第19話  二人の関係は

 1



 なんだこの反応。


 絶対何か隠してるじゃん。


 アリバイが不完全な現状で、誰かと会っていたのならそれは正直に話した方が自分にとって得になる。なのにそれをせず、隠し通そうとするということは……?


「さて、そろそろ戻らないと」


 わざとらしく腕時計を見る仕草をすると、石村は立ち上がった。


「あ、はい」


 廊下へ出て、石村を見送る。


 私は誰もいなくなった廊下に立ち尽くしながら、今の石村の反応について考えようとした。が、その時、肩を誰かに掴まれて思考が中断される。


「わわっ」


 驚いて振り向くと、そこには神崎友子の姿が。


「あ、あの」


「あんた、あんまし調子乗んなよ?」


「へ?」


 まるで猛禽類が獲物を見定めるような鋭い視線が私を貫く。


「あ、あの私、何か……?」


「チっ」


 神崎は舌打ちをしてそのまま私の横を通り過ぎていった。


「な、なんなのよ」


 足の力が抜け、私はその場にへたり込む。


 怖かったぁ。


 調子に乗るなって、探偵気取りなのを見られてたのかな。あの神崎友子は殺された被害者と一年の時に同じクラスだったから、私が独自に事件の捜査をしているのを、野次馬根性で面白がってると誤解して不快に感じたのかも。


 別に変な好奇心で事件を嗅ぎ回ってるわけじゃないのに。


 私はポケットから容疑者リストをメモした手帳を取り出す。


 とりあえず、今のところアリバイが不完全な六名の内、三人と接触できた。


 中林紘一。


 石村勝彦。


 神崎友子。


 神崎にはまだ話を聞けていないが。ひとまず誤解を解いて、協力してもらえるようにしなければ。


 残りの三名とも会って話を聞きたい。


 残る三人の内訳は一人が教員で二人が生徒。


 つまり全体でみると容疑者は二人が教員で四人が生徒なのだ。生徒たちは校内にいないと思うので、教員の方に突撃してみよう。


 再び職員室へ。


 石村に取り次いでもらおうと思ったのだが、肝心の石村の姿がない。職員室には戻らなかったようだ。


 仕方がないので、知っている先生を探す。


「すいません、多田ただ先生」


 我らが映研の顧問である多田雄大ゆうだい先生がいた。しかも彼はお目当ての先生と同じ学年の担任だ。黒縁眼鏡に角刈り頭といったお堅そうな外見でその実ゆるキャラぐらいゆるっゆるの多田は、私の方をちらっと見て、


「んー?」


 と呑気な唸り声を上げる。ちょっと高い声で「んー」と言うのが彼の口癖である。


名田なだ先生って今いらっしゃいますか?」


「名田先生? んー、いないねぇ。さっきまでいたと思うんだけどなぁ」


 多田は腰を少し浮かし、職員室内を見回す。


「何か用事?」


「ええ、ちょっとまぁ。どこに行ったか分かりますか?」


「んー、ここにいないとなると、トイレか教科準備室か、それとも警察の人に話を聞かれてるのかもねぇ。今は事件のことで先生たちは警察に話を聞かれたりして、忙しいんだよ」


「そうですよね」


「あっ、そうそう。聞いてると思うけど映研も当分は活動自粛だからね」


「はーい。それっていつ頃までですか?」


「そりゃ、事件が解決して犯人が捕まるまでだよ。どの部活もそれまでは活動できないからねぇ」


 犯人が捕まるまで、か。


「また新しく事件が起きたりなんかしたら大問題だから。大紋ちゃんも事件が解決するまでは学校には来ない方がいいよー。こんなことは考えたくないけど、校内の人間が犯人である以上、また新たに殺人が起きることも考えられるでしょ」


