第3話 出会いと現実

「すっげ~~……でっけ~門!」


 夜道の中を森を抜けるまで約4時間、都に繋がっている石畳の街道を3時間歩き続けたどり着いたのは人の10倍はあるだろう巨大な門。ここが人族最大の都であるラティエラの入り口であり、万が一魔物があふれかえってしまったときに対する最後の防壁だ。それと対をなすと言われる深い深い溝。これは外敵を門からしか入れれないようにするための工夫らしい。魔術の指南書と一緒に都の説明としてパンフレットのようなもので呼んだ。


「めちゃくちゃ深いな……」


 ため息が漏れそうなほど深く、そして暗い溝。ここに落ちてしまったらどこにたどり着くのか皆目見当もつかない。まあ、少なくともまともな状態でいられるわけないなと理解し、門から出てきた守衛に話しかける。


「おっちゃんたちおはよー!」


「お、おう。おはよう、ちび助。……ん? いや、お前どこから来たんだ?」


「あ~……えっと、あっちの方の村から」


「あっちの方の村ぁ~?」


 途端に守衛のおじさんたちがガハハハと笑いだす。それはまるでリュートが言ったことに対してありえないと一蹴するかのようだった。ひとしきり笑った後、目尻から流れ落ちそうな涙を親指で拭い、息を整えながら話し出す。


「はー、はー……馬鹿言っちゃいけねえよ? 坊主。そっちの方向の村ってなると一つしかねえし、その村は大人の足でも10時間はかかる! 馬車でも使わなきゃ子どもが来れるわけないっての」


「馬鹿じゃねえよ! 本当に歩いてきたんだって!!」


 はいはいとあしらう様にどこから来たのか、今何歳なのか、どうやって来たのかを質問される。すべて正直に答えるも、どうやって来たのか、どこから来たのかに関してはおじさんたちが相談しながら勝手に別の村に書き換えていく。それを横目で見ながらまあ、無事に都に入れるならば何でもいいだろ。と黙認していく。全ての質問が終わったのか少しおじさんたちが話した後、入っていいぞと通行証を渡される。


「ありがとう、おっちゃんたち!」


「おう、気を付けて楽しめよ~」


 頭の上で手のひらをひらひらと気だるそうに振りながら次に並んでいた通行者に質問していく。リュートは新しい村……どころか、都ともいえるような巨大な街に目を輝かせながら大通りを進んでいく。まだ、朝の早い時間のためか露店は開いてないが、綺麗に舗装された道や村では見ることのできないような大きなレンガ造りの家を見ているだけでも自分が今、夢の第一歩を踏み出すためにここに来ているという実感がこみあげてくる。


「……ああ、楽しむよ!」


これからあるであろう困難や苦痛など気にしないかのように期待に満ち溢れた顔で駆け出す。確かに彼は、この時『英雄になる』という夢に向かっての第一歩を踏み出したのだ。


「……あ、あの坊主に何をしにここに来たのか聞くの忘れたな」


 まあいいかとでもいう様に自身の握るペンで頭をかく。リュートへの困難は、すぐそばまで来ている……のかもしれない。




 時間は移り変わって太陽が世界の真上に来る頃、リュートは両手いっぱいに肉の串焼きを持ちながら街を探索していた。英雄になるためとはいえ、リュートも12歳と言う多感なお年頃であるため、露店から香ってくる香りや面白そうな玩具、その他にも興味の引かれるままに様々なものを物色しながら道を進む。少し進めば声を掛けられ、もう少し進めばあんちゃん寄ってかないかい!と呼び止められる。こんな大きな町に来るのは初めてですというオーラが全身から出ているのだろうかと思えるほどに露店のおっちゃんたちからしてみればいいカモだった。


「はい、これオマケ」


「いいのかおっちゃん!? ありがとう!!」


 懐から出すお金は次から次へと使うせいで明らかに減っていってしまっている。流石にこれ以上は……と思う程度には減っているのだが、それよりも目の前の欲求を満たすことが優先されてしまうのが悲しいところである。お腹もいい感じに膨れ、そろそろ目的の冒険者組合に向かおうとしたところ、街の中心に近い広場から歓声が聞こえてくる。何か面白いものでもしているのかとつられた先には見世物のようにして手を握り、どちらかの手の甲が机に着いたら負け……いわゆる腕相撲が行われていた。


