第9話  探偵出動?

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 事件発生から二日後の八月六日。


『えー、私は現在現場となった藤宮高校の正門前に来ております。えー、現在、藤宮高校は夏休みの最中ですが、校内には生徒の姿がありません。部活動も休止しているとのことです』


 私はソファーに深くもたれながらテレビ画面の中に映った自分の学校を見つめる。


 テレビのニュースは事件のことでもちきりだった。どの局でもこの三人の生徒が殺害された事件について報道している。それはそうだろう。夏休みの高校で、そこに通う生徒が一度に三人も殺されるなんて前代未聞。日本中がこの長野の田舎町に注目している。


 殺された三人の先輩たち。


 天馬満。


 月ヶ瀬道夫。


 星崎龍一。


 学年が違えば部活動や委員会も違うため、彼らのことは全く知らない。だが、同じ学校に通う人間が殺されたという事実は私の心に重くのしかかった。現時点で不審な人間の目撃情報は報道されていない。それはすなわち校内の人間の中に犯人がいる可能性が高いということだ。


 藤宮高校に通う生徒、もしくは教師の中に……


 そのことを考えると、ゾッと背筋が冷たくなる。


 私が毎日通っていた学校、私が過ごしていた平和な日常、その中に殺意を秘めた人間が潜んでいたかもしれないなんて。


 それにしても、いったいどうして彼らは殺されなくてはいけなかったのだろうか。


 どんな理由があって、犯人は三人もの人間を手にかけたのだろうか。


 これまでだが、自分の生活領域の中で事件が起きてしまうというのは今回が初めてだった。


 その時、インターホンが鳴った。誰だろうと思っていたら、身内だった。


「はい」


「ああ、希望ちゃんかい? 僕だよ」


「大和兄さん。今ロック解除するね」


 数分後、私の親戚で長野県警捜査一課の刑事の職に就いている大紋大和が姿を現した。長めの黒髪に高校生と見紛うほどの童顔。およそ殺人事件を捜査する刑事とは思えない風貌だ。


「いらっしゃい」


「お邪魔するよ」


 このタイミングで私のところを尋ねてくるということは、事件についてに違いない。


「麦茶でも飲む?」


「うん、頼めるかな」


 大和をリビングに通し、私は二人分の麦茶を用意して彼と向き合って座った。大和は喉を鳴らしてグラスを空にすると、大きく息をついた。外はよほど暑かったのだろう。


「それにしてもびっくりしたよ。まさか希望ちゃんの高校で事件が起きるなんて」


「私もびっくりしてる」


「だよねぇ。たしか事件があった日は、希望ちゃんも学校にいたんだって?」


「うん。映研の撮影があって」


「ちょっとその日のことを詳しく聞かせてもらえるかな」


「いいけど」


 そして私はその日のことを話して聞かせた。


「なるほど、学校に着いたのが十時ぐらいで、そこから一時間準備と打ち合わせ。十一時過ぎに学校を出た」


「うん」


「ちなみに、九時から十時の間は?」


「え?」


 大和は神妙な顔つきで尋ねた。


「な、なんでそんなこと聞くの? も、もしかして、私も疑われてるの?」


 無言の頷きが返ってくる。


「ちょ、ちょっと待ってよ。なんで私なの? 私、殺された三人と会ったこともないんだよ?」


 校内ですれ違ったり顔を見たことはあったかもしれないが、関わりなんてない。


「三人の死亡推定時刻は八月四日の九時から十二時までの三時間なんだ。十時以降は映研の子たちと一緒にいたんだろうけど、残る九時から十時までは一人だったんでしょ? 別に希望ちゃんのことを疑ってるわけじゃなくて、可能性を消していきたいだけだよ」


「家を出たのが九時半ぐらい。このマンションの防犯カメラに私が映ってるはず。マンションから学校までは徒歩で三十分はかかるし、途中でコンビニにも寄ったからそこの防犯カメラにも映ってる。これでいい?」


「うん。オッケー。ちなみにそれらはもう確認済み」


「もう、意地悪言わないでよ」


「ごめんごめん。ところで――」


 大和は室内を見回す。


青夜せいや兄さんは?」


 来たか。どうやら出動依頼があったらしい。だが――


「残念ながら、外出中」


「いつ頃帰ってくるの?」


「分からない。だって今アメリカだし」


「……えぇ!?」


 大紋青夜。彼もまた私の親戚で、このマンションの部屋の名義人である。彼という人間について説明するには少なくない時間を要するので、ここはひとまずこの状況における彼の役割について話すだけに留めておく。


 すなわち、大紋青夜はいくつもの殺人事件を解決してきた名探偵であり、長野県警をはじめとするいくつかの警察組織にも名が知れている。


そして私は青夜の助手として、事件の解決に一役買ってきたのである。


 現在青夜は知人の頼みでアメリカで起きた怪事件を解決するため、日本を離れている。いくら夏休み中とはいえ、さすがに現役高校生である私がアメリカまで付いて行くことはできない。


「え? じゃあ、青夜兄さんは捜査に参加できないの?」


「そういうことだね。たぶんあっちの事件が解決するまで帰ってこないよ」


「マジか」


 分かりやすく落ち込んだ表情を見せる大和。青夜に捜査協力を頼むくらいだから、今回の事件は相当手強いのだろう。


「で、捜査状況はどんな感じ?」


「んー、それはちょっと言えないかな」


「え? なんでよ。私だって今まで事件の解決を助手として手伝ってきたじゃない」


 私の助言が青夜兄さんについて推理のヒントになったことだって少なくない。


「うん、希望ちゃんはあくまでだからね。青夜兄さんが不在の今はただの善良な一般市民。捜査状況は教えられないよ」


 大和は申し訳なさそうに、しかしはっきりそう言った。

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