の師匠がいる。魔力の仕組みも、魔術の基礎も、それを制御するために必要なことも全て師から教わってきた。そうした下地を経て今、14歳ながらも冒険者としての若頭のような立ち位置にいるのだ。その自分をもってしても、精密に操作していた魔術を破壊された。|魔術を破壊するには魔術を用いるしかないのに。田舎から出てきた彼に、自分と同じほどの魔力が存在している可能性がある。田舎から出てきたのだろう。独学で自分と同じラインに立てている。その事実が恐るべきことなのだ。


「なるほど。君の言いたいことは分かった。確かに君はその年齢をして『若き賢人』と呼ばれるほどの才人だ。英雄候補になりたい、なんて夢を追う子を見つけてしまえば嬉しくなるだろうからね」


「そうですね。実際、自分とも戦えていましたから」


「そうか。……でも、君のしたことは違反行為そのものだよ。私闘は認めていないし、それをするために組合のルールを使用することも認めていない」


諭されるように怒られる。それは大人として、間違えてしまった子どもに教えているのだろう。師匠は自分に知識を与えてくれたが、大人として必要な倫理感は教えてくれなかった。そのため、周囲の人間からは気狂いと呼ばれているのだが。両親は基本的に自分のやりたいことを尊重してくれるため、何をしたいかは自分で決めてきた。そのため、社会の中での常識と呼ばれるものを知ることがなかったのだ。そういった意味ではこの組合で過ごした一年は必要なものだっただろう。下手したら自分の師のようになっていたかもしれない。


「はい、わかっています。罰は受けるつもりです」


「納得してくれてよかったよ。力ずくで説得って言うのは性に合わないからね」


 ひとまず罰自体は後程決めて通達するとして、あとはもう一人の子か。英雄になる、なんて言うくらいだからきっと冒険者になるために来たんだろうけれど……。それにしても、今時英雄になりたいなんて言う子がいるなんてね。


「英雄、ね……」


 自分の知っている人物の顔が浮かび上がる。そういえばあいつは今こっちに戻ってきているらしいけれど、今は何をしているんだろうか。元気でやっていることは知っているけど、彼は自分より多忙を極めている。身体には気を付けてほしいものだけれど。

 そんなことを考えていると、部屋の扉がノックされる。先ほど部屋に向かわせるという伝達がされていたため、きっと件の子だろうとあたりを付ける。部屋に招き入れるとヴェルメよりも若そうな男の子が入ってきた。


「こんにちは! 俺はリュート!!」


「初めまして、かな。私の名前はショウ……ここの組合長をやってる者だよ」


「さっきぶりか、自己紹介は僕は必要ないですね」


「あー!! ヴェルメ、ここにいたのか!!」


「呼び出されてね。まあ理由ははっきりしていたし、多分君も同じ理由だよ」


「同じ理由~?? 何もわからん!」


「リュート君は元気いっぱいだね。おじさんもその元気が欲しいよ……」


「おじさんには見えねえけど、なんかおっさん、死にそうだな!」


 ナハハハと笑いながら疲れた顔を浮かべるショウに寄っていく。ヴェルメは余計なことを……と言わんばかりに頭を抱えて座っていたが、一度エンジンがかかってしまった暴走機関車を止めることは出来ない。ズカズカと入ってきたリュートはそのままヴェルメの座っていたソファの横に陣取り、テーブル上に置かれていたお茶菓子をパクパクと食べ始めた。


「なんだこれ!? うまい!!」


「ねえ、ちょっとは大人しくしておきなよ? 君、ここに説教で呼ばれてきたんだろう?」


「説教? なんで? 俺何も悪いことしてねえけど」


「ああ、そこは説明されなかったんだね。簡単に言うと、お説教だね」


「なんでだ! 俺は売られた喧嘩を買っただけだぞ!」


「いや、まあそうなんだろうけれどね。実際に喧嘩を売った人が君の隣にいるし、だいたいの事情は彼から聞いたから」


 そう言ってショウがヴェルメの方を見る。気まずそうに視線を逸らす。逸らした視線の先でふくれっ面のリュートと目が合う。何故そんな顔をしているのか分からず困惑する。


「お前、俺に勝ったことを自慢したのか!?!?」


「……はぁ?」


「俺に買ったことをこの偉い人に自慢したんだろ! このヒキョ―者!!」


 いや、なんでそうなるんだ……とは思うが、忘れていたが彼は自分よりも年下でまだ子どもだ。ヴェルメも子どもではあるが、それでも周囲の影響で老成している方だ。大人っぽい子どもなのである。そのヴェルメからしてみれば年下の我が儘な男の子は十分に子どもと言える存在になる。


「自慢じゃなくて、僕は怒られてたんだよ。規則違反には違いなかったからね」


 先ほど渡された書類の存在を思い出す。それをヴェルメに見せるとページを開いて見せてくれた。『組合長の許可なく、決闘を行う事又は私闘を行う事を禁ず』という一文をヴェルメが声に出して読む。しかし、リュートは何が問題なのか分かっておらず頭をかしげて何がいけないのかを聞く。


「簡単に言うと、私を通さずにリュート君とヴェルメ君が決闘をしたことが問題なんです。本当なら僕が許可をしないと決闘を行う事、闘技場を使用することは禁止ですから」


「なんでダメなんだ?」


「じゃあ、例えば道行く人が多い場所で急に冒険者たちが戦闘を始めてしまったらどうしますか?」


 うーんと頭をひねりながらその状態を想像する。想像力が豊かなのか、ああー!俺の串焼き!!と大声を出したところを見ると、それが駄目だという事が理解できたのだろう。いろんな人が困る!と元気よく答えた。


「そういう事です。そうして人が困らないようにルールを敷かせてもらっている。けれどそれは守ってもらう事で意味が生まれてくる。ルールは守ってもらう前提で組まれているのでそれが叶わないならばルールはルールたり得ないんですよ」


「とにかく難しいことは分かんねえけど、つまり、俺とヴェルメはやっちゃいけないことをしたって事でいいのか?」


「そうですね。概ね間違っていません。君たちも若いし、やる気が魔力として漏れてしまう事も理解できますが、あまり強い魔力に充てられ続けると気分が悪くなる人もいますから……今後は気を付けましょうね?」


「分かった……次は気を付けるな!」


 よろしいとニコリと笑みを浮かべ、頷くと次の話に行く前にと前置きをしリュートにりんごを使用したジュースを出す。口に合うかは分からないですがねなんて言ってはいるがリュートの目が心なしかキラキラと輝いていることから気に入ることは間違いないだろう。


「それで、いい加減僕は退室してもいいんですかね?」


「ああ、まだ居てください。むしろ、ここからが本題なので」


 ここからが本題……?自分は先程の決闘以外で呼び出されるようなことはしでかしていないのだが、もしかしたら先日魔窟で珍しい魔物が出てきたから氷漬けにして師匠の研究所に持ち帰っていたのがバレていたのだろうか。それならば最悪師匠が悪いことにすれば逃げれる。なんてヴェルメが悪知恵を働かせる。横でアップルジュースを飲んでいるリュートは話なんてそっちのけで初めて飲んだジュースにニコニコとしている。先ほどの話もきっと右から左に抜け落ちている事だろう。

 ヴェルメと自分の分の紅茶を淹れなおし、一口飲んでから話し始める。


「本題というのはリュート君のことです。実を言うと、リュート君のご両親とは知り合いでして、こちらに来た際には私が面倒を見る予定だったんです」


「そうなんですか。そんな繋がりが」


「え? そうなのか? 知らねえ」


「知らないのも無理はないですよ。リュート君とは小さい時に会ったっきりですから。けれど僕も最近処理しなければいけない仕事が増えてきましてね……それが難しいんです」


 嫌な予感がヴェルメの中を走り回る。あ、ここから先を聞いたら面倒なことになる。そんな予感が的中したのはすぐ後だった。一言発そうとするも、先手を取られてしまい言葉をかぶせられてしまう。


「なので、ヴェルメ君……君の家にリュート君を住まわせてもらえませんか?」


「嫌です!!」

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