「なんで腕相撲なんかしてるんだ……?」


「君は……このお店を知っているかい?」


 見せられたのは昔見たパンフレットには乗っていなかったレストランだった。なんでも近頃できたこの『牛の帽子亭』でできる自家製ビーフシチューがたまらなく美味しく、最初は数量限定販売で提供していたのだが、あまりの人気に客が殺到。しかし、主人の意志は固く、今まで以上に作るつもりはないという事で決定したのだ。しかし、どうしてもこの日には欲しいと言いだす客がおり、その人にはビーフシチューを作る券を渡すという事になったらしく……。その噂を聞きつけた他の客たちから非難殺到、最終的にそのストレスから我慢ならなくなった店主が自分に腕相撲で勝ったらいいだろうと言い出して……最終的な結果は、あんな感じさ。と説明しながら見据える先には、猛獣のような筋骨隆々な体格でコック帽をかぶっている男性と、腕に自信のありそうなスキンヘッドの男性の一騎打ちだった。


「なかなかに、いい筋肉をしていますね」


「ヘ! あんたこそな! 料理の店主っていうよりか冒険者の方がまだしっくりくるぜ!」


「残念ながら私にはそんな勇気はないので、しがない料理店の店主をやっております」


「そんなのはッ、知ってるよ!」


 一息入れ、一気に勝負を付けようとするスキンヘッドの男性。しかし、力を入れてもびくりともしないコック帽の男性が逆に力を込め、スキンヘッドの男性の手の甲が机に着く。決着は、コック帽の勝利で終わった。


「……負けた、か」


「申し訳ありません。お越しになる際は誠心誠意心を込めて作りますので」


「ああ、いや、無理なお願いだったのは分かってたからよ。ただ、久しぶりに負けたな……」


「いえ、素晴らしいお力でしたよ」


「ありがとよ……」


 なぜか固い握手を交わし、友情が芽生えた二人を置いておいて初の大きな街で好奇心が上限突破しているリュートが次は自分が––!と手を上げようとしたところ、自分の後ろにいたローブを羽織っている自分よりも少し身長の高い少年が手を挙げた。


「……手加減は出来ませんが、よろしいですか?」


「はい、していただく必要もないです」


「さすがに怪我はさせないようにしますが……。ええ、分かりました」


 自分の番だと思い楽しみに思っていたのに邪魔をされてしまい少々拗ねながら勝負を見る。––––決着は一瞬だった。


「––––ッ!?」


「どうかなされましたか?」


 そう。明らかに体格も、筋肉量もコック帽の男性の方が上のはずなのにローブを羽織った少年の方が勝ったのだ。淡々とその後のビーフシチューを食べに行く日取り、何人で行くのかという事を簡潔に伝えてその場を去る。一瞬だったがローブの少年の右腕と右足に魔力が浸透し、彼本来の力以上を引き出したことが分かったリュートはあんなに凄いやつもいるのかと背筋がゾクゾクとしていた。


「おっさん! 次は俺!」


 まあ、それはそれとしてビーフシチューは気になるため挑戦するのだが。袖をまくり、全身に魔力を巡らせてコック帽のおっさんに腕相撲を挑む。結果は、大勝利だった。

 無事チケットを入手し広場を後にしたリュートはそのままの足で冒険者組合に向かっていた。たしか、この道を曲がった先にあるはずなんだけど……と地図と道を見比べながら進んでいく。初めて来た街で手探り状態だったが、露店を回りある程度の道は覚えてきた。大丈夫だろうという根拠のない自信を胸に秘め道を歩く。しばらく歩いていると、裏路地のような暗い道でそれとは真逆ともいえるような純白の服を身に纏い、腰ほどまであろう深海のような深い蒼の髪を後ろで結わえている男性とぶつかる。


