第2話 夢と行方

 魔窟ダンジョンからあふれ出た魔物たちの狂乱パレードと言われるあの災害から約一ヵ月が経とうと言う頃、森の奥で1人、木剣を振るう少年がいた。彼の名はリュート。先の災害にて愛する父親が亡くなってしまったこの村唯一の子どもであり、英雄に憧れ、英雄になることを目指す男の子だ。今日もしゅぎょうだー!と言い森の中にある父がよく訓練していた場所を使って体を動かしている。しかし、その動きはやはり5歳程度の男の子らしい動きであり、修行と言うよりかは修行ごっこという方が近いだろう。

 木剣を振れば、その重さで体が流れてしまう。彼の短い足でそびえ立つ大樹を蹴りかかるもむしろ彼の足にダメージが入ってしまう。痛い!!と声を上げ、自分の左足を見てみればものの見事に赤く腫れあがり、半べそを書いてしまうような状態が完成するのだ。彼の母であるライアはそんな我が子を見てやんちゃ盛りだからと納得している。……まあ、心配していないかと言えばそうではないのだが。


「えい! やぁ! とぉー!!」


「リュート、そろそろご飯の時間よ~」


「あ、お母さん!」


 小さなバゲットにパンを詰め、皮の水筒を携えたライアの下に駆け出す。どろどろになったままのリュートの顔を布で拭いながら皮革を渡す。渡された皮革の中にある水を半分ほど飲むと大きく息を吸い、ありがとうと言いながらライアに返す。


「こんな体中泥だらけにして……今日はどんな修行をしていたの?」


「英雄みたいに剣を使えるようになるための練習! 今はまだ身長が足りないけど大きくなったらきっとあの人みたいになるんだ!」


「そう……でも、無茶だけはしちゃだめよ? あなたはまだ子どもなんだから」


「子どもだけど、僕は立派な男だよ! お父さんもきっと強くなるために頑張れって応援してくれるもん!」


「そう、ね。 早くお父さんに帰ってきて稽古つけてもらいたいわね」


「うん!」


 無邪気な笑顔で真実を知らない少年は言う。あの日、リュートの父はこの村唯一の行方不明者となった。どこかに向かうと言う書置きと共にいなくなった彼は狂乱が始まる前の魔窟に向かったのか、それとも危機を察知してどこかに逃げたのか。過激な村人には逃げたんだ!と喚いていたが、彼に限ってそんなことはないと父である村長がそれを嗜めていたというのは後から聞いた話だ。

 私たちを助けてくれたあの子の他にあふれ出た後の魔窟に調査をしに行った冒険者がいるらしく、その人と協力して夫の行方を捜してくれているらしい。それもその二人が夫の弟子だと言うから驚きだ。あの時、この事態を予期していた旦那は過去、冒険者であった知り合いの伝手を使ってこの村の近くの魔窟から魔物があふれかけているという事を伝えたのだが、その後の消息は不明。


「本当、どこに行ったのかしらね……」


「おかあさん! 僕食べてもいい!?」


「はいはい、いいわよ。慌てないでゆっくり、よく噛んで食べるのよ~」


「はーい!」


 その日からリュートは毎日修行を続けた。幸いにも行方知れずの父が残した指南書が書斎の奥にしまわれており、その指南書を使って今の自分には何が必要なのか、まだ必要ないものは何なのかを理解していく。その後に『リュートが大きくなった時に』とメモ書きされた指南書を見つけ、肩を落とすことになる。

 朝に家事を行い、昼まで修行を行って、昼には家に戻って食事をし、また修行に使ってる修練場に戻る。そして、夕方までまた修行を行う。10歳になった頃には昔、父にお世話になった人から魔術について、魔術の基礎という本が届いた。その本を使って熊などの獣と勝てるようになっていた。

 そして、12歳になった頃、リュートとライアは喧嘩の真っ最中だった。


「だーかーらー!! 俺は王都に行くんだよ!」


「何言ってるの! あんた一人で行けるわけないでしょ! いい加減にしなさい!」


「いいや、行けるね! 俺はもう12歳だからね!」


 胸を張り、自信満々にそう答える。ここでは12歳は大人になるために旅に出る風習がある。しかし、それはすでに廃れた風習であり、現在も行っている人間は少ない。そのため、その風習があるから王都に行ってくると言い出したリュートに対して、そんな昔の風習を持ち出すな!と怒っているのだ。それでも引くことをしないリュートと心配だからと言って絶対に許さないライア。いつまで経っても話は平行線だった。

 その日の夜、暗闇に紛れて家の中を移動する12歳がいた。


「なんだよ、ダメダメって。今まではなんでも応援してくれてたのにさ……」


 ブツブツと喋りながら、自身の目に魔力を流し視覚を強化が途切れないように意識する。こういった身体機能の強化に関しては一級品だと思えるほど修行してきたつもりだ。たとえそれが自己満足だと言われるとしても、自分にとっては努力の結晶だと言える。そうだ、修行の時にはあんなにも応援してくれたじゃないか、なのに王都に行くのはダメだなんてなんで今更そんなことを言うのか。先ほどまで収まりかけていた怒りがまたふつふつと湧いてくる。今回のこととは特に関係のないことまでイライラとしてくるから不思議なものだ。家を出ようとしたとき、机の上に皮の袋と一枚の封筒が置かれていた。


