第10話 容疑者はクラスメイト
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「さて」
大和はポケットからペンとメモ帳を取り出す。
「事件当日の日について、色々聞かせてもらおうかな」
「何? 私はアリバイがあるんだからもういいでしょ。事件とは関係ない善良な一般市民なんだから」
「おいおい拗ねるなよ」
「ふんだ」
「しょうがないだろう。青夜兄さんがいないんだから、希望ちゃんが捜査に関わって、なんかやらかし――おほん、危険な目に遭っても困るし」
「やらかしたら困るって言いかけた?」
「い、いや別に?」
なるほど、善良な一般市民云々は建前で青夜のいない状況で私を捜査に関わらせたら、私の行動の責任を取らされるかも、と思っているらしい。青夜が警察の捜査に参加し助言をするのはこれまでいくつもの事件を解決に導いてきた実績と信頼によるものであり、それは私も認める。
ならば、その青夜の助手として活動してきた私だって、事件解決の役に立つかもしれない。
「私の通ってる学校で起きた事件なんだし、私だって何か協力できるかもしれないじゃん」
「だから、捜査協力として色々と話を聞かせてもらうんだよ」
「そうじゃなくてー、私も事件解決の役に立ちたいの」
「あぁ、分かったよ。とりあえず狩谷警部に聞いてみるよ。それで許可が出たら、希望ちゃんにも捜査状況を教えるから」
「本当? やったぁ」
「はぁ」
大和はため息をつき、ペンとメモ帳を構える。
「それじゃ、とりあえず中林紘一という生徒について知ってたら聞かせてもらおうかな」
よく知った名前が登場した。
「え? 中林?」
「知ってる?」
「知ってるも何も、同じクラスだよ」
「事件当日、被害者の一人天馬満と最後に会ったのがこの中林らしいんだ」
私はあの日のことを思い返す。私が学校に到着して体育館の横を通った時、そう、彼は体育館で一人自主練に励んでいた。その時たしか、『天馬先輩に見てもらってるんだ』と言っていたっけ。
「中林が疑われているってこと?」
大和は無言のまま頷いた。
「事件が起きたのは午前九時から十二時までの三時間。中林と天馬は八時頃から体育館で自主練習をしていた。天馬満は九時頃に夏期補講に参加するため、中林と別れた。それ以降、中林は体育館で一人で練習をしていた。十一時前――正確な時刻でいうと、午前十時五十分頃にほかの部員たちがやってくるまで、彼はずっと一人だった。つまり、九時から十時五十分までのアリバイがない」
「ちょっと待った。私、学校に着いて部室に行く前に中林に会ってるよ。たしか十時前ぐらい」
「どのくらい一緒にいたの?」
「えと、ちょっと喋っただけだから、一分か二分くらいだと思う……」
「それじゃあ到底アリバイの証明にはならないね」
「でも、あの中林が人殺しなんてするわけないよ」
中林は地味でおとなしいけど、芯が通った真面目な男の子だ。
「被害者の一人と最後に会った人物だからね。警察としてはマークせざるを得ない」
そうか。私はあの日、中林とバスケ部の顧問が体育館の奥の方で何を話し込んでいたのかに思い至った。天馬満が夏期補講にも午後からの練習にも来なかったことを不審に思い、一緒に自主練習をしていた中林に事情を聞いていたんだ。
「それに、天馬満は問題があるというと語弊があるけど、面倒な性格をしていたみたいでね。その日の自主練と言っても天馬がバスケ初心者の中林をしごくために、彼に自主練や部活動後の居残りを強要していたって証言もある」
「え? そうなの?」
「我が強くて教師とも揉めることが多く、そのくせ自分より下の立場にはきつく当たる、というのが彼の人物像について得た証言をまとめたものだよ。バスケ部顧問の教員は今年に赴任してきたばかりでしかもバスケは未経験。転勤していった前任の顧問を慕っていた天馬は、現在の顧問と衝突することが多く、練習をサボることも少なくなかったようだ」
あの時の中林の様子は真剣そのもので、無理やり午前中から呼び出されて練習をさせられていた、という感じではなかった。でも、中林自身が実はそれを不満に思っていて、せっかくの夏休みを潰す先輩のエゴに嫌気がさしていたとしたら……
いやいや、そんなことで人を殺すなんておかしいよ。
私は頭を振る。
でも、それ以外に天馬の横暴な行為がいくつもあって、それらに不満を抱いていたというシナリオは容易に描ける。というより、警察はそう見ているのだろう。
容疑者はクラスメイト。それも彼にとってかなり不利な要素が揃っていた。
アリバイ、そして動機。
ただ、仮に天馬に対する動機が成立したとして、ほかの二人の先輩の事件についてはどうだろうか。
月ヶ瀬道夫と星崎龍一も中林が殺したとでもいうのか?
そもそも、これらの事件は同一犯によるものなのだろうか。
そのことについて尋ねると、意外な答えが返ってきた。
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