「いでっ!」


「……ん?」


 男性はリュートに対して全く気付いていなかったようで、ぶつかって初めてその存在に気づいたようだ。すまないと謝りながら怪我をしていないか確認してくる。


「ああ! 大丈夫! こっちこそぶつかってごめん!」


「いや、こちらも別のことに気をとられていた。すまない」


「そっか! あ~……っと一つだけ、聞いても良かったりする?」


「どうかしたのか?」


「ここ、どこ?」


 うまくいくような予感や、根拠のない自信なんて言うのは大抵、失敗に終わってしまう事を理解したリュートだった。迷子なのだろうと思い、どこから来たのか、どこに行きたいのかを少し不愛想ながらも訪ねてくる蒼の青年。リュートは朝に村からこちらに来たばかりで土地勘がなく迷ってしまったこと、冒険者組合に行きたいことを伝えるとならばわかりやすいところまで送っていこうと言う青年。お言葉に甘えることにしたリュートはお礼と言って露店で買ったかっこいい竜の剣のアクセサリーを渡すのだった。


「この大通りをまっすぐ進めば左手に大きな建物が見えてくる。そこがこの町の冒険者組合だ」


「本当にありがとう!!」


「……君は、何になるために冒険者になるんだ」


「俺? 俺は英雄になるためにここに来たんだ!」


「––––そう、か。頑張れ、少年」


「おう! 兄ちゃんも元気で!」


 そう言うと彼は先ほど送ってきてくれた道を引き返していく。どこか驚いていた様子だったが、何に対して驚いていたのかはわからなかった。気のせいか、口角だけは少しだけ上がっていたような気はするのだが……まあ、とりあえず無事冒険者組合にたどり着けそうで良かった!

 ふんふんと満足げに鼻息を漏らし、教えてもらったとおりに進む。彼の言っていたように先に進めば進むほどいかにも冒険者と言われるような屈強な男性や、武器を所持した人たちが増えていく。そして、左手側に巨大な建物が見えた。直感的に、ここが冒険者組合なのだと分かる。


「さぁ、行くか!」


 意気込みと共に木製のドアを、勢いよく開けると大きい音に驚いたのか冒険者であろう人たちがなんだなんだとでも言う様にこちらを見てくる。あ、あのハゲのおっちゃんビーフシチューのとこで負けてた人だ。周囲を見渡し、先程のローブを深くかぶった自分と同年齢であろう少年を見つける。


「あー!!!」


 特に面識がないはずだが、怖いものなしのリュートはシュタタタタと素早く移動すると受付と話していた少年に話しかける。


「なあ! さっきビーフシチューの腕相撲にいた奴だろ! お前も冒険者なのか!?」


 面倒なものに絡まれたという感情を隠しもせずに眉間にしわを作りながらリュートの方へ顔を向けるローブの少年。なんだこいつはと思いつつも先程のことは突発的なものだったため組合の人間に知られれば処罰も考えられる……言い訳しなければ。


「……いや、人違いだ。そもそも、僕と君は話したこともないはずだが?」


「ん? 確かに話したことはないな……。でも、見かけたことはある! 絶対!」


 眉間のしわが深くなるのが分かる。見かけたこと……?と頭を回転させるとそういえばこのくらいのチビがビーフシチューの券を貰っていたような……。ああ、もしかしてあの時のチビか。納得と同時に余計に疑問が深まるローブの少年。見かけたとしても接点なんてものはないに等しいが。


「ああ、見かけたことはある。だが、話したこともない子どもと話す必要もないだろう?それに、僕は今、忙しいんだ」


 受付の女性を一瞬見て、またリュートに視線を戻す。彼からはもういいだろうか?という雰囲気を全身から立ち上らせていた。確かに邪魔をしているのはリュートなのだが、そのぞんざいな扱いに少しだけムッとする。


「あーそうかよ。分かりましたよ!魔力の流れ方が綺麗・・・・・・・・・だからどうやってやってるのか気になったから聞きに来たのに!」


「……は?」


 魔力の流れ方?何を言っているんだ、こいつ。先程のことを思い出す。ビーフシチューのチケットで見た?まさか、あの時の魔力を四肢に流した時のことを言っているのか?あの場に居た誰にも気づかれないように細く流したあの魔力の流れを?


