第28話  黒木家

 1



 本人に聞け。


 それはつまり被害者と黒木の間にはなんらかの事情があり、それを神崎も知っているということだ。


 天馬。月ヶ瀬、星崎。彼らと同じグループで中学時代を過ごした黒木武臣。


 なぜ彼は高校に進学してからは彼らとつるまなくなったのか。


 彼らの仲を引き裂く何かがあったのだろうか。それはまさか、『復讐』に繋がる何かなのだろうか。


 私は神崎から教えてもらった黒木武臣の家に向かっていた。


 どのみち彼からも事件について聞かなくてはいけなかったのだから、一石二鳥だ……あれ、使い方あってる?


 街の中心部からは外れており、例の首刈り山の近くの住宅街に黒木家はあった。こじんまりとした平屋で、敷地を囲うブロック塀のおかげで中はほとんど見えない。


 私は玄関の前まで歩き、インターホンを押す。しかし誰も出てこない。留守のようだ。

 仕方ない、出直すとするか。


 来た道を引き返す。その道中、亜希から電話があった。


「もしもし、希望ちゃん?」


「どしたの?」


「私の家まで来てくれない?」


「何? なんかあった?」


「実はね――」


 亜希からの報告を受け、私は汗だくになるのも構わずに駆け出した。



 *



 亜希の家に到着する頃にはすっかり汗まみれになってしまっていた。すぐに亜希から受けた報告について確認したいが、さすがにこのまま人様の家に上がるのは私の乙女心が許さないので、タオル、デオドラントシート、制汗剤をフル活用する。


「ふぅ、さっぱり」


 さらさらになった私は改めて東雲家にお邪魔する。


「お邪魔しまーす」


「希望ちゃん、待ってたよ」


「ごめんごめん、ちょっと遠くにいて。で、本当なの?」


「うん、見て」


 亜希はリビングのテーブルの上に置かれたノートパソコンの前に座る。私もその横に腰を下ろし、画面を注視した。


 亜希は映研では編集作業を担当している。部活そのものは無期限の休止中だが、データを持ち帰っていた亜希はなんの気なしに事件があった日に撮影した映画の映像を眺めていた。そしてそこにある者が映り込んでいるのを発見したのだ。


「見ててね、まずこれ」


 首刈り山の入り口付近で撮影したシーンを再生する。


 演劇部の先輩が演じる探偵が、助手を伴って山を見上げるシーンだ。


「ここ」


 亜希はマウスを操作し、一時停止をする。その後画面の右端部分を拡大した。そこには黒っぽい人影が映っている。


「最初はさ、近くに住んでいる人が映り込んじゃったのかもって思ったんだけど」


 亜希は次のシーンを再生した。


 山の中腹、犯人が隠した証拠品を掘り出すシーンだ。


「ほらここ、見て」


 密集してそびえる木々。その陰から覗く顔がアップになる。


「これが黒木先輩なの?」


「うん、間違いない」


 高校二年生にしては輪郭は武骨でよく言えば貫禄があり、悪く言えば老けて見える。日焼けのせいか肌は小麦色でぱっと見た印象はスポーツマン然として感じだが、やっていることは全くそうではない。


「この人、なんで撮影の覗きなんかしてるの?」


「さぁ」


 この日の撮影はたしか十一時二十分頃から午後二時過ぎ辺りまでだったと記憶している。黒木はそれらのシーンに点々と、しかし満遍なく映り込んでしまっていた。


「みんな撮影に集中してて気づかなかったみたい」


「でもどうすんの? これ撮り直しってこと?」


 またあの山まで歩きにいかなくてはいけないのか。


「ああ、それはたぶん大丈夫、修正で消せるから」


「あ、そう」


 それはよかった。


「でも、これで黒木先輩は嘘の証言をしてたことが分かったよ」


 黒木は九時から十二時まで学校にいたという証言をしていたはず。それなのに実際は私たち映研の撮影をストーキングし、何が目的かは分からないが首刈り山にいたのだ。


 正確な時刻で言うと、一番早く彼がカメラに映り込んでいたのは午前十一時二十三分。その後、各シーンにちょこちょこ映り込みながら最後に映り込んだのは午後一時五十分のシーンだ。


 そして藤宮高校から首刈り山までは徒歩で片道約二十分ほどの時間がかかる。私たちの後を学校から尾行していたにしろ、先回りして首刈り山で待っていたにしろ、午前十一時二十三分の時点で首刈り山にいたのなら、彼は午前十一時三分以降のアリバイが成立する。


