第13話 工作
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藤宮高校の周辺にはマスコミの人が大勢いた。途中、報道番組らしきリポーターから事件についてインタビューをさせてもらえないか、と頼まれたが固辞する。私の着ている制服が藤宮高のものだと気づいたのだろう。一社断っても次から次へとマスコミたちが私のところへやってくる。
敷地内までは入って来られないらしく、最後はほとんど無視するようにダッシュで校門に駆け込んだ。
「ふぅ」
当然といえば当然だが、生徒の姿は全くない。一昨日はサッカー部が砂埃を巻き上げていたグラウンドは人っ子一人おらず、がらんとしていた。
今現在、藤宮高校の生徒たちには部活動及び補講等の無期限中止の連絡が回っているのである。
同じ高校の生徒が殺害されたというだけでもショッキングなのに、その現場が学校となれば、生徒たちのメンタルを守るためにそういった指示が出るのは仕方あるまい。
先ほどの私のようにマスコミ連中に絡まれる恐れもあるのだから、当分の間生徒たちは特別な理由がない限り登校してこないだろう。
が、いないのは生徒たちだけで教師たちは普通にいるようだ。昇降口でシューズに履き替えていると、奥から見知った顔が。
「ん? 大紋さん、こんなところで何やってるんだ?」
「あっ、
現れたのは私のクラスの担任である石村
「今は学校には来ない方がいいぞ」
「いや、ちょっとだけ用事があって」
「用事? 今は警察の人もいるから、邪魔にならないようにしろよ」
「はーい」
石村と別れて私は北棟へ向かった。ここへ来る途中に大和に連絡をし、行ってもいいかを尋ねたところ、北棟のミス研の部室で待っていると返答があった。狩谷警部に確認を取ったところ、正式に捜査に加わる許可も貰えたという。
そういえばミス研の部室って、私たち映研の隣の部屋だ。どうしてそんなところに?
疑問符を頭に浮かべながら北棟二階、廊下の東の突き当りにあるミス研の部室へ。
中に入ると、そこには狩谷警部と大和がいた。中央のソファーセットに並んで腰かけている。
「おや、お久しぶりですなぁ。希望ちゃん」
私を認めると、狩谷警部はいつもの鷹揚な声で言った。丸くてつるつるな頭にふっくらとした肉付きの良さはお饅頭を思わせる。青夜と事件を捜査している時、いつもこの狩谷警部にお世話になっていた。
「お久しぶりです、狩谷警部」
私は二人の向かいに腰を下ろした。
「青夜さんが不参加なのは残念だが、こうして希望ちゃんが手を貸してくれると我々も助かるよ」
「いやぁ、私なんてまだまだですよ」
「本当だよ」と大和がぼそっと言う。
「ちょっと大和兄さん、何か言った?」
「いや別に?」
「まあまあ、親戚喧嘩は後にして、事件についての話に移ろうか」
「そういえば、なんでこの場所なんですか?」
「ここが殺害現場の一つだからだよ」
大和が言う。
「え? ここが?」
大和はソファーの裏側を見やって、
「星崎龍一が殺害されたのがすぐそこだよ」
私は立ち上がり、二人の座るソファーの裏へ回る。
床には血の滲んだ痕があり、星崎の遺体の形がテープで残されていた。これまで青夜と共に数々の殺人事件を経験してきた私だ。こういうものには耐性があるのだが、ここが自分の通う学校で、そこの生徒が殺されたと思うと、どうにも冷静ではいられなくなる。
「ん、あれ?」
その時、私はあることに気づいた。
「ねぇ、被害者って三人とも死因は絞殺なんだよね?」
「そうだよ」と狩谷警部。
「じゃあどうして、こんな血だまりみたいな跡があるの?」
犯人が被害者を襲った際、被害者が抵抗して格闘になり、多少の出血があったりするのは分かるが、それでも数滴が床にぽつぽつ残るくらいだろう。これは明らかに大量の血液が流れ出た跡だ。
「狩谷警部、いいんですね?」
「構わんよ」
「実は――」
そして大和が遺体に施された工作について語り始めた。
それぞれ死因は絞殺であるものの、死後に別々の工作が遺体に施されたという。
天馬満は遺体に水性絵の具を溶かした汚水を頭からかけられていたこと、月ヶ瀬道夫は首吊りに見せかけるかのように、遺体を天井から吊るされていたこと、そして星崎龍一は――
「星崎は、のこぎりで首を切断されていたんだ」
「首を?」
首切り事件ってこと?
「その首はもう見つかったの?」
「いや、切断されていただけで、犯人は首を動かしたりはしなかったようだ。胴体部分と一緒に現場にあった」
過去に青夜と手がけた事件の中には、遺体の一部を切り取ったりバラバラに損壊したりしたものがいくつかあった。今回のような首切り事件ももちろんある。だが、過去の首切り事件では切断された首は犯人が持ち去っており、その理由は遺体の身元判明を困難にすることだった。
今回の事件の場合、仮に首を持ち去ったとしても遺体の身元はすぐに分かるだろう。なぜならここは学校で、しかも今は夏休みの真っ最中。こんな時期にこの場所を訪れる人間は自然と限られてくる。
つまり、犯人は遺体の身元を隠すことが目的ではなく、首を切ること自体が目的だったということか。こういう時に考えるべきは、首を切ることでどんな効果が生まれるか、である。
もっとも分かりやすいのは切断面から流れ落ちる血液。
私は血だまりの跡を見下ろす。
死後に切断したのだから、激しい出血ではなかったにせよ相当な量の血液が流れ出たことが分かる。例えば、犯人が被害者の必死の抵抗にあい、ひっかかれるなどして出血し、現場に自分の血痕を残してしまったとしよう。
木を隠すなら森の中、人を隠すなら人混みの中。
自分の血痕を隠蔽するために遺体から出血させたのではなかろうか。
となると、体に出血を伴うような傷がある人間が犯人……と、ここまで考えを飛躍させるのは早計だ。今の段階では圧倒的に情報が少なすぎる。序盤に推理の方向性を固めてしまうと、それに囚われて肝心な証拠を見落とすことがある、と青夜はいつも言っていた。
「他の二人は首吊りと絵の具水をかけられていたって、なんかちぐはぐだね。遺体への工作の程度に差がありすぎるよ」
「絵の具を水に溶かしてぶっかけるのと、のこぎりで首を切断するのじゃ、労力も精神的な疲弊も段違いだろうね」
首切り。
首吊り。
絵の具水。
これらの行為にどんな意図があるのだろうか。この中だと、絵の具水だけ浮いている。これだけ手間がほかの二つと比べて楽すぎる。
私はソファーに戻り、元の場所に座った。
「遺体の写真は見るかい?」
狩谷警部に聞かれ、私は首を縦に振る。卓上に写真の束が置かれた。それを手に取り、一枚ずつ確認していく。
「うっ」
切断された遺体の断面、首に残った索状痕、天井から吊るされた遺体、黒とも茶との似つかぬ汚水に汚された遺体、苦悶の表情を浮かべる先輩たち……
会ったことも喋ったこともない三人の遺体を眺めながら、私は込み上げる悪心を飲み下した。
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