第4話 灯火

 がやがやとした喧騒が増えていく毎に円形闘技場の観覧席が埋まっていく。冒険者組合に申請をし、組合預かりの闘技場で行うことになった。ローブの少年は組合でも有名なのか周囲から口々に「あいつが……」と言うような言葉が聞こえてくる。


「急なお願いなのにすみませんでした」


「いえいえ、こういう事も組合職員わたしたちの仕事ですから~」


 あの後、話はとんとん拍子で進み組合における勝負形式をとることになった。その二人に審判役が必要だろうという事でその場にいた組合職員が引き受けたのだ。ローブの少年と彼女は旧知の仲らしく気安い挨拶を交わしている。一方でリュートは準備体操を行い、体を温めている。そのリュートを見て英雄になるという発言を聞いてなかった冒険者たちは大丈夫なのだろうかと思っているが、そこは娯楽好きの多い集団という事でまあ大丈夫だろうという結論に至る。たいていの冒険者の好きなものなど酒と賭けと寝る事なのだ。ろくでなしが多いという訳ではないが、まあ、相対的にろくでなしに見えることが多い。

 体が温まったのか、リュートからもういけるぞ!という声が聞こえてくる。ローブの少年は審判役の組合職員に目配せを行い、組合職員は審判役としての所定の位置に着く。何かを思い出したのか、リュートが驚きながら問いかけた。


「……あ! そういえば、名前聞いてなかった!」


「ああ、そういえば名乗ってなかったか。僕はヴェルメ、賢人候補・・・・のヴェルメだ」


「賢人……? なんだそれ」


「英雄に成りたいのに賢人には興味なし、か」


「ああ! 俺は英雄になりたいからここに来たんだ!」


「そうか。……英雄志望君、その実力を確かめさせてくれ!」


「望むところだ!!」


 一呼吸置いて、リュートが構える。それに対するようにヴェルメがローブの内ポケットから杖を取り出し、構える。ざわざわとした喧騒に包まれていた観客席はその張りつめた糸の様な空気に自然と静まり返っていく。完全に静かになったところで、審判役の纏う空気が変わり、今回の試合における重要な説明を始める。


「これから、試合を始めます。今回の試合はお互い未成年という事で組合から支給される星形のブローチが破壊されたら終了となります。このブローチはこの闘技場にはられている魔術結界によって所持者のダメージを肩代わりするという仕様になっています。ダメージが許容量を超すと自壊するので、その時点で試合が終了となります。分かりましたでしょうか?」


 二人が同時に頷く。しかし、その視線は相手のことしか捉えておらず合図さえあれば一触即発の空気が漂っている。審判役の組合員はこれだから冒険者って言うのはと半ば呆れながらも事前に行う説明の理解ができているという両者の反応を得た。……つまりそれは戦うために必要な準備がすべて完了したことを意味する。


「準備はできていますね。––––試合、開始!!」


 途端、闘技場中央から謎の発光現象が起こる。突然の眩しさに審判どころか観客席にいた冒険者のほとんどが反射的に目を閉じる。その一瞬後にはリュートがどこからか出現した氷の壁に向かって拳を突き立てていた。


「––ッチ! やっぱりこれじゃあ倒れないか!」


「最初から不意打ちとは、なかなかやることが豪快だね!」


 反撃と言わんばかりにヴェルメの魔力が杖に集中していく。

 イメージするは突き刺すような寒さを与える氷の槍。彼はどこまで躱せるだろうか。いや、自分の魔術なぞ躱してもらわなければ張り合いがない!

 躊躇しかけた感情を噛み殺し、魔術を起動するための詠唱(スイッチ)を入れる。


《 氷槍よ 宙を舞い 彼の敵を 討て 》


 詠唱が完了すると同時にヴェルメの背後から巨大な氷柱のような氷の槍が9本作られる。あんなものが体に当たれば齢12歳のリュートなんてひとたまりなどないだろう。それが1本だけではなく、9本もある。一つ一つ処理するとしても同時に来ないなんてことはないだろうと考え、どう対処するかを考える。身体強化の魔術を行使している今の状態ならば魔力を視覚に送り、見切りながら打ち落とすという事もできるかもしれない。ただし、それは1本の場合だけだ。同時に多方向からあの魔術を喰らってしまえばその時点で試合は負けとなるだろう。


「どうすっかな……」


 タラリと頬に汗が流れる。絶体絶命と言うほどではないだろうがそれに近い状態にあることは確かだ。ひとまず魔力を全身と視覚と聴覚に送る。後ろからの別の魔術攻撃がないとは限らないため、状態把握を行うためである。それが完了した途端、ふわふわと宙に浮いているだけだった氷の槍が速度を上げリュートに向かってくる。


「あっぶねぇ!」


「まだまだ、行くよっ!」


 杖を振るい、まるで指揮者のように氷の槍を操る。4本は防御用のためか、自分の下に残しておいているところを見ると随分と慎重派のように見えた。

 間一髪、氷の槍を避けることに成功したが次から次へと氷の槍が迫ってくる。さらに間が短く、落ち着いて呼吸を行う事も出来ないほどの猛攻。今は何とか強化した視覚と聴覚で躱せているが、疲労が溜まってきたらそれもうまくいかないだろう。少しでも余裕が出るように地面を魔力で固めてヴェルメに投げつけるも周囲に漂っている氷の槍に撃ち落されてしまう。

 どうする。どうする!考えろ、思考を回せ。きっと抜け道はあるはずだ。長さはだいたい30㎝であいつの周りにあるのは4本。小回りが利くってわけじゃない。避けれるほどの余裕はあるけどそれもじわじわとこっちのスタミナ切れを狙っているみたいに一定のテンポで攻撃してくる。このままじゃジリ貧だ!

