第15話  カモフラージュ

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「正確な時刻は、私は最初に部室に来たわけではないので分からないんですが……」


「なるほど、確認を取ってみよう。当時、集まっていた演劇部と映画研究会の部員たちに確認するよう指示する」


 言って、狩谷警部は席を立ち、ポケットからスマホを取り出しながら廊下へ出た。


「運がいいというか悪いというか。少なくとも、捜査には役立つ情報だから警察としてはありがたいんだが」


「もしかしたら、私たちが打ち合わせをしている横で、もう星崎先輩は殺されていたのかもしれないって考えたら、ちょっとね……」


 犯行推定時刻が九時~十時までもしくは十一時~十二時までの間だとすると、これまた中林の嫌疑は晴れない。


 彼は九時からほかの部員たちがやってくる十時五十分まで完全アリバイがないから、例えば、まず九時過ぎに天馬を殺害し、その後私たち映研が部室にやってくる十時までの間に星崎先輩を殺害。十時前頃に体育館で私と会っている以上、星崎の殺害はそれ以前に行われたと考えられる。


 そして私と別れた後、時刻は分からないが、十二時までに月ヶ瀬を殺害した……


 タイムスケジュールとしては収まることには収まるが、遺体への工作も時間を要しただろうから犯人はかなりキビキビと動いていたのではないだろうか。それに中林が犯人だとして、星崎を殺害した後に一度体育館に戻った理由も分からない。


 これらの検討を大和に伝えると、


「殺害と遺体への細工を同じタイミングでやったとは限らないだろう?」


「それはそうだけど」


「少なくとも判明しているのは死亡推定時刻が九時から十二時というだけで、は分かっていない。死後であればいつでもできるんだから。変な話、午前中にまず殺害だけをして、首を切断したり、天井から吊るしたりという重労働は午後に十分な時間をかけてやったとも考えられるじゃないか」


「でも中林は午後からはバスケ部の練習があったよ」


「うっ」


 痛いところを突かれたように大和の表情が強張る。


「今のはそう、例えばの話だから」


「それに工作を後回しにしようにも、放置してた遺体が誰かに見つかるリスクだってあったんだから、犯人の心理としては殺害と工作はセットでやりたいはずだよ」


「それもそうだけど」


「警察はやっぱり中林を?」


「天馬満からいじめとも取れるようなしごきを受けていた。これはかなり強い動機になるし、アリバイもない」


「動機っていうのなら、天馬先輩に対してはあったかもしれないけどさ、星崎先輩と月ヶ瀬先輩への動機は見つかったの? 二人と中林の接点は?」


「今のところ、有益な情報は上がってきてないね」


「ほら」


「でも、それは大きな問題じゃない」


「……というと?」


「動機は一人分で十分足りるからだよ」


 何言ってんだこいつ。



 *



「つまりだね、今回の事件の動機と考えられる復讐。例の置き紙に書かれている文言からも、犯人の被害者への強い恨みが窺えるんだけど、被害者の三人全員に対して強い動機を持つ者は今のところ見つかっていない」


「うん」


 だから、中林は犯人の条件を満たしていないではないか。


「でも、考え方を少し変えるとこの問題はクリアできる」


「考え方?」


「犯人は本当に三人全員に恨みを持っていたのか」


「……うん?」


「もっと分かりやすく言おうか。犯人が殺したかった人物は一人だけ。他の二人はになったのではないか」


「ごめん、より分かりにくくなった。え? 何? 巻き添えって、首を切られたり、首吊りに見せかけられたり、こんながっつり殺意と恨みにまみれてる事件なのに巻き添え?」


「そうだったのではないかってことだね。現に希望ちゃんはこの事件を強い恨みによる殺人事件だと考えている。それはなんで?」


「なんでって、殺すだけじゃなくて遺体に工作をして、あの置き紙も――」


「そう、置き紙だ。三人の遺体のそばに置かれた置き紙。復讐による殺人だと犯人が自ら暴露したあの置き紙。あの主張をそのまま鵜呑みにすれば、犯人は被害者三人に恨みを抱いていると解釈できる」


 段々と、大和の言いたいことが分かってきた。だけどそんなことがあり得るのだろうか。そんなことのために、無関係の二人を道連れに……


「つまりだね、犯人が殺したかった人物は本当は一人だけ。でも、被害者が一人だけだと、動機がある者を片っ端から調べられ、すぐに自分があぶり出されてしまうかもしれない。だから、のではないか。あの置き紙はそれを補強するために犯人がもので、三人全員に動機を持つ者が犯人だと警察に誤認させること。それこそが犯人に仕掛けた大掛かりなトリック!」


「ばっかじゃないの。そのためにわざわざ二人も殺して、その上首切りに首吊りの工作を?」


「こんな大掛かりなことをするのだから、犯人は三人全員に動機があるものだ、と思わせる効果は今の希望ちゃんが身をもって証明してくれてるね」


「そんなのずるい」


 一人を殺す動機を隠すために、無関係な二人をカモフラージュのために殺す?


 そんなことはあり得ない、と声を大にして言いたいが、私がそう考えるこの心理こそが犯人の狙いだったら、私はまんまと犯人の思惑通りに誘導させられていることになる。


「これだけ大掛かりなことをしたってことは裏を返せばそれだけ大きく根深い恨みを持ってるということだよ。大掛かりで、異常で、手間がかかっていればいるほど、復讐の置き紙の効力が増してカモフラージュの効果が大きくなる」


「それは中林以外にも当てはまるんじゃないの? 今大和兄さんが言った考え方だと、月ヶ瀬先輩か星崎先輩に恨みを持つ生徒がカモフラージュのために他の二人を殺したとも考えられるよ」


「そうだね、その辺は捜査をしている途中だよ。でも今のところ一番の有力なホシは中林紘一だ」


 大和は静かに言った。

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