「なんだ、これ?」


 疑問に思いながら皮袋の中身を確認すると、そこには金貨が入っていた。もしかして、と思い封筒から紙を取り出す。そこには一枚の手紙が入っていた。


『リュートへ

  

多分、あなたは私が寝ている間の夜にでも脱走して王都に向かってしまうと思ったのでこの手紙と一緒にお父さんから預かったお金を置いておきます。

私も分かっています。

あなたは今まで自分の夢に対してひたむきに努力してきた。

その夢を現実にするために王都に向かいたいと思い、実際にそう行動してしまう。

どこかあの人を思い出します。あの人ったら、いつもは口下手なのに肝心な時は決断も行動も早くて……その癖、口下手なのは変わらないからどうすればいいか分からなくなるなんてしょっちゅうだったんだから。

なんて、自分の親の惚気を聞かされても困るわよね。きっと、あなたにとって今日の出来事はショックだったかもしれない。今まで、さんざん夢を応援しているって言ってきたのにいざ実現するために行動するってなったら急に反対されて、きっと……困惑したと思う。

でも、あなたの夢を否定したいわけではないの。これは本当のことよ。

それでも……親って言うのは、どうしても自分の子どもを心配しちゃうのよ。

どれだけあなたを信頼していたとしても、それがあなたのやりたいことだったとしても、私はあなたに傷ついてほしくない。できるなら、私と一緒にこのままこの村で暮らしていて欲しい。

……そう、思ってしまうの。

きっと、私も寂しいだけなんだけどね。けれど、私はあなたを愛しているからこそ心配するし、あなたを愛しているからこそ、背中を押すの。

あなたは、愛されて生まれてきたんだから。

だから、夢をかなえてきなさい、リュート。

私は、貴方が英雄になれると信じている。


P.S.もし、この手紙を読んで寂しくなったら王都に行かないで私と一緒にいてもいいわよ?』


「なんだこれ……ふふ、止めるわけないだろ。俺は夢をかなえるために王都に向かうって、言ってるのに。……ずりぃよ、母さん」


 鼻の奥がツンとする。なんとなく、自分の顔は想像がつくが、それでも意地というかプライドのようなものが存在していた。ここで泣いてしまえば、自分の夢を諦めたことになる。これで立ち止まっていては、母が背中を押してくれた意味がなくなってしまう。このままここにいてしまえば、きっと、それも幸せなのだろうけれど、どこか自分の胸にもやもやとした何かが残り続けてしまう。

 ゴシゴシと自身の上着の裾を使って目をこする。今までならば、優しい母がそんなに目をこすったら腫れるからやめておきなさい。なんて窘めてくれていたのだが、これからは自分で何とかしなければならない。下を向きそうになる自分を何とか律し、涙をこらえるために必死に上を向く。泣いてない、泣いてないと自分に言い聞かせながら魔力で強化した視覚で夜もはっきりと道が見える。


「さぁ、ここからが俺の英雄への第一歩だ!」


 後ろは振り返らない。夢を追いかけるにはそんな暇はないから。

 後ろは振り返れない。きっとあの人が優しく見つめてくれているはずだから。


「は~ぁ、やっぱり行っちゃったか」


 分かり切っていた結果に少しため息が出る。

分かっていた、あの子がそう簡単に夢を諦める事なんてしないと。きっとそうだろうと思いつつも、手紙に書いてしまった追伸は最期の抵抗だと思ってほしい。そうでもしなければ、書いている紙にインクが滲んでいてもおかしくなかったのだ。


「そんな頑固なところまで、似なくてよかったんだけどなぁ」


 思い出すのは今もなおどこにいるか分からない最愛の人の顔。昔ひとめぼれだった私は彼に猛烈アタックをした。


『子どももいますし、きっと自分は不愛想だから一緒にいても楽しくないと思いますよ』


 なんて、ちゃんとした断り文句で何度も断られ、最終的にはお父さんにも出張ってもらって必死に説得して渋々了承を得たんだったなぁ。思い出して懐かしくなる。しん、と静まり返った家の中。なんとなく、寂しくなってリュートの部屋へ足が向かう。


「……はぁ。布団、ぐちゃぐちゃじゃない」


 仕方ないなあと思いながら布団を直す。きっちりとした布団を見て、やはり息子は王都に向かってしまったんだなとしみじみしてしまう。もう、そんな年齢になっちゃったもんね。私の手を離れて、きっとこれからたくさんの私も見たことの無い景色を見て、いろんな人と出会って、友達もたくさんできて、それから、それから……。


「ああ、寂しいなぁ……」


 ポロっと零れ落ちた本音。それを自覚してしまったら、涙があふれてしまうと思っていた感情。ああ、寂しい。寂しいなぁ。あの子からどんなことがあったか、その日はどんな日だったのか、そんな当たり前の日常だったものが途端になくなってしまう。あの子の嬉しそうな顔や、少しむくれた顔、自分の好物が出てきて目を輝かせている顔。そのどれもが私の宝物で、そのどれもがこれから先は見れないのだ。

 泣いてばかりではいられない。そんなことは分かってる。分かっている。しかし、それでも、溢れる感情が、零れる涙が、私をここに、居座らせる。


「行ってらっしゃい、リュート」


 どうか、健やかに、たくさんの人に愛されながら過ごしてね。

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