第25話 神崎と石村
1
「あの二人って付き合ってるの? えぇーやばいの見ちゃった」
亜希がキャーキャーうるさいので私は彼女の口を塞ぐ。
「こら、亜希ちゃん。神崎先輩に聞こえちゃうでしょ。しー」
「むぐぐ」
「いい? まずは石村先生のとこ行くよ」
「むぐむぐ」
「まず石村先生に裏を取る」
「むぐぐぐ」
「え? 何?」
私は手を離してやる。
「神崎先輩に先に聞けばいいんじゃない? すぐそこにいるんだから」
「この情報は神崎先輩を崩すための切り札だからね。すっとぼけられないように、石村先生に確認を取って真偽を確かめる必要があるの」
「石村先生の方がすっとぼけるんじゃない? 生徒と付き合ってるなんてバレたら教師をクビになるどころか下手したら逮捕されるんだから」
「だ、か、ら、だよ」
「へ?」
「バレたら困ることをバラされないために、きっと正直に話してくれるって」
「……希望ちゃん、すっごい悪い顔してる」
「さ、行くよ」
2
「石村せんせぇ」
私と亜希はさっそく職員室に向かった。ここにいるという確信があったわけではないが、石村は職員室の自分の机についていた。
「なんだお前ら、また来たのか」
「昨日はありがとうございました。おかげでいろいろと有益な情報が手に入りましたよ」
「それはよかったな」
「ちょっと、石村先生にもまたお話を聞きたいんですけど」
「またか? あのな、先生はやることがいっぱいあるんだぞ」
「ちょっとでいいんです。ちょっとだけお席を外していただければ」
「ここじゃ駄目なのか?」
石村は面倒くさそうな顔をする。
「んー、ここだといろいろ不都合があると思うんですよね」
「?」
「まぁまぁ、ちょっとだけでいいんで」
「お願いしまーす」
そうして私たちは石村を連れ出す。
近くの空き教室に落ち着いた。
「で、今度は何を聞きたいんだ? もう事件について知ってることは全部話したぞ」
「あ、今日は事件について聞きに来たんじゃないんです」
「じゃあなんだ?」
「いやぁ、さっき女子バレー部の部室でなぁにをしてたのかなって」
私がぶっこむと、石村は目を見開き、体がびくんと震えた。一瞬で空気が変わる。私たちは無言のまま視線のやり取りをし、蝉の声だけが夏の教室に響き渡った。
「な、何を言って――」
「ああ、そういうのいいんで。神崎先輩とどういう関係なのか、教えてください」
「お前ら、見てたのか?」
「はい」
「あ、あれは神崎の相談に乗ってただけで、やましいことなんか――」
「石村先生、私たち、見ただけじゃなくて聞いてもいたんです。部室の壁って意外と薄いんですねぇ」
「――っ!」
これは石村を追い込むための嘘だが、効果はあったようだ。石村の精悍な顔に汗の粒が浮かび、目の焦点が合わなくなる。てか神聖な学び舎でマジで何やってたの?
「ね? だから職員室だと不都合があるって言ったでしょ。でも安心してください。私たち、別にこのことを誰かに言いふらしたりはしないんで」
「何が目的だ?」
この返答は暗に認めているのと同義だ。
「ああ、別に脅迫とかそういうんじゃないんです。私たちはあくまで、事件の解決のために動いてるんですから」
「事件のことと、俺と神崎のことは関係ないだろ」
石村は小声で、しかし明らかな怒りをにじませて言った。
「大ありですよ。だって二人ともアリバイがない容疑者同士なんですもん。だから、隠してること、全部白状してほしいんです」
「隠してる、こと?」
石村と神崎が恋人関係ということは、八月六日に英語科準備室から隠れ見た二人の様子にも意味が生まれてくるのではないか。あの時、二人は深刻な表情をして並んで歩いていた。
しかも石村は私が最初に話を聞いた時、補講が終わった後は誰とも会わずにずっと一人だったのか、という質問に対して、不自然な態度を取っていたのだ。
そして神崎は事件当日、何も用事がないまま部室で過ごしていた。
これらのことを二人は恋人関係であるという前提を頭に入れて考えると……
「石村先生、あの日、本当は神崎先輩と一緒にいたんじゃないですか?」
2
私は女子バレー部の部室へ向かった。まだ神崎がいるかもしれない。
私が部室棟に到着したのと神崎が部室から出てきたのは、ほぼ同時だった。
「あっ、神崎先輩」
「またてめぇかよ」
不快なものを見るように神崎は私を睨む。
「あの、誤解です。私、別に石村先生のこと狙ってるとかそういうんじゃないです」
「あぁ?」
「話だけでも聞いてください。私、事件について聞きたいんです」
「なんであたしがそんなこと――」
「石村先生のこと、助けられるかもしれませんよ?」
「どういうことだよ」
「今のところ、石村先生も神崎先輩も、アリバイが不完全で容疑者候補の枠から外れていません。でも神崎先輩があの日のことを正直に話せば、もしかしたらアリバイが成立するかもしれません」
