第21話 少女たちの捜査会議 その2
1
「そういうことになってくるかぁ、そうかぁ」
「事件当日、犯行現場の藤宮高校に出入りした人間の中で九時から十二時までのアリバイがない人間は今言った六人しかいないからね。論理的に考えて、この六人の内の誰かが犯人ってことになる」
「私たち、ロケがあってよかったね」
「そだね」
「それにしても、殺しちゃった後に首を切ったって、なんで? 怖っ」
捜査会議は例の死後の工作について話が進む。
「ここがターニングポイントになってくると思うんだよね。えーと、まず天馬先輩は西棟三階の男子トイレの個室で全身に絵の具を溶かした水をかけられてた。次に月ヶ瀬先輩は美術室の天井にあるフックを使って首を吊られていた。そして星崎先輩はミス研の部室で首を切断されていた」
「なんのためにそんなことしたんだろ」
「分からない」
「これが復讐ってことなのかな」
亜希は問いかけるように言った。
復讐。
そう、この事件は復讐という動機が強調されており、犯人が被害者三人に加えた危害は生命の剝奪だけにとどまらなかった。それだけ恨みが大きかったということなのだろうが、そう考えると引っかかってくるのが、
「絵の具水だけ軽すぎるんだよなぁ」
「軽すぎる」
「うん。殺したいほどむかつくやつがいて、殺すだけじゃ怒りが収まらなくて首を切ったり首を吊らせたりってのはまぁ理解できるんだよ。でもさ、首切りや首吊りをするぐらいの復讐心があるのに一人だけ絵の具水をばしゃってやるだけで済ますのはなんか不自然じゃない?」
「うーん、天馬先輩にだけはそんなに怒りがなかったってことじゃない?」
「でも殺してるんだよ? 殺すぐらいの恨み怒り憎しみがあったのはたしかなんだ」
「うーん」
腕を組み、亜希は唸る。
「となると、犯人が殺人の後にやったことには別の意味があるってことかな。『復讐』そのものは殺すことで達成してて、その後の行動には別の目的があった、とか?」
「うん、いいよいいよ。亜希ちゃん。で、その別の意味とは」
「分かんない」
「ですよね」
だが、この亜希の視点は面白い。
殺人と工作の目的は分けて考えてみよう。
殺人の目的はそのまま殺意があったからで、それこそが置き紙の示す復讐だと考えられる。
そしてその後に行われた一連の工作。首切り、首吊り、絵の具水かけ。
これらの行動は犯人にとって事前に計画されていたというのが現時点で分かっていることだ。なぜなら犯人はのこぎりや首吊り用のロープ、そして絵の具チューブにバケツなど、これらの工作に必要な道具を用意している。ミス研の部室にのこぎりがたまたまあったなんてことは考えられないし、絵の具や筆洗いのバケツが偶然男子トイレにあることもないだろう。
つまり、犯人は何らかの目的があってこれらの工作を行ったのだ。
それはいったいなんだ?
警察の見解ではこれらの行為は復讐という動機を補強するためのものだという。本来犯人が狙っていた、たった一人のターゲット。その人物を殺害する動機をカモフラージュするため、別の人間を巻き込んで殺害し、その動機に説得力を持たせるためにこんなことをしたというのだ。
その考え方もたしかにあり得るかもしれない。
だが、本当にそれが狙いだとしたならば、やはり絵の具だけ浮いてないだろうか。
首切りや首吊りに匹敵するような残虐性、猟奇性のある工作をするのではなかろうか。
例えば死後に遺体を燃やしてみたり、顔の原型が分からなくなるまで鈍器で殴りつけたり。それぐらいのことがなされていたのなら復讐という行為に説得力があると思うのだが。
「ねぇ、希望ちゃん。私が考えるに、犯人の言う『復讐』ってのは犯人自身がされたことに対する復讐だと思うの。『私と同じ苦しみを味わえ』って書いてあったんでしょう。だから、誰か犯人に大切な人がいて、その人が被害者たちに危害を加えられたからそれに対する『復讐』っていうことではないと思うの」
「でもさ、亜希ちゃん、『私と同じ苦しみを味わえ』ってことは、犯人は被害者の先輩たちに『同じこと』をされたんでしょ? もし復讐が殺害を意味するなら、犯人は被害者の先輩たちに殺されたことになっちゃうよ。でも死んだ人があんなことできるはずもないから、必然的にされたことは」
「首吊り、首切り、絵の具水……?」
「絵の具水をかけられることはいじめとしてあるかもしれないけど、後の二つは死んじゃうって」
「たしかに」
なんだか頭がこんがらがってきた。考えすぎて変なことを口走ってしまいそう。
いじめの報復として、同じ苦しみを味わえというのはいじめの行為をやり返した、という意味にとることができそうだ。
例えば天馬の遺体の発見場所はトイレだった。トイレの個室に入っていた犯人はある時、天馬に絵の具を溶かした水をかけられるいじめを受けたことがあり、その報復として遺体に絵の具水をぶちまけたのは、同じ苦しみに対する復讐と考えることができる。
だが、こうなってくると今度は首切りと首吊りが邪魔だな。今の考え方に残りの二つの工作を当てはめると首吊りも首切りも死に直結してしまう。死人が殺人事件を犯すことなど無理な話だ。
「暗号……とか」
亜希がとんでもないことを言い出す。
「暗号?」
「うん、犯人は死後に遺体に工作することで何かメッセージを残したのかも」
「うーむ。その考え方はなかった」
ダイイングメッセージという言葉がある。死の際に、被害者が最後の力を振り絞って犯人の名前を書いたり、犯人を特定できるような暗号をメッセージとして残すものだ。
これらは被害者から生きている者たちに向けたメッセージである。
「でも亜希ちゃん、犯人は誰に向けてメッセージを残したのさ」
被害者が犯人を告発するメッセージを暗号として残すのは分かるが、犯人が暗号を残すというのはなんとも理解しがたい。
いったい誰に向けて何の目的があって暗号を残す必要があるというのだ。
それに、犯人はすでに置き紙というメッセージを残しているのだ。何か伝えたい事項があるのなら、そこに書けばいい話ではないか。
「首切り、首吊り、絵の具水……」
あっ、ダメだ。
亜希ちゃんが暗号解読に入っちゃった。
「首を切るのは首、クビで仕事を辞めたって意味で、首吊りはそのまま自殺を意味してる……そうか、被害者の三人のせいで仕事をクビになって、それを苦に首吊り自殺をした人の家族が犯人ってことじゃない。これなら復讐の意味にも繋がる」
「……絵の具水は?」
「首吊りをした人は絵の仕事をしてたってことだよ」
どこからツッコめばいいのやら。
「あのね、亜希ちゃん。そんなことを遠回しに伝えるためにあんな惨いことをするのは労力と効果が釣り合ってないよ」
「やっぱそうかな」
「それに何か伝えたいことがあるなら、置き紙に一緒に書いておくと思うんだ。わざわざあんな紙を用意したってことは、それこそが犯人の伝えようとしたメッセージの全てなんだから」
「一部の人たちだけに伝えなきゃいけない暗号なのかも」
「それはちょっと穿ちすぎだって」
「でも何かしらの目的はあるはずなんでしょう?」
「……うん」
意味もなくあんなことをするわけがない。何か、理由があってしかるべきなのだ。
「ちょっとこの問題は置いておこうか。今ある情報だけじゃ解決できないと思う」
「そうだね。私も頭が痛くなってきた」
死後の工作の問題については後回しにすることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます