第24話 禁断の……
1
通夜から二日が経った。
八月九日。
未だに犯人は捕まらず、警察の捜査も難航しているという。
警察が目を付けている中林。
彼にはたしかにアリバイがないが、彼が犯人だと断定できる証拠は見つかっていない。犯人が現場に遺した凶器や置き紙などから指紋や体液は検出されず、目撃証言もないからだ。
つまり、物証で犯人を特定することは難しい。
今さら新しい物証が見つかるとも思えない。
だが、それは中林以外の容疑者候補たちにも言える話で、こうなってくると物証以外の決め手が必要になる。
私と亜希ちゃんは昨日の朝から藤宮高校に赴き、被害者たちのさらなる情報収集に当たった。
教師たちに話を聞くも、出てくるのは既知の情報ばかりで、特に被害者たちの人となりについてはみんな口を揃えて「いい子たちだった」という評価だった。
昨日は生徒が一人もいなかったので、石村に協力をしてもらい、彼らと仲の良かった生徒、同じクラスの生徒、同じ部活の生徒などの住所を教えてもらった。午後からはそれらの家々を巡り、被害者たちの人物像を深堀りした。
さすがに全員の家は回れなかったし、留守にしている家もあったが、成果はあったと思う。
私はベッドに寝転び、昨日得た新情報を考察する。
まず大きな成果として、神崎友子と付き合っていた被害者が判明した。
彼女と交際していたのは月ヶ瀬道夫だった。
一年生の夏から冬休みの終わり頃までという短い期間だったが、二人は彼氏彼女の関係だったそうだ。破局の理由までは分からなかったが、別れた後は神崎の方が月ヶ瀬を露骨に嫌って敵意を向け始めたという。
月ヶ瀬が神崎を怒らせるようなことをしでかし、それが破局に繋がったのだろうか。例えば月ヶ瀬が浮気をして、それに怒った神崎が彼をフった……とか。
その辺りのストーリーは本人たちにしか分からないことなので想像の域を出ないが、これで月ヶ瀬に動機を持つ者が判明した。
周囲の話から神崎は交際終了後、月ヶ瀬を嫌い始めた。ということは、月ヶ瀬に対して殺意を抱いていたという可能性が浮上する。
神崎と天馬、星崎の関係の方も聞き込みをしてみたが、こちらはただの元クラスメイトという関係性以外の事は分からなかった。
神崎のキーパーソンは月ヶ瀬。
しかも彼女の事件当日の行動は非常に怪しい。わざわざ夏休みの貴重な一日を使って学校に来たというのに、何もせずに部室にこもっていたなんて、何かを隠しているとしか思えない。
やはり神崎と接触をしなければ。
また、天馬たちと同じ中学校だった生徒にも話を聞くことができた。それによると、天馬満、月ヶ瀬道夫、星崎龍一は中学時代から仲が良かったのだが、実はもう一人彼らと仲の良かった生徒がおり、彼らは四人でグループを作っていたというのだ。
しかしなぜかこの先の話、そのもう一人が誰なのか、今も藤宮高校に通っているのか、と尋ねると、途端に口が堅くなってしまった。まるでそう、そのもう一人の存在はうっかり口を滑らせてしまっただけで本来は話すつもりはなかった、とでも言うように……
その後、被害者の三人と同じ中学だった別の生徒の家も訪問してみたが、そのことを聞こうとすると、何も話せない、と言われてしまった。もしかすると、最初に話を聞いた被害者の同級生が連絡を回し、私たちにそのことを秘密にしておくよう進言したのかもしれない。そう考えてしまうのは被害妄想だろうか。
だが、仲が良かった生徒がいたということを話せない事情があるということ自体、おかしなことだと思う。誰々と誰々は中学時代仲が良かったんだよ、というのは別にタブーなことではないはず。それなのに話せないということは……?
派手な喧嘩をして三人ともう一人は仲違いをし、遺恨が残った?
でもそれなら話しにくいことはあっても、話せないわけではないだろう。
「うーむ」
とにかく、被害者の三人の過去にも秘密がありそうだ。もしかすると、仲が良かった四人目が事件に関わっていたりして……
私はベッドから飛び起き、身支度を始めた。
マンションを出て亜希に電話をかける。
灼熱の太陽が街を熱するが、今の私はそんなことでは止められない。
「あっ、亜希ちゃん。今日も付き合ってくれる。うん、ありがと。今から行くから」
亜希の家に寄り、彼女と合流する。
「今日はどうするの?」
「神崎先輩に会いに行こうと思うんだ」
神崎なら被害者たちと同じ中学出身だから、彼らのグループの四人目のことも知っているだろうし、彼らの過去に何があったのかについても知っているかもしれない。
「おお、ついに」
「ちょっと怖いけど、ちゃんと話せばわかってくれるはず」
そうして私たちは神崎友子の家へ向かった。
神崎家は二階建ての白い家で右手に広がる庭には大きな菩提樹が佇み、柴犬が二匹放し飼いにされていた。およそ殺人事件とは無関係そうなのどかな雰囲気を感じる。
インターホンを押すと、神崎友子によく似た若い女性が現れる。母、いや姉か?