「正直にって……」
「アリバイがないのは一人でいたって証言したからなんです。本当は石村先生と一緒にいたんでしょう?」
「そ、それは――」
神崎の表情に動揺が走った。
「二人の関係がバレたら困るから、石村先生と口裏を合わせてお互い一人でいたって証言したんでしょう? でも結果的にそのせいで二人のアリバイは成立しなくなってしまった」
「……」
私と亜希はすでに石村からあの日、本当はどういう行動を取っていたのかを聞き出している。もし彼女が石村と同じことを語れば、裏が取れる。
石村が神崎と電話で連絡を取り、口裏を合わせないよう彼には現在亜希が一緒についている。亜希と石村を職員室に送り届けてから私はここに来たのだ。
「私は事件を解決したいだけなんです。警察は憶測だけで私の友達を疑っていて、でもそれは石村先生や神崎先輩も同じ状況にあるんです。物証がないから、警察は印象だけで私の友達、中林を犯人扱いしてる。捜査が難航しているうちに『おや、中林は違うかも』と警察の気分が変わったら、今度はお二人に警察の目が向いてもおかしくない状況なんです」
「……つっても、あたしらは殺人なんしてねぇんだよ。事件のことはなんにも知らないし、役に立つことなんかないと思うぜ」
「だからこそ、容疑者候補になってしまっている人の証言、情報は全て正しく取り入れる必要があります。この事件は指紋も体液も体毛も筆跡も、犯人に繋がる証拠が何一つ見つかっていません。物証以外の視点から、事件を検討しなといけない」
「……」
「神崎先輩は、石村先生と一緒にいたんですよね?」
「……」
神崎は無言で頷いた。
「お二人は付き合ってるんですよね」
「……そうだよ」
よし、遂に認めさせたぞ。
「でもよ、あたしたちがそれを認めてすぐに『はいこれでアリバイ成立ですね』とはならないだろうし、そもそもあたしと先生が一緒にいたことを証明するためには付き合ってることを警察にも証言しないといけないんだろ? あたしらが付き合ってることがバレたらヤバいのは、その警察なんだよ」
「そこは大丈夫です。ご安心ください。重要なのは二人が一緒にいたという事実で、交際していることまで正直に話す必要はありません」
「それで警察が納得するのか?」
「んー、まぁ、何をしてたんだって話には当然なるので、心配なら、相談ごとがあって話を聞いてもらっていた、とかでごまかすのがいいかと。相談内容が学校の人間関係で悩みがあって、人に言いにくいことだったから、警察の事情聴取でも言えなかった、とか?」
「……お前、けっこう悪知恵働くんだな」
「えへへ」
神崎の顔から強張りが消え、空気が少しだけ和んだ気がする。
「それで本題に入りますが、先輩のあの日の本当の行動を教えていただけますか」
そして神崎が語ったことは石村がゲロった話と全く同じ内容だった。
*
八月四日に神崎友子は藤宮高校を訪れた。
目的は恋人である石村と秘密の逢瀬をするためだ。
しかし二人は生徒と教師。
表立ってデートなどできるはずもなく、人目をはばかって密会を重ねていたという。
その日、石村は午前八時半から九時二十分まで補講があった。それが終わってからこっそり会おうと計画を立て、神崎は九時半頃に藤宮高を訪れる。しかし石村は思っていたよりも仕事が立て込んでいたようで、ラインで『少し待っててくれ』と九時二十五分にメッセージが来た(そのメッセージと時刻はトーク画面で確認済み)。
そして石村は社会科準備室に赴き、大急ぎで仕事に取りかかった。
一方、すぐに会うことは叶わなかった神崎は特にやることもなく、仕方なしに女子バレーボール部の部室で時間を潰した。
この場所を選んだのは、その日は女バレが休みで誰も訪れる心配がなかったことと、校舎内で石村を待っていたら誰かに見られる危険があったことが理由だった。
万が一にも石村と密会することが知られないように、誰にも見られない部室を待機場所に選んだ。
そして石村の仕事が一段落ついた午前十一時、彼は神崎が待つ女子バレーボール部の部室に足を踏み入れたのである。
二人が解散したのは午後十二時半。
その一時間半の間で何をしていたのかまではさすがに話さなかったし、私もそんな未成年淫行の話なんか聞きたくない。きっと二人はいっぱい体を動かして汗をかくことをしたんだろうなぁ、とだけ……
ともかく、これで二人のアリバイが更新されたわけだ。
殺害があったと思われるのは午前九時から午後十二時までの三時間。
石村と神崎は午前十一時から十二時までのアリバイが成立する。
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