「おい、ちょっと待て。お前、視えてたのか?」


「は? 何言ってるんだよ。視えるに決まってるだろ?」


 背筋をゾクゾクとしたものが駆け上る。あの魔力の流れを視ることができるのはこの人間領の中でも限られた人間であると言えるだろう。何故なら現役の賢人である師匠から教わったものだ。それを見破られるようなヘマは自分はしない。その自信がある。なのにも関わらず、このチビは見破った。他の大人はそうであったことすら分からなかったというのに。いや、落ち着け。確かに興味深いのには変わらないがここで質問攻めにするなんて言うのは周囲からの視線が強くなる。冷静な頭とは反対に口が勝手に動き出す。


「どうやって、視たんだ……?」


「……? おかしなこと聞くな? 普通に視覚を魔術で強化すればいいだけだろ?」


 まるで当然とでもいう様に頭をかしげながら聞き返す。世間一般的な魔術の成長と彼の独学で学んできた魔術の成長曲線は大幅に違っていた。しかし、それも英雄になるためだと思えば何も苦ではなく、むしろ楽しそうに修行を行っていた。そのことを知らないローブの彼は才能の塊だと考える。この年齢で感覚を強化することができるようになっているのは控えめに言っても異常だと分かっているからである。これはリュートが人間領の外れの村に住んでいた弊害と言える。これは意地でも同じパーティになってもらわねばと口を開こうとすると、誘おうと思った本人の口から衝撃の発言が飛び出てくる。


「まあ、英雄になるなら必要な技術だしな!」


「––––––はっ?」


一回目の疑問とは全然違うような、ありえないようなことを聞いたような疑問。こいつは今何と言った?英雄?英雄って、あの英雄か?ぐるぐると思考が回る中でそれを吹き飛ばしたのは周囲の嘲笑だった。


「「「だっはっはっはっはっはっはっは!!!」」」


「なに笑ってんだよ!」


 馬鹿にされていると感じたリュートは咄嗟に周囲で自分のことを笑っているおっさん冒険者たちに噛みつくように言葉を発する。何が面白い!!と吠えるように言うと周囲の冒険者は一段と笑いが大きくなって返ってくる。


「だってよ、おめえ、え、英雄って……ぶふっ!」


 必死に笑いをこらえながらおっさんたちが説明するには英雄なんて目指している人間はこの場にはおらず、せいぜい日銭を稼いで生きていきたいと言う人間がほとんどである。英雄なんて言うのは人間をやめたような奴じゃなきゃなれない。という事らしい。実際、英雄と言うのは円環の騎士達クラウンズと呼ばれる世界守護団体に所属している10名を指しており、その全てが領主の命令では動かなく、独立して世界が崩壊するような危機に陥った時に最終兵器としての存在であると言われている。つまり、そもそも人間として見られていない・・・・・・・・・・・・のだ。その事実を知らないリュートは無謀な世間知らずだと思われているのだ。ただ一人を除いて、だが。


「なあ……お前、英雄になりたいってのは、本当なのか?」


 ゆっくりと、確認するようにローブの少年が言葉を紡ぐ。その言の葉は期待を込めているような。それでいて、不安が存在しているかのようだった。そんな答えの決まっている問いに、リュートは感情をあらわにするように答える。


「当たり前だろ! 俺は英雄になるためにここに来たんだ!」


 ローブで隠れている少年の瞳を睨みつけるように、曲げない意思を見せつける。たとえ周りに笑われようと、俺はあの憧れのようになるためにここに来たんだ。そして成長して、あの村に笑顔で帰ってやるんだ。俺はそのために来たんだから!

 決意と共に瞳を射抜かれた少年はそのまばゆさと共にこいつなら、こいつとなら成れるかもしれない。俺の夢に、俺の憧れに。と言う感情を抱く。だが、それだけではだめだ。もし、こいつの決意が揺るがなくても、自分についてこれるかは分からない。


「なら、俺に見せてみろ。その覚悟を」


「は? 何言ってんだ、お前」


 頭に疑問符を浮かべながら変な顔をしているリュートを放置し、先程まで話していた受付嬢に闘技場の貸し出しをお願いする。


「今から、俺と一戦、戦ってくれよ……英雄志望」


「……へぇ、面白いじゃん! やろうぜ! その試合ケンカ!!」


 二人の顔には獰猛な笑みが浮かんでいたため、受付を行っていた女の子が酷く怯えてしまった。この後、怒られることも決定した瞬間である。

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