第32話  アリバイの再確認

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 翌日、私は捜査本部が置かれている藤宮警察署を訪れた。


 ロビーで大和と合流する。


「希望ちゃん、犯人が分かったって、本当かい?」


「うん」


「どうやって分かったんだ? 目撃者でも見つけたの?」


「あのね、警察が見つけられないものを私が見つけられるわけないでしょ」


 今のはちょっと嫌味だったかな。言ってすぐに反省するが、大和は特に気づいていないようだった。刑事にあるまじき鈍感だ。


「それにしても石村と神崎には困ったなぁ。一緒にいたのなら正直に言ってくれないと」


 神崎と石村は交際していることはもちろん伏せて、事件があった日に一緒にいたことを正直に警察に証言したそうだ。私の助言通り、学校内における人間関係についての相談事をしていた、という嘘の理由を使ったようだ。神崎に聞いた話では、神崎は注意で済んだが石村の方はこっぴどく絞られたみたい。


「ところで、そのカバンはなんだい?」


「これ? パソコン持ってきたんだ」


 私はノートパソコンを持参していた。黒木が映研の撮影に映り込んでいたことを証明するために。


 会議室に案内される。そこには狩谷警部が待ち構えていた。


「こんばんは、狩谷警部」


「何やら重大な話があるようだね」


 狩谷警部は焦燥していた。


 大福のようなふっくらとした顔の肉付きには変化がないが、目の周りには隈が浮かび、顔色はまるで土のようだ。犯人の尻尾すら掴むことのできない焦りと捜査の疲労が見て取れる。


「はい。犯人が分かりました」


 つるつる頭に汗の粒を浮かべながら、狩谷警部は目を丸くする。


「本当に?」


「えぇ」


「誰なんだい? やっぱり中林が?」


「それは順を追って説明します」


 青夜が推理を披露する際にいつもやるように私はもったいぶった言い方をした。


「さすがは青夜さんの助手だ。とりあえず、かけて。おい、何か飲み物を」


「はい」


 私は狩谷警部の正面の机に落ち着く。大和は廊下に出て自販機から三人分の缶コーヒーを買ってくると、私と狩谷警部の斜め横に立った。ちょうど三人で正三角形を作るような位置取りだ。


「それで、犯人はいったい誰なんだい?」


 缶コーヒーを開け、狩谷警部は聞く。


「まぁまぁ、落ち着いてください。順番通りに話をしないと分かりにくいと思うので」


 私も缶コーヒーを一口飲む。人工的な甘みが口の中に広がる。


「まず、今回の事件では不可解なことがいくつもありましたが、その全てに答えを見つけることはできませんでした。しかし、一つだけはっきりしていることは誰が殺したか。誰なら殺せたか……」


 そう、謎はまだ残っている。


「犯人はなぜ被害者たちの遺体に異常で猟奇的な工作をしたのか、そして動機の謎。あの人にとって、天馬先輩たちはなぜ復讐の対象になったのか、この辺については全く見当もつかなかったから、犯人に直接聞くしかないです」


「希望ちゃん、青夜兄さんのマネはいいから早く教えてくれよ」


 大和が焦ったように言う。


「分かったよ、じゃあ説明するね。まず今回の事件のおさらいからいくよ。事件が起きたのは八月四日。殺されたのはそこに通う三人の生徒。天馬満、月ヶ瀬道夫、星崎龍一。三人の死亡推定時刻は午前九時から正午までの三時間。つまり、犯行があったのはその三時間だと考えられる。そしてその時間帯、藤宮高校にいた人間、訪れた人間の中でアリバイが不完全だったのは六人」


 私は右手をパーにして左手の人差し指を右の手のひらに当てる。


「中林紘一、石村勝彦、神崎友子、十時聡、名田順太、黒木武臣。この六人だね」


 と大和が横から言った。


「そう。で、その六人のアリバイを確認するよ。まず中林紘一。彼は事件当日、被害者の一人の天馬先輩とバスケの自主練をするために朝早くから登校していました。天馬先輩が夏期補講に出席するために練習を抜けたのが九時過ぎ。それ以降、中林は他の部員たちが登校してきた午前十時五十分頃までアリバイがない。私が登校してきた午前十時前ぐらいには体育館にいたけれど、私と中林が話していたのは一分ほどなので、これでは彼のアリバイの証明にはなりません」


