第20話 少女たちの捜査会議 その1
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「容疑者候補が六人も。これは多いのかな。少ないのかな……?」
「夏休みの学校っていうシチュエーションを考えたら、むしろ思ってたより多くなったって感じだね。ただでさえ登校している生徒が少ないし、だいたいみんな部活とか補講とか、集団で行動するからアリバイがない人間の方が珍しいんだよ。もうちょっと絞れるかなって思ってたけど、まぁこんなもんでしょ」
私はメモ帳に目を落とす。
「この六人はもちろん中林を含めての人数。警察が調べたところ、殺害があったと思われる九時から十二時までのアリバイが不完全なのは中林紘一、石村勝彦、神崎友子、名田
「え? 石村先生も?」
「うん、残念ながらアリバイがない時間帯があったんだよ」
私たちの担任の石村は夏期補講の一時限目以降のアリバイがない。三人を殺害し、遺体を損壊する時間は十分にあった。
「ちょっとこの六人の行動を紹介してくよ。まずは我らが中林」
亜希はぎゅっと口を結び、真剣な視線を向ける。
「中林は八月四日の午前八時頃に藤宮高校の体育館に到着。天馬先輩はすでに来ていて、そのまま二人はバスケの自主練習を始めた。その後、一時間ほど経って、天馬先輩は夏期補講に出席するために練習を抜けた。これが九時過ぎ」
「でも、天馬先輩は補講には出なかったんだよね」
「うん、その後の天馬先輩の足取りは不明。ただ彼のクソ真面目というか融通が効かない性格を考えると補講をサボることは考えにくくて、体育館を出てから補講の教室に行くまでの間に犯人に殺されたと考えるのが自然かな。で、その間中林は一人で練習してたわけだけど、それを保証できる人間は残念ながらいない」
九時五十分頃、私が体育館の横を通りかかった時、中林と立ち話をしたがそれはせいぜい一分ほどのことで、彼のアリバイを証明するには足りない。
「他のバスケ部の部員たちがやってきたのは午前十時五十分頃。その後、中林は自主練を終え、午後からの練習に備えて休憩をとってる。十時五十分以降はバスケ部員たちとずっと一緒にいたから、中林は九時から十時五十分までのアリバイがない」
「ふんふん」
「次、石村先生」
私は石村のアリバイを書き写したページを開く。
「えーっと、石村先生は一時限目の夏期補講があって八時半から九時二十分までは南棟四階の一年二組の教室で補講をしてた。その後は、社会科準備室に移動して、ずっと一人で仕事をしてたみたい。ちなみに社会科準備室には他の先生はいなかったから、石村先生は九時二十分から十二時までのアリバイがない」
「石村先生が犯人なんて思えないよね」
「うん」
「石村先生、優しいし」
彼の人となりをよく知る私たちにしてみれば、宿題を忘れてもやんわり注意だけで済ませてくれるあの石村が犯人だなんて考えることすら失礼なのだが、そういう私情を抜きにして捜査に取り組まなくては重大な情報を見逃してしまうリスクがある。
私たちの知らないところで被害者たちと何かがあったかもしれない。
石村が昨年担当していたクラスに被害者の三人がいたというのは単なる偶然ではないのかも……
「石村先生は被害者の三人の一年生の時の副担任だったから、裏の事情を知ってそうだったんだけどなぁ」
被害者たちの人となりをもっとよく知るために、元副担任だった石村には話をもっと聞かなくては。そして、この人にも。
「次は神崎友子」
「女の子?」
「うん。二年生の先輩。でも女子にしては身長があったし腕力もありそうだから、犯行はできそうな感じだったかな。でもなんかこの人怪しいんだよね」
神崎友子のアリバイは全くといっていいほどない。
「神崎先輩は九時半ぐらいに学校に来たんだけど、特に理由もなくて、暇だから来たって感じらしいんだよ」
「私なら暇だったら学校なんか来ないで友達と遊ぶなぁ」
「うん、変だよね。それで、来てもやることなんかないから、女バレの部室にこもって時間を潰してたらしい」
「えぇ、何それ。怪しすぎない?」
「ね、変だよね!」
さらには彼女も一年生の時、被害者の三人とクラスメイトだったのだ。彼女はいったい何をするために夏休みの学校に来たのだろうか。石村と神妙な顔で一緒にいたのも引っかかる。
「で、次が名田先生」
「誰?」
「二年生の英語の先生。私もまだ会ったことはないんだけど、たぶん見れば『あぁこの人か』ってなると思う」
他の学年の教師の人は部活や委員会で関わることがなければ、顔と名前が一致しない人がほとんどだ。でも校内で顔は見ているはずなので、会えば「この人がそうか」と納得できるだろう。
