第22話  少女たちの捜査会議 その3

 1



「三人の先輩たちは中学時代から仲良しだったんだね」


 捜査会議の議題は被害者たちの過去に移った。


「石村先生の話だと、去年同じクラスだった時は三人でずっとつるんでたからあの三人に繋がりがあるのは間違いなくて、そう考えると犯人も三人と深い接点があったんじゃないかな」


「その接点がいじめってこと?」


「亜希ちゃん、そこに飛躍させるのはまだちょっと早いかも」


「でも三人が誰かをいじめてて、その復讐ってストーリーが一番それらしくない?」


「そうなんだけど……」


 やはり被害者と犯人の関係性、そして事件の動機を突き詰めていくと、どうもいじめ問題が浮上してきてしまう。


「ただ、石村先生の話だと、あの三人は表立って誰かとトラブルを起こしたことはないし、普通にいい生徒だったって話なんだよ。まぁ、隠れて何やってたかなんてのは分からないけど」


「隠れて何かやってたから、こんな事件が起きたんだよ」


「やっぱそうかなぁ」


「だって、天馬先輩は紘一くんにあんなきつい自主練と自己管理を強制してたんだよ? これだって本人は隠してるつもりはないだろうけど、先生たちが知らない裏の顔じゃん」


「……たしかに」


 天馬満の行き過ぎた指導は見る者が見ればパワハラやいじめに該当するかもしれない。中林本人も苦に感じていたようだ。


「となると、三人と接点があった人が怪しくなるね。今のところ分かってるのは、石村先生が三人が一年生の時の副担任で、神崎先輩も一年の時は同じクラスだったってところか」


「あとは名田先生が二年の英語担当だから、三人のことは当然知ってるよね」


「そだね。あとは十時先輩と黒木先輩か。どっちも二年生……」


 もしかしたらこの二人も被害者の三人と接点があるかもしれない。同じ学年なのだから、話したことだってあるかも。あぁ、この二人の在籍クラスを聞いておけばよかった。


 明日は容疑者たちへの事情聴取をしよう。関係者たちの人間関係を整理すれば、意外な繋がりが見つかるかもしれない。でも神崎先輩は怖いなぁ。


「なんであんなに怒ってたんだろ」


「ん? 何?」


「いや神崎先輩がさぁ――」


 私は先ほど学校で神崎に出会った時の様子を伝える。


「それで肩を思いっきりぶつけられてさぁ、めっちゃ痛くて怖かった。まだちょっと痛いや」


「機嫌悪かったのかな」


「調子乗んなよって言われたから、たぶん私が事件の捜査をしてるのが鼻についたのかも」


「……それってつまり、神崎先輩は希望ちゃんにってことじゃない?」


「え?」


「もし神崎先輩が犯人だとしたら、事件を嗅ぎ回ってる人間は不愉快通り越してでしょう。だから、希望ちゃんが重要な証拠に辿り着く前に釘を刺したんじゃないかな」


「えぇ……そんな考え方したことなかったよ。でもたしかに神崎先輩には何かありそうなんだなぁ。石村先生と一緒に歩いてるの見てさ――」


 英語科準備室で隠れ見た石村と神崎の様子は、何かありそうな匂いがぷんぷんした。


「とにかく、関係者に話を聞かないと進展しなさそうだね」


 そう言って亜希は私が買ってきたペットボトルの紅茶を一口飲んだ。その時、プルルルルという高い音が遠くから聞こえてきた。


「あっ、電話だ」


 スマホではなく、家の固定電話の音のようだ。亜希は席を立ち、廊下へ出て行った。私は缶のコーラ(二本目)を開ける。小一時間ぐらいずっと喋ってたから喉が疲れた。


 刺激的な甘みが喉に染み渡る。


 彼女は三分ほどで戻ってきた。


「なんだった?」


「石村先生からだった。明日ね、先輩たちのお通夜があるんだって」


 聞くと、三人の先輩たちのお通夜は合同で行われるという。明日、八月七日の午後六時に市内のセレモニーホールで執り行われるそうで、藤宮高校の教師や生徒たちも参加できる人はできる限り参加してもらいたいようだ。


「希望ちゃん、行く?」


「特に予定もないし、行こうかな。亜希ちゃんは?」


「私も行く。紘一くんも行くかな」


 中林も行くはずだ。


 今の彼は警察から重点的にマークされ、中林自身もそのことを理解している。彼はどんな気持ちで通夜に臨むのだろうと想像すると、胸の奥がきゅっと痛んだ。



 2



 八月七日。午後五時。


 亜希、中林と共に私は市内のとあるセレモニーホールを訪れていた。またしても入り口付近にマスコミ連中がいて中継を行ったり、通夜の参加者たちにインタビューや取材などをしていた。私たちも声をかけられそうになったので、ダッシュで敷地の中に入る。


 三人合同だからか、かなりの人がいた。藤宮高校の生徒たちは制服姿なのでよく目立つ。学年、クラスごとに集合するようで、奥の方に藤宮高校の集まりがまるで学年集会のような規模であった。


 私たちも自分たちのクラス――一年七組の列に並ぶ。私たちのクラスの右隣から二年生の列になっており、少し離れたところに神崎友子の姿があった。


 神崎は友人たちと何かを話してる。私は耳をそばだてた。


「友子、元気だしなね」


「うん、ありがと」


 通夜の雰囲気か、それとも本気で悲しんでいるのか、神崎の目にはうっすら涙が浮かんでいるように見えた。


 昨日会った時の威嚇するような空気はなりをひそめ、しおらしい感じだ。指先で涙を拭い、強がるような調子で神崎は言った。


「やっぱ大っ嫌いな元カレでも死んだら悲しいもんだね」


「……友子」


 元カレ……?