「そうですかねぇ」


 今は警察の人が学校の敷地内にいるし、生徒はほとんど登校していない。例え犯人がここからさらに行動を起こすつもりだとしても動きにくい状況だと思うのだが。


「名田先生って何の教科担当ですか?」


「名田先生は英語だよ。んー、英語準備室の場所分かる?」


「はい、ありがとうございます」


 私は職員室を後にし、西棟へ移動した。


 西棟の二階には教科ごとの準備室が並んでいる。各教科の担当教員が備品などを保管したり、授業の準備をしたり、休憩をとったりする部屋である。


 英語というプレートのついた部屋の前に立ち、軽くノックする。


 返事はなく、しんと静まり返った廊下に乾いたノックの音が響くばかり。引き戸になっている白いドアに手をかける。ガラガラと音を立ててドアを開けるも、


「いないっぽいな」


 暗い室内には誰もいなかった。


 ここじゃないとなるとやっぱりトイレだろうか。もう一度職員室に戻るか。


 それにしても、この準備室という部屋は準備とは名ばかりでまるで休憩室のようだ。科目ごとに担当する教員の数は異なるが、この英語の準備室には三人分の机がある。


 机の上を整理整頓している先生は一人だけのようで、残りの二人は自由に自分のスペースを使っている。一人は漫画雑誌やコミック本を持ち込み、雑多に積み重ねている。カップ麺の空容器もあり、スープが底のところに少し残っているのに閉口する。なんで食べたものをちゃんと片づけないんだ! 残る一人の方はまだマシで、ペットの写真を飾っているだけだった。


 なんて自由なんだ。


 部屋の隅には観葉植物が置かれ、右手の壁にはテレビを設えた台が鎮座している。小さな冷蔵庫まであるから驚きだ。


 まぁ、職員室では大勢の教員が働いているから、こういうところでないとゆったり休憩をとれないのかもしれない。さ、戻るか。


 ――とその時、奥の方から足音が聞こえ、廊下に出た私は反射的に英語科準備室の中に隠れてしまった。別に悪いことをしてるわけではないので、隠れる必要など全く無いのだが、結果的にその選択は正しかった。


 ドアの影に身をひそめ、歩いてきた人影を観察する。


 二人いる。


「あれは……?」


 歩いてきたのは石村勝彦と神崎友子だった。



 2



 なんだろう。二人ともちょっと深刻な感じの表情だった。


 去年は副担任と生徒で同じクラスという関係だったのだから、あの二人の仲が良くてもおかしなことではない。ただ気になるのは、あの二人は共に今回の事件の容疑者だということ。


 そんな前情報を持っているからか、それとも事件を解決しようと行動をしているからか、なんだか見るもの全てが怪しく感じられてしまう。


 私は人気のなくなった廊下に出ると、職員室へ急ぐ。しかし名田には会えず、仕方がないので帰ることにした。



 *



 コンビニでお弁当やお菓子、飲み物などを購入し、亜希の家に戻る。これから今日得た情報を検討する捜査会議だ。


「希望ちゃん、お帰り」


「ただいま」


 中林は帰ってしまったようで、いるのは亜希だけだった。私自身は中林を信じているとはいえ、彼は現段階では容疑者候補の一人だから、事件の捜査状況を検討する場ではむしろいない方がいいのかもしれない。


「さっき警察の人がうちに来たよ」


「え? なんで?」


「なんか事件があった時間帯にね、映研の人が現場の横にいたとかなんとか――」


 ああ、なるほど。映研の部員たちが午前十時から午前十一時までの約一時間、現場の一つであるミス研の部室の横の部屋で打ち合わせをしており、その間誰もミス研の部室に入らなかった、という例の情報の裏取りに来たようだ。


「あの時、誰も映研の部室の前は通らなかったよね?」


「うん」


 ほかの部員たちにも裏取りはしているだろう。


 星崎の殺害推定時刻は九時から十時、十一時から十二時までと見ていい。


 リビングに落ち着き、メモ帳を開く。


 今日の収穫を細かいところまで発表していく。


 警察は中林を最有力の容疑者として見ていること。


 中林を含め、事件当日学校にいた人物の中でアリバイが不完全な容疑者候補は六人いること。


 死因は三人とも絞殺だが、死後に異常な工作がそれぞれ施されていたこと。


 一部の遺体にはなぜか油性絵の具が残っていたこと。


 被害者の三人は同じ中学出身で一年生の時は同じクラスだったこと。


 殺された三人は、悪い生徒ではなく、特定の誰かと殺意に発展するようなトラブルを起こしたことはないということ(ただしこれはあくまで石村の目から見た範囲内のことである)。


 天馬満は顧問の先生とは和解していたこと。


 そしてさきほど亜希との話題に出た星崎龍一が殺されたミス研の部室は、十時から十一時までの間、誰も侵入した形跡がないこと。


 などなど。




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