「えーと、名田先生は出勤してから九時十分くらいまで職員室で仕事をしてて、九時半から十時二十分まで夏期補講をやってたみたい」
「英語の補講ってことは、それが天馬先輩が出るはずだった補講ってこと?」
「そういうことだね。その後は石村先生と同じように教科準備室――名田先生は英語準備室だね、そこでずっと一人で仕事をしてたみたい」
「石村先生も名田先生も運が悪いよね。誰か一人でも他の先生が準備室に入ればアリバイが成立したのに」
「たしかに。で、十二時ぐらいに部活の練習に参加してるから、名田先生は十時二十分から十二時までのアリバイがないってことになる」
ちなみに名田が顧問を務めているのは男子ソフトテニス部だという。
「で、次は十時聡。この人も二年生の先輩だね」
「あっ、その人知ってるよ。野球部の先輩でしょ」
「亜希ちゃん、知り合いなの?」
「いや、そういうわけじゃないんだ。野球部の絶対的エースだったんだけど、なんか夏休み前に事故で骨折しちゃったって聞いた」
「そこまで知ってるんだ。私、警察に聞いて初めて知ったのに」
「私、野球部と付き合ってる友達いるから知ってたんだ」
「亜希ちゃんってけっこう交友関係広いよね」
「えへへ」
そう、十時聡は利き腕である右腕を骨折してギプスを固定しており、全治三か月の怪我を負っているのだ。今回の事件の性質上、殺害方法や殺害後の工作など両手を使わなくてはいけない場面が多いため、この十時は容疑者候補から除外してもいいと思うのだが、一応アリバイが不完全ということでリストに載っていた。
警察も彼についてはアウトオブ眼中のようだが、万が一ということもあるかもしれないので、彼のアリバイも一応解説していく。
「十時先輩は事件が起きた日は野球部の練習試合があって、スコアボード係をやっていたみたい」
怪我をしてしまい、練習や試合に参加できなくなった十時はマネージャーや一年生たちと共に裏方の仕事をするようになった。練習の際は声出しやボール拾い、他校との練習試合の際はランナーコーチやスコアボード裏の得点係などなど、雑用と呼んでも差支えのない状態であったという。
が、そこは怪我をしてしまっているのだから仕方がなく、周りも雑用扱いしているわけではなかった。部の一員として、今の彼にできることをやってもらっているだけだった。
しかし当の本人にしてみれば、エースとしてチームを引っ張ってきた自分がこんな補欠や一年生がやるような雑用を彼らに交じってさせられるのは面白くない。
言い方が悪いが、周りから見た十時はクサクサしていたようだ。
事件当日の他校との練習試合で二人の一年生と共に野球グラウンドのスコアボード裏にいた十時だが、なんと彼は途中でその役割を放棄し、サボりに行ってしまう。
仲間たちが活躍している中、元エースの自分はスコアボード係。そんな状況が歯痒かったのだろうか。
「試合が始まったのは午前九時。十時先輩が抜けたのは一緒にスコアボード裏にいた一年生の証言によると、午前十時過ぎ。藤宮高校の四回裏の攻撃が終わった頃らしい。で、試合が終わっても戻ってこない。お昼休憩を挟んで午後からの二試合目が始まった午後一時に、ひょこっと戻ってきたみたい」
「じゃあ、十時先輩は午前十時過ぎから十二時までアリバイがないってことだね」
「そゆこと。でもギプス付けてるんじゃ、縄で絞殺はできないよねぇ」
「ギプスに縄を結んで固定して、左手で引っ張ればできそうじゃない?」
「えー、できるかなぁ」
仮に絞殺の問題がクリアできたとしても、その後の遺体への工作――特に首吊りは厳しそうな気がする。高校生の男子生徒の体を抱えて天井のフックに遺体を吊るすという作業は、両手が自由な状態でも重労働なのだから。
「さて、最後六人目」
私は最後の人物のページをくくる。
「黒木武臣。この人も二年生だね。八時半頃に学校に来たのを補講に出るために登校した二年の生徒が目撃してる」
「黒木先輩も補講に?」
「いや、そういうわけじゃないらしい。補講の対象じゃないし、部活動があったわけでもない」
「神崎先輩と一緒だね」
「その後の目撃情報はなくて、本人に話を聞いたら家にいたくないから学校に来てたらしい。だから黒木先輩は九時から十二時まで完全にアリバイがない」
「んー」
亜希は腕を組んで首を傾げる。
「神崎先輩もそうだけど、理由もないのに学校に来るもんかなぁ。夏休みだよ? 八月だよ? もっと行くとこあるでしょ」
「何か目的があったとして、それがいったいなんなのか」
「……殺人?」
「かなぁ。でも少なくとも分かってることは一つだけあるよ」
「何?」
「今挙げた六人の中に、犯人がいるってこと」
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