第8話 三人の死体 その3
1
眼前の少年の遺体を前に、大和の脳は困惑するばかりであった。
首吊り?
自殺?
いや違う。
大和は遺体の足元に置かれていた紙に目を落とす。先ほど狩谷警部が見せたものと同じA4サイズの白い紙がそこにはあった。
『これは復讐だ 私と同じ苦しみを味わえ』
書かれている文言も同じ。文字の色は赤で、字体は書き殴ったようにぐちゃぐちゃだ。唯一異なるのはこの紙は血で汚れていないということ。
「どうなってるんだ」
この復讐を示唆する置き手紙があるということは、首切りの事件と同じ人間の手によるものと考えられる。
首切りと首吊り。
全く異なる工作が二つの遺体に施されている。
いったい、何のためにこんなことをしたのか。何が目的だというのか。
復讐。
……復讐?
被害者の少年たちに恨みを抱いた犯人が彼らを殺害し、それだけでは復讐心が収まらず、遺体に危害を加えたのか?
「遺体発見の経緯は?」
狩谷警部が捜査員に尋ねる。
「はっ、実は――」
彼の言葉をまとめると、こういうことらしかった。
被害者の名は月ヶ瀬
暑い中、毎日学校に通い、作品作りに勤しむ月ヶ瀬少年は今日も作品制作のために登校してきていた。彼は普段、遊びに行くという連絡がなければ、夕方頃――遅くとも六時――には帰宅をするのだが、今日は帰りが遅く、何の連絡もないため家族は不安に思っていた。
そこへこの高校で殺人事件が起きたという報道だ。それを目にし、もしやと思った家族は高校へ連絡。
教師が美術室へ様子を見に行ったところ、変わり果てた姿の月ヶ瀬道夫を発見したという次第である。
狩谷警部は顎に手を当てながら、
「嫌な予感がする」
まだ第一の事件――首切り事件の事情聴取すら始まっていないのに、こんなことになるとは。
「警部、まさかとは思いますが、他にも……」
「俺もそれを考えていたんだ。二度あることは三度あるってな」
その時、また別の捜査員が小走りで狩谷警部のもとへやってきた。
「なんだ?」
「実は、教師の一人が気になっていることがあるというので、話を聞いたんですが」
「気になっていること?」
「えぇ。なんでも、バスケ部の生徒が行方知れず、ということで」
狩谷警部の眉間にしわが寄る。
「殺された二人のうちのどちらかではないのか?」
「違うようです」
「詳しく聞かせろ」
「はい。その生徒は天馬
「うん? 夏期補講には出なかったということか?」
「そのようです。バスケ部は午後から全体練習があったそうなんですが、それにも参加せず」
「家には?」
「帰宅していないようです」
「この暑い中、熱中症で倒れてるという可能性もあったろうに、誰も心配をしなかったのか……」
「聞いたところ問題のある――じゃない。あ、いえ、えーと、我の強い生徒だったらしく」
「そういう問題ではないだろ。まあ、とりあえず、それはいい。手の空いてるやつを集めろ。もし天馬少年が校内に残っているとしたら、最悪の事態を想定しなくてはいかん。校舎内を虱潰しに捜すんだ」
「はっ」
命令を受けて、捜査員は出ていく。
「不良少年が夏期補講も部活もふけて、家族にも連絡をせずにどこかで遊び惚けているという可能性に賭けるよ」
しかし、この狩谷警部の願いもむなしく、まもなくして天馬満は遺体となって発見された。
2
八月四日に長野県F**市立
検視結果と警察の初動捜査によって判明した事実は次の通りとなる。
○被害者は同校に通う少年三人。天馬満(十七)、月ヶ瀬道夫(十七)、星崎
〇三人の死亡推定時刻は四日の午前九時から、同日四日正午までの三時間の間である。
各々の死因は頸部を紐状のもので圧迫されたことによる窒息死。死因は全て同じ絞殺で頸部に痕が残されていた。またそれぞれ死後に遺体に異なる工作を施されてた。各遺体の特徴、発見の経緯は次のようになる。
〇天馬満。彼はバスケットボール部に所属しており、同日午前八時より後輩の生徒――中林紘一と共に体育館にて自主練習をしていた。九時過ぎ、彼は夏期補講に参加するため、一旦練習を抜ける。が、補講担当の教員によると彼は補講には参加しておらず、午後からあったバスケ部の練習にも姿を現さなかった。
そのことを不審に思っていたバスケ部の顧問が、殺人事件の発生に伴って天馬が行方知れずだということを捜査員に報告。狩谷警部の捜索命令により、遺体が発見された。
現場は西棟三階の男子トイレの個室。彼の遺体は水性絵の具を溶かした汚水を頭からかけられていた。個室の中には絵の具チューブが四本と筆洗い用のバケツも残されており、これは絵の具水を作るのに用いたと思われる。
○月ヶ瀬道夫。彼は美術部に所属しており、南棟四階にある美術室にて絵を描いていたが、帰りが遅いことを心配した母親が、同校で殺人事件が発生したという速報を目にし、学校へ連絡。様子を見に行った教員が遺体を発見した。
彼の遺体は天井からロープで吊るされており、首にロープがかかり、首吊り自殺のような状態であった。
○星崎龍一。彼は推理小説研究会に所属しており、部室のある北棟の部屋で執筆をしていた。同日は推理小説研究会の活動は休みで、部室にいたのは彼一人だった。
発見したのは推理小説研究会の顧問の教員で、午後五時過ぎ、退勤する前に部室の鍵を返されていないことに気づいた彼が様子を見に行ったところ、遺体となった星崎を発見した。
彼の遺体は首を切断されており、現場には切断に使用したのこぎりが残されていた。首も現場に残されており、首を切断した目的は現段階では不明。
〇遺体発見の順番は星崎→月ヶ瀬→天馬。だが、これがそのまま殺害の順番と考えられるわけではない。
○三人の遺体に暴行の痕はなく、性的な暴行の痕も無し。
○三人の遺体の傍には犯人が残したと思われる置き紙が遺されていた。内容は、『これは復讐だ 私と同じ苦しみを味わえ』である。
○それぞれの犯行に使われた凶器――縄状のものは現場に残されていなかった。
〇置き紙や遺体切断に用いたのこぎりやバケツ、絵の具チューブなどの遺留品から犯人の指紋や体液などは検出されず、また三人の遺体からも指紋や体液は検出されなかった。
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