「それにしても、亜希ちゃんよく黒木先輩のこと知ってたね」


「だって有名人だもん」


「そうなの?」


「ほら、ロケに行く途中話したでしょ」


「?」


「首刈り山で見つかった子供の首無し遺体。あの時は不謹慎だって先輩が言ってたから言わなかったけど、その子は黒木先輩の弟なの」



 2



 誰も話したがらない黒木武臣の過去。


 それは痛ましい事件によって弟を亡くした黒木の心を慮ってのことなのかもしれない。黒木の弟、黒木二郎は事故に遭って死んだのではない。首を切断された状態で見つかっている。事故にしろ、他殺にしろ、首を切った某がいるはずで、その時の二郎の親族の受けた悲しみ、そして衝撃は計り知れない。


 事件は迷宮入りしてしまい、黒木家にとっては何も解決しないまま時だけが過ぎていったのだ。


 いくら黒木の友人知人といっても、このことを安易に口外するのは良心が咎めたのだろう。黒木について言い渋っていた彼の同級生たちや神崎の気持ちはよく理解できた。

 そういえば、ロケの日も首刈り山についてこそこそ話していた二年生の先輩たちに、三年生の先輩が不謹慎だ、と𠮟りつけていたっけ。



「……」


 もしこの黒木の過去が現在の事件に関わっているとしたら、どうなる?


 黒木が天馬たちのグループと疎遠になったのは、弟を失って立ち直れなくなったからのか?


 それとも……


「首切り……復讐」


 嫌な想像が頭をよぎった。


 さすがにそんなことはないだろう。


 とにかく、黒木と話がしたい。



 *



 翌日、私は再び黒木家を訪れた。インターホンを鳴らすと「はーい」と声が。今日は留守ではないようでほっとする。


 ややあって、ほっそりとした面持ちの女性が出てきた。くたびれた黒いTシャツに色の薄れたジーンズという装いだ。


「どなたでしょうか」


 しっとりとした声だ。


「あっ、私、藤宮高校一年の大紋希望と申します。黒木武臣先輩に用事があってまいりました。黒木先輩のお母様でしょうか」


「えぇ、そうですけど」


 訝しげな眼で私を見やると、黒木母はちらっと後ろを振り向いて、


「ごめんなさいね、出かけてると思うわ」


 神崎と同じパターンか。


「どちらに行かれたか分かりますか?」


「さぁ。何も言ってなかったから……」


 だがちょうどいい。黒木の中学時代の人間関係について、彼の母なら少しくらいは知っているだろう。中学生の時は仲が良かったのなら、お互いの家に遊びに行ったりして、親と顔見知りになることもあるだろう。


「あの、少しでいいのでお話を聞きたいのですが、先日藤宮高校で起きた事件について、ご存じでしょうか?」


「えぇ、知っているけれど」


 なぜいきなりそんなことを聞くのだ、と言いたげに黒木母は私を見据えた。切れ長の目に鼻筋の通った高い鼻。肌の白さは陶器のようで薄桃色の唇が際立って見える。


 薄幸の美女という表現がよく似合う。


「私、実は独自に事件のことについて調べていまして、被害者の三人の先輩――天馬先輩、月ヶ瀬先輩、星崎先輩たちと黒木先輩が中学時代仲良くしていたというお話を聞きまして」


「武臣が事件に関係があるの? というか、あなたまだ学生じゃない?」


「実は、私の親族に――」


 と私は例によって例のごとく、親戚に探偵がいること、その探偵の助手として殺人事件の捜査協力をしてきたこと、今回の事件も非公式に警察に協力していることを要領よく説明する。


「そういうわけで黒木先輩が事件に関与している、ということではなく――ここだけ嘘だ――、被害者の先輩方の人物像、人間関係について詳しく調査をしたいと思い、仲が良かった黒木先輩に話を伺おうと思ったんです」


「たしかに、仲は良かったけれど……」


 良かったけれど、という過去形が気になる。


「中学二年生くらいまではよくみんなで遊んで、うちにも来てくれたけど」


 黒木母はそこで言葉を切り、少し俯く。


「二郎の事件があってから一年くらい、武臣は家にこもるようになって……」


 やはりか。


 二郎の事件は黒木の精神に大きな衝撃を与えたようだ。その後、被害者三人の印象について黒木母に聞いてみたが、他の者同様「いい子たちだった」という評価に落ち着くだけだった。


 黒木家を後にし、私はある場所へ向かった。


 確証があるわけではない。


 しかし、彼ならきっとあそこにいるだろうと第六感めいたものが伝えている。


 午前の日射しはまさに灼熱で、私は溶けそうになりながら足を動かした。


 黒木家から十分ほど歩き詰め、やがて私は首刈り山に辿り着いた。


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