 神崎の口から意外な単語が飛び出てきた。


「こんなことになるなら、ちゃんと仲直りしとけばよかった」


 仲直り……?


「おーい、点呼をして順番に受付してくぞー。みんな静かにしろー」


 前の方で藤宮高校の先生が大声でそう言い、神崎たちの会話は中断されてしまった。しかし、今の会話には被害者たちと神崎の繋がりを示す重要なヒントがあった。


「……元カレ」


 神崎友子と被害者の三人の先輩の誰かは交際をしていた?


 しかも会話の内容から、二人は喧嘩別れをしたと推測できそうだ。付き合っていた男女が破局後に仲が悪くなるのは当たり前のこと。そもそも仲が悪くなったから別れるという選択になるのがほとんどだと思う。


 そして二人の仲は今も悪いままのようで、和解しないまま事件が起きてしまった。だとしたら、それは神崎の動機にならないだろうか。


 恋愛感情のもつれが殺意へと発展するのはよくあることだ。過去に青夜と共に解決してきた事件のいくつかは男女の愛憎が動機となっていた。


 神崎友子はいったい誰と付き合っていたのだろう。


 ただ仮に誰かと交際していたとして、それが殺意に繋がったとしても、その交際相手のみに成立する動機なわけで、天馬満に対する中林のように他の被害者の二人への動機にはならないだろう。


 だがようやく神崎と被害者の深い繋がりが見えてきた。


 もうちょっとよく話を聞きたい。


「希望ちゃん、行くよ」


「え? あっ、うん」


 私たちのクラスが受付をする番だ。仕方なく、私はその場を離れてみんなについて行く。香典は担任の石村先生がクラスのみんなから集めてまとめて渡していた。受付にいた二人の男女は私たち一人一人に深々と頭を下げている。


 亜希によると、受付を担当していたのは被害者の一人、星崎龍一の両親で父親の方はなんとこの街の市議会議員だそうだ。言われてみれば、あの顔を拡大したポスターが街中に貼られていたような気がする。


 二人とも我が子を失った悲しみが顔に現れていた。沈痛な面持ちで頬はこけ、目の周りは赤く腫れあがっていた。


「星崎先輩のお爺ちゃんは元市長なんだって」


「へぇ」


 星崎家は街の名家の一族だったのか。事件がセンセーショナルに扱われている背景には、それも理由の一つだったりしたのかな。


 受付を終えたクラスから建物の中に入っていく。通されたのは体育館よりも広いホールだ。正面奥には三人の被害者の遺影が大きなサイズで飾られ、その周りを花が囲んでいた。


 数えきれないほどの椅子が並び、藤宮高校の関係者たちは後ろの方の席に案内された。


 写真の中の三人はいい笑顔をしている。遺体の写真でしか彼らの顔を知らなかった私は、三人の爽やかな笑顔に面食らってしまった。


 誰かに恨まれることとは無縁そうな、人のよさそうな笑顔。


 開始は六時のため、しばし自由時間となった。


 三人と接点のあった者たちは、棺の周りに行って別れの挨拶をし始める。


 中林もその輪の中に入っていく。


「よし、私もやることやらなきゃ。行くよ、亜希ちゃん」


「え? うん」


 亜希を連れて端の方にいた石村に近寄り、


「石村先生、名田先生ってどこにいるか分かります?」


 昨日は接触できなかった名田順太に話を聞くのだ。二年生の担当教員なら今日の通夜にも来ているはず。


「名田先生? 名田先生ならそこに」


 二年生の生徒が座る椅子の列の右端を石村は顎で示した。そこには黒いスーツ姿の長身の男が佇んでいる。校内で見かけたことのある顔だ。なるほど、あれが名田先生か。


「すいません、名田先生」


「うん?」


 名田はくせ毛を伸ばしたもっさりした男だった。彫りの深い顔立ちに短く生やした顎髭、男子テニス部の顧問とのことだが、肌は吸血鬼のように白く、雰囲気だけなら青夜に似ている気がする。


「君たちは?」


「あの、一年生の大紋希望と」


「東雲亜希です」


「ちょっと事件のことでお話を聞きたくて」


「え?」


「実は、私――」


 私は石村にしたように、親戚に探偵がいること、その助手として殺人事件に関わり、警察に協力してきたこと、今回も警察に捜査協力をしていることを説明した。


「なんだかすごいことをしてるんだねぇ」


 名田は困ったように頬をかいたが、入口の方を見やって、


「ここじゃああれだから」


 と言った。


 私たちはロビーに移動する。


「何か飲むかい?」


 自販機でジュースを買ってもらった。名田は微糖の缶コーヒーを開けながら、ロビーのソファーセットに腰を下ろす。私と亜希もその向かいに座った。


「で、何が聞きたいのかな」


 名田の優しげな瞳が私を見据えた。

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