第14話  監視カメラは……

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 遺体の状態、発見された場所、発見までの経緯などの説明を逐一受けながら遺体の写真を見分する。


 天馬満は西棟三階の男子トイレの個室で発見されたという。服装は制服のポロシャツとズボンで、中林との練習後に着替えたのだろうと想像できる。だが、白いはずのポロシャツは絵の具水によって濁った黒に染められていた。


 頭からかけられているため顔も同じように汚れており、顔の造詣が分かりづらい。髪は短めだ。首元には索状痕がくっきりと残り、そこには絵の具水の汚れが見て取れる。


 第一発見者は警察の捜査員で、殺人事件が起きたことで天馬の不在を不審思ったバスケ部顧問――新崎しんざき先生がそのことを警察に相談、万が一のこともあると校内をしらみ潰しに捜したところ、遺体となった天馬を発見したのだ。


 月ケ瀬道夫は南棟四階の美術室で殺されていた。天井から遺体を吊るされた月ヶ瀬は、一見しただけだと自殺を図ったようにも見える。だが、首元のアップの写真を見れば、そこには二筋の痕があることが分かるだろう。


 顎と首の境目辺りを半周するように残っているのは首吊りによって荷重がかかった痕だ。その二、三センチほど下にあるのが、彼を死に至らしめた絞殺の痕――索状痕。


 月ヶ瀬はこの部屋で絵を描いていたそうで、夏休みの間はほぼ毎日登校し、作品作りに勤しんでいたようだ。


 少し長めの黒髪に縁の丸い眼鏡をかけている。そういえば、この人とは校内ですれ違ったことが何度かあるな。


 第一発見者は二年の学年主任の先生。月ヶ瀬の母親が藤宮高校で殺人事件が起きたというニュースを目にし、帰りが遅い月ヶ瀬の身に何かあったのではないかと思い、学校に連絡を取ったそうだ。そして連絡を受けた学年主任の先生が美術室を訪れ、月ヶ瀬を発見した。


 星崎龍一は推理小説研究会、通称ミス研に所属していて、その部室――つまりこの部屋で殺された。彼はこの部屋で推理小説の執筆をしており、研究会は休みの日程だったため、ここにいたのは星崎一人だったという。


 死後、彼の遺体はのこぎりによって切断され、そののこぎりも現場に遺されていた。少し茶色がかった髪にすっきりとした面立ち。かなり女子に人気があっただろうな、と想像する。


 彼を発見したのはミス研の顧問の先生で、帰宅前に部室の鍵が返されていないことに気づいた彼が様子を見に行ったところ、遺体を発見したという流れである。


 つまり、遺体発見の順番は星崎、月ヶ瀬、天馬だ。けれど、遺体発見の順番が分かったからと言って、誰がいつ殺されたかまでは分からない。全く無駄ではないけれど、限りなく無意味に近い情報だ。


 そして写真の束の最後の方には遺留品の写真がまとめてあった。


 絵の具のチューブ、筆洗い用のバケツに天井から吊るされたロープ、血や肉の破片がこびりついたのこぎり……そして、


「これが犯人からのメッセージだね?」


 例の復讐を示唆する置き紙の写真だ。


 どれも赤い字で書かれており、筆跡はぐちゃぐちゃで鑑定に出しても有益な情報は得られないだろう。


「メッセージか。うむ、まさに我々がそのメッセージこそ犯人の動機であると考えている」


『これは復讐だ 私と同じ苦しみを味わえ』


 そう紙に記し、わざわざそれを現場に残した犯人はそれほどまでに強い怒り、恨み、そして苦しみを抱えていたのだろう。


 いったい被害者となった三人は、犯人に対してのだろうか。


 何に対してのなのだろうか。


 この置き紙と動機についても検討すべきだろうが、今の私には何よりもがあった。


「ふぅ」


 見分を終え、それらの写真を綺麗にまとめてテーブルの上に戻す。


「大丈夫か?」


 大和が気遣ってくれる。


「うん、大丈夫」


「何か気になったことはありますかな?」


 狩谷警部がふっくらとした顎を撫でながら言う。


「そうですね、動機とか、遺体に施された工作とか、いろいろと気になることはあるんですけど、一番気になっていることと言えば」


 私はこの部屋を見回す。


 推理小説研究会の部室。その隣にあるのは……


「事件が起きたとされるのは午前九時から十二時まで。そのうち、午前十時から十一時まで、私も所属してる映画研究会も部室で活動していたんです。ここの、の部屋で」


「それは本当かい」


 大和が身を乗り出す。


「本当だよ。映研の部室はここの隣の部屋。その日は撮影があって、それで私たちは十時から一時間ぐらい準備と打ち合わせをしてたの」


 重要なのはここからだ。


「その約一時間の間、


「絶対にそう、と言い切れるかい?」


 狩谷警部が私を見据える。


「はい。実際に見てみると分かりますが、私たちが部室として使っている空き教室は、壁の一部がガラス窓になっているし、その日は暑くてドアを全開にしていましたから、誰かが部室の前を通れば必ず気づくはずです」


「ふうむ」


 二重あごの筋を撫でながら、狩谷警部は深く息をつく。


 そう、私たち映研の人間と演劇部の人間が午前十時から午前十一時までの間、ここの隣の部屋にいたということは、言い換えるとこのミス研の部室を出入りする人間の監視カメラの役割を果たしていたことになる。


 しかもただ室内で打ち合わせをしていたのではない。


 撮影で使う機材や小道具などを廊下に運び出すなど、私たちも頻繁に部室と廊下を出入りしていた。そんな状況で誰かが映研の部室を横切ってミス研の部室に入ろうものなら、絶対に気づくはずなのだ。


 しかし、あの一時間の間でそんな人物は一人としていなかったし、ここで執筆をしていた星崎が部室から出てくることもなかった。それに犯人の心理としてもこれから殺人をするにあたって隣の部屋に大勢の生徒がいるという状況は避けたいに決まっている。


 すなわち、これで星崎が殺害された時刻が絞り込めるのである。


 午前九時から十二時までの三時間から、午前十時から午前十一時までの一時間を引く。


 星崎が殺されたのは、午前九時から十時までの一時間もしくは午前十一時から十二時までの一時間だ。

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