「はい、どちら様でしょうか」
「あの、神崎先輩に用があって、あっ、私たち藤宮高一年の大紋希望と」
「東雲亜希です」
「友子のお友達? ごめんね、あの子出かけてるの」
「どちらに行かれたか分かりますか?」
「藤宮高にって言ってたけど」
「え? 藤宮高にですか?」
「ほら、まだあの事件が解決してないでしょう? 意味もなく出歩くのも本当はやめてほしいんだけど、あの子聞かなくて」
「い、いつ頃行きましたか?」
「一時間くらい前かしらねぇ」
「何の用事かは分かりますか?」
神崎姉――推定――はゆるく首を振って、
「あの子なーんにも言わないの。最近ずっと家でも怖い顔してるから……あんなことがあったら仕方がないとは思うけど」
例の事件が神崎友子の心境に大きな影響を与えているようだ。同級生が三人も殺されたのだから、彼女が犯人でないのならその反応は当然だろう。彼女が犯人でないのなら……
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
私たちは礼を言って神崎家を後にし、藤宮高校へ急いだ。入れ違いになったら困る。
「何の用事だろうね。部活はまだ休止中だし」
「誰かに会いに行ったのかな」
亜希は斜め上を見ながらぽつりと言った。
「誰か?」
「神崎先輩は事件当日も意味もなく藤宮高校に行ってるんだよねぇ。でも年頃の女の子が暇な時間にわざわざ出かけるって、よくよく考えたら誰かと会ってたんじゃないかって思わない?」
「彼氏ってこと?」
「そういうこと」
「でも彼氏と会ってたなら、そう言うはずでしょ」
「だよねぇ」
事件から五日経っても、藤宮高校周辺にはまだマスコミの人が少しいた。それらを無視して敷地内へ。
「女バレの部室行ってみようか」
運動部の部室は専用の部室棟に押し込められている。体育館と中庭の間に建つモルタル塗りの二階建ての建物。周りは木と植え込みに囲われていて、一見すると小さなアパートのように見える。
この建物には野球部とサッカー部、柔道部を除く――それらの部活には専用の部室があるのだ――運動部の部室が入っている。
それぞれの扉には部の名が表札のように掲げられ、女子バレーボール部は一階の右端の部屋だった。
「いるかな」
「事件があった日も意味もなく部室にこもってたって証言してたから、可能性はあるはず」
そうして私たちが部室棟に近づいた時、女子バレー部の扉がガチャリと開いた。思わず私と亜希は近くの植え込みの後ろへ隠れてしまった。
中から出てきたのは神崎友子。
やはり彼女はここにいた。
だが、彼女は一人じゃなかった。
「大丈夫、誰もいないよ」
神崎は周囲をじっくり見回し、扉の奥に声を投げる。
「え?」
「あれって」
女子バレーボール部の部室から出てきたのは、私たちの担任の石村勝彦だった。
2
「じゃ、今夜ね」
「ああ、友子」
石村はそそくさとその場を離れ、校舎の方へ消えた。
神崎は再び部室に戻っていく。
その一連の様子を見ていた私と亜希は固まってしまっていた。
たった今目にした光景、その意味を考える。いや考えるまでもないではないか。
私は八月六日に会った神崎友子の高圧的な態度、そしてその機嫌の悪さの理由にようやく見当がついた。点と点が繋がる。
そういうことだったのか。
最初はこそこそ事件を嗅ぎ回る私への苛立ちかと思ったが、そうではなかった。あの時、私の横には石村がいた。
そして今の石村と神崎の関係は……
「ねぇ、希望ちゃん。私たち、見ちゃいけないもの見ちゃった気がする」
「うん」
「石村先生って女バレの顧問だっけ?」
「いや、違う」
「……じゃあ」
「……うん」
あの二人の様子は今の一場面だけを切り取ってみても、恋人同士という結論を下すのに十分すぎるものだった。
神崎が苛立っていたのは、石村の横に他の女がいたからだ。自分の恋人の横に、別の女がいたからなのだ。こう考えると、あの時神崎が言った「あんまし調子乗んなよ」の意味もよく理解できる。
あれは自分の男に色目を使う女に対しての牽制だったのだ。
というか、私には全然そんな気はなかったんですけど!?
石村はたしかに見た目はいいけど、私の好みではない。だが、ああも石村にしつこく言い寄る私をはたから見ていた神崎が勘違いするのも無理はない。
「てか、あれいいの? 石村先生、バレたらクビになっちゃわない?」
「なっちゃうねぇ。これはヤバいよ。ふふふ」
神崎友子に取り入るための切り札を手に入れたぞ。
私は心の中でほくそ笑んだ。
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