第30話 二郎
1
首刈り山からの帰り道、スマホに着信があった。見ると、大和からだ。
「もしもし」
「もしもし、希望ちゃん?」
「んー、何?」
「希望ちゃんが確認してきてほしいって言ってたことと新しく判明した情報があるから教えようと思って」
「何? ついに物証でも見つかった?」
「いや、それは全く……」
警察の捜査も難航しているようだ。
「まず、希望ちゃんが言ってた月ヶ瀬から神崎への着信だけど、月ヶ瀬のスマホの通話履歴を調べたら、たしかに八月四日の午前十時二十一分から、午前十時二十三分までの二分間通話をしていたことが分かったよ」
「つまり、月ヶ瀬道夫は午前十時二十三分までは生きてたってことね」
「ああ。それと、こっちはあんまり関係ないかもしれないんだが、一応伝えておこうと思って」
「何?」
「天馬の遺体には水性絵の具を何種類も溶かした水がかかってただろ?」
「うん。それが?」
「狩谷警部がさ、もしかしたらあの絵の具水は天馬の遺体についた絵の具を隠すためにかけたのかもしれないって言い出して、検視担当に天馬の遺体には油性絵の具は付着してなかったかどうか確認したんだ」
「なんでそんな発想になるのさ」
「いやほら、月ヶ瀬と星崎の首には索状痕と一緒に油性絵の具がついてただろ? そこから着想を得たんじゃないかな。で、結果は空振り。天馬の遺体から油性絵の具は検出されなかった」
「だから、それで何が分かるっていうのさ」
警察の捜査も難航しているようだ。この分だと、もう青夜が帰国してくれるのを待つしかないのか。
まぁ、天馬の遺体の工作だけ絵の具水という点は私も引っかかっている。そしてたしかに月ヶ瀬の遺体には索状痕の縁の辺り、そして星崎の遺体には索状痕の中に油性絵の具がこびりついていたけど……
「……!」
「狩谷警部が言うには犯人は絵の具を――」
もう大和の声は耳に届かなかった。
私の脳は今まで生きてきた中でかつてないほど高速で働いている。
パズルのピースが面白いほど組み合わさっていく感覚。
謎は多く残る。
しかし、私たちが求めている答え――犯人の名は、今しっかりと導き出された。
*
さて、ここまでで論理的に犯人を指摘するために必要な全ての情報が揃いました。
求めるべき答えは一つだけ。
天馬満。
月ヶ瀬道夫。
星崎龍一。
この三人を殺害した犯人は誰か。
このエピソードの後半から解決編となります。
では、解決編スタートです。
2
石村は頭を抱えていた。
大紋希望は他言しないと約束したものの、もしどこからか神崎友子との関係が漏れてしまったら、自分のクビは間違いなく飛ぶだろう。
「はぁ」
職員室を出たところで、廊下を歩いてきた名田順太とばったり出くわした。
「石村先生、なんだか顔色が悪いですねぇ」
「ははっ、いやぁ、事件のことで頭がいっぱいで」
「分かります。早く解決してほしいですよねぇ。あぁ、立ち話もなんですし、ちょっとコーヒーでも飲みながら情報交換といきませんか?」
「情報交換?」
「なんだか、一年の大紋希望という生徒が事件について調べているみたいなんですよ。石村先生も、彼女に話を聞かれていましたよね」
「えぇ、まぁ」
大紋希望のことは正直全く当てにしていないしていない石村だった。警察が頭を抱える事件が高校一年生の小娘に解決できるわけがない。
だが、事件についての話を誰かとしたい自分もいた。
誘われるがままに英語準備室へ。
この部屋に入るのは初めてだった。というより、他の教科の準備室に入る機会など全くないので、正確に言うのであれば社会科準備室以外の教科準備室に入るのはこれが初めてだった。
けっこう散らかってるな。
名田は慣れた手つきでウォーターサーバーからお湯を注ぎ、インスタントコーヒーを作る。それを待つ間、石村は室内を観察していた。
「ここ、名田先生の机ですか?」
「えぇ」
「犬がお好きなんですね」
名田の机には犬の写真がいくつも飾られていた。
「今まで私がお迎えした子達です。この子は
毛並みのいいパピヨンの写真を示して名田は言う。
「その隣のゴールデンレトリーバーがヨツバ。この子は五年前に逝ってしまいました。活発な女の子で、僕の大きな支えとなってくれました」
名田はしみじみと目を細める。
「この子は? どうやらこの子だけ生まれてすぐの写真ですが、もしや?」
柴犬らしき小さな犬の写真だ。
「ええ、三郎は生まれてすぐに……呼吸器系に重大な障害があったとかで、手を尽くしてくれたようなんですが残念ながら……でもこの子の双子の兄は元気に育ってくれました」
「双子ですか? 犬が一度の出産で二匹しか生まれないのは珍しいですね」
石村は目を丸くする。
「この子ですよ。名前は――」
名田はそうして一番右端の写真を示す。
「二郎です」
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