 中林は午前九時から午前十時五十分までのアリバイがない。


「次は石村先生」


「石村か」


 狩谷警部の顔が険しくなる。噓の証言をされたことがまだ腹に据えかねているのだろう。未成年と付き合っている、ということまで知ったら、きっと爆発するだろうな。


「石村先生は午前八時半から午前九時二十分頃まで夏期補講に出ていました。その後は社会科準備室に移って一人で仕事をしており、ひと段落ついたのが午前十一時頃。その後は神崎先輩の相談に乗るため、彼女と合流。相談の内容が内容だけに、人に見られたらまずいため、誰も来ないであろう女子バレー部の部室で話を聞いていたようです。終わったのは午後十二時半頃」


 石村には午前九時二十分から午前十一時までのアリバイがない。


「そのまま神崎先輩のアリバイも確認しましょう。神崎先輩が登校してきたのは午前九時半頃。さっき言ったように石村先生に相談したいことがあるから来たそうです。ただ、石村先生は十一時まで仕事をしていたため、彼女は一人で女子バレー部の部室で待っていたそうです。石村先生と合流したのが午前十一時頃で十二時半まで相談に乗ってもらっていたようです」


 神崎には午前九時半から午前十一時までのアリバイがない。


「そんなに深い悩みだったのかなぁ」と大和。


「まぁ、思春期にはいろいろあるから……それで、次はえぇと、十時先輩。十時先輩は利き腕を骨折しているので犯行は不可能だと思われますが、一応アリバイだけさらっと確認していきます。十時先輩は事件当日は野球部の練習試合があり、一年生と一緒にスコアボードの係を担当していました。しかし、エースだったプライドからか一年に交じって雑用をやらされていることに嫌気がさした十時先輩はサボりに行ってしまいます。これが午前十時過ぎ。戻ってきたのは午後一時過ぎ。どこでぶらぶらしていたのかは定かではありませんが、目撃者はいないみたいですね」


 十時には午前十時過ぎから正午までのアリバイがない。


「どんどん行きましょう。次は名田先生。名田先生は午前九時十分頃まで職員室で仕事をしていて、午前九時半から午前十時二十分まで夏期補講の授業をしていました。その後は石村先生と同じく教科準備室――名田先生の場合は英語科準備室で仕事をして、十二時頃に顧問を務めている男子ソフトテニス部の練習に参加しています」


 名田には午前九時十分から午前九時半までの二十分間、そして午前十時二十分から正午までのアリバイがない。


「石村も名田も、職員室で仕事をしてれば目撃者がいたのになぁ」


 狩谷警部はそう言って缶コーヒーをぐいっと傾ける。


「きっと、人が多いと集中できないんですよ」と大和が相槌を打った。


「最後は黒木先輩。彼は、夏期補講に参加するために登校してきた生徒が午前八時半頃に見かけただけで、一切のアリバイがありませんね」


 狩谷警部と大和は同時に頷く。それを見て、私はカバンからノートパソコンを取り出した。


「ちょっと見てもらいたいものがあるんです」


 狩谷警部と大和にも画面が見えるように置く。やがて映像が流れ始めた。


「これは事件当日に私たち映研が首刈り山で撮影した自主製作映画です。実は、これに黒木先輩が映り込んでいたんです」


「え?」


「え?」


 狩谷警部と大和の声が重なる。


 そうして私は彼が映り込んだシーンを流していく。


「本当だ。でも希望ちゃん、いったいどういうことなんだい?」


「はい。黒木先輩はどうやら映研に好きな女の子がいたらしく、その子の後をこっそりつけていたんです」


「えぇ」


 大和がちょっと引き気味に顔を曇らせる。


 さすがに首刈り山での黒木二郎の事件についてのことは言えないし、言わないと約束したので、それっぽい理由を考えておいた。もちろん黒木にもこういう理由でいくと許可は取ってある。


 黒木二郎の事件を蒸し返されるよりは、恋する思春期男子だと思われる方が百倍マシなはず。


「藤宮高校から首刈り山までは徒歩でおよそ二十分ほど。黒木先輩は撮影したシーンに満遍なく映り込んでおり、最初に映り込んでいたのは午前十一時二十三分、最後のシーンは午後一時五十分に撮影したシーンに映り込んでいました」


「つまり、映研が午前十一時頃に学校を出発して、それについていったとしたなら」


「午前十一時から正午までのアリバイが成立します」


 黒木には午前九時から午前十一時までのアリバイがない。

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