 四方八方から繰り出される氷の槍の攻撃を何とかかわしながら打開策を考える。ふと、通り過ぎた氷の槍が方向転換する場面を目にとらえる。

 これだ!

 パリン!と言う音と共に氷の槍がリュートに当たる。それはリュートのダメージにダメージが通った時の音だった。壊れるまでには至っていないがブローチにヒビが入る。審判はもってあと一回かと考える。

 それにしても……若干14歳であの魔術を使うのか。そもそも魔術とは誰でも使える可能性が存在するが誰にでも使えるという訳ではない。たいていの人間は日常生活における魔術使用の魔力だけで7割ほど使ってしまう。他者を攻撃する魔術を、それも9本など、常人からすればそれだけでも十分なほどの魔力量を有しているのだ。


「あれで14歳なんだから驚きよね~」


 若干13歳で冒険者としての実力が認められ、冒険者としての活動と賢人という魔術研究協会の最高責任者の弟子としての活動を同時に行っているという神童。彼から頼まれたときはあの子もやっと自分のパーティにしてもいいと思える人ができたのかと感慨深いものだったが、今もなお氷の槍と踊っている彼を見ているとそれは間違いなのではないのかと思ってしまう。氷の槍の魔術に驚かず、冷静に対処できているという部分はあの年齢にしてはよく頑張っている方だと思うが、けれど、それでは足りない。


「ちょっとだけ、期待したんだけどな~」


 このままジリ貧でブローチが砕けるだろう。定まったであろう未来が見え、観客たちも慰めムードだ。自分があの立場ならばと考える人たちは少なからずいるだろう。しかもその相手が14歳の少年なのだから感じ取れるものも変わってくる。明確な『才能』の差と言うものを。

 無理だけはしないようにという周囲の雰囲気が伝播する。もうお前は頑張ったとでも言うような空気が漂い始める。


 ……ただ、二人を除いて、だが。


 その空気を壊すように氷の割れる音が聞こえる。それは牢獄から脱する鳥が檻を破るような快音だった。


「よっしゃぁぁ!! 砕いたぞ!! お前の檻!!!」


 次々にヴェルメの操る氷の槍を殴り壊す。みるみるうちにヴェルメの周囲に漂っている4本以外すべてを砕き終えると、大どんでん返しを行っているリュートに観客席は大いに盛り上がり、歓声が沸き立った。このまま、全部の氷の槍を叩き壊し、そのまま一気にケリをつける!と意気込みながら突撃していく。後ろに引きながら氷の槍を操るヴェルメは焦っているような顔をしていた。


「全く、想定外だね!」


「ああ––そうかっ、よ!!」


 リュートの拳がヴェルメに届く、その直前、リュートのブローチが音を立てて砕け散った。鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、砕けてしまい地面に落ちたブローチを見る。今はすでに砕けてバラバラになってしまっているが、まごうことなく、先程まで自分が身につけていたブローチだ。


「どうやって––?」


「答えは……これだよ」


 ふよふよとヴェルメの周囲に浮かんでいるのは先程リュートが壊した氷の槍の欠片たちだった。一つ一つはぶつかったとしてもダメージにすらならないような氷の欠片たち。それを使ってブローチが壊れるようにダメージを与えたのだと言う。


「簡単に説明すると、君は僕の魔術を完全には壊せていなかった。それだけだよ」


「俺は確かに氷の槍は砕いた!」


「そうだね。けれど、その操作権はずっと僕が持っていた。つまりそれは再生させる・・・・・こともできる、という事だ。一度君に氷の槍を壊させてからその欠片を操作し氷の槍をもう一度作り出す。それを君の攻撃のタイミングでカウンターとして食らわせる。そうして君は、自分でダメージをくらったんだよ。皮肉にも君が攻撃しようとしたときのスピードでね」


 まあ、これは一回しか使えないし、魔術に対して詳しくない人間でないと効果は無いんだけどね。なんて笑いながらネタバラシをしていく。その情報は左から右へと流れるように出ていく。リュートの頭の中にはただ一つ。負けたという事実だけが占拠していた。そのことに気づいたのか、ヴェルメはため息を一つ落とす。


「正直、魔術を壊すことができるとは思っていなかったよ。ある程度の魔力密度は保っていたはずなんだけれどね……」


「けど、もし本当に英雄になりたいなら魔術の基礎は知っておいた方がいい。このまま冒険者になるなら……君、死ぬよ」


 負けるなんてことはほぼ無かった。それは森に住まう獣たちを相手取った時も、それこそこの都に来た時からも自分に勝てる人間はそうはいないだろうと、万能感が存在していた。そんな自分の初の黒星がつけられた。やはり、まだ自分は弱いのだと、まだ英雄たり得ないのだと、そう告げられた。


––––だからどうした!たとえ、今現在の自分が弱かろうとそれが英雄に成れない証明にはなり得ない。自分がそれになれない証明は!自分の未来を決定づける証明では!成りえない!これは伸びしろだ!俺は、まだ!!まだ成長できる!!


「思ったより、目は死んでないね」


「俺は、英雄に成る男だからな」


 ああ、そうだ。何を落ち込む必要がある。一度の負け?手も足も出なかった?だからどうした!俺はまだ死んでない。何より、英雄に成りたいと言う自分の願いは、未だなお、強くここの中で燃え盛っているのだ。諦めてたまるものか、俺は––––英雄に成るんだ!


 少年の決意